そんな男のひとりごと
岩生 百子
十年前くらいの、ヒステリックで自己中心的な彼女から見れば、随分いいのかもしれない。僕は、ぎこちない手つきでキャベツをきざんでいる妻の姿を、ぼんやりと見つめながら考える。
自己啓発のプログラムとやらを、二、三年前からやり始めた妻は、自分の人生について深く考えるようになったらしい。
以前の彼女は、女は男にしあわせにしてもらうものだと思い込んでいた。というか、男はこうあるべき、女はこうあるべきという定義のようなものがあった。だから、「わたしはあなたについて行きます」という古風なところがあって、僕にとっては扱い易い女だった。が、反面、夫である僕が、彼女の定義から外れることがあれば、泣いたりわめいたりして、自分の主張がどれだけ正しいか、僕がわかったというまでやめなかったものだ。
いつの頃からか、妻は小説などというものを書くようになり、それも、世間の狭い彼女にとっての題材は、いつも僕なのであった。
文学賞の選考委員の目は節穴かと思ったが、賞の予選を通過するくらいの力量はあるようで。その頃から、妻は、僕にいつも問う。
「あなたの、本当の夢は何?」
僕は、ラリーのレーサーになろうと思ったことがある。今も車は大好きで、車を買い換えるごとに家庭の経済に負担をかけているということは、わかっている。だが、実際、レースで雑誌に名前も載ったことがあるけれど、今は、好きな車に手をかけてかわいがり、乗れることにしあわせを感じている。
だが、彼女は、レースに出なくなった僕にこだわる。
「本当は、ラリーのレーサーになりたかったのでしょ? なぜ。あきらめたの?」
とくる。
僕は、別にあきらめた訳ではない。これまで思ったとおりの人生を生きてきた。亡くなった両親にも言われ続けていた。
「お前、ずいぶん車にお金をかけてきただろう。今まで車に費やしたお金を換算してみろ。
家が何軒建つかね」
レースも楽しかったけれど、車は本当に大好きなのだ。そして、今までやってきたことに、悔いなどないのだ。これからも、欲しい車が手に入り、手入れをしてかわいがり、乗り回すことができるなら、どんなことでもする。そんな欲望は、人生における夢、目標とは言わないのか?
妻は、
「私は、幼い頃から、ずっと父の言いなりになって生きて来た。自分の夢なんて持てなかった」
いつも、そう言っていた。
僕は、あなたについて行きますというタイプの女は、まあかわいいし、悪くはなかったけれど、でも、親であろうと夫であろうと、何でも言いなりになるのは、ちょっとね。おまけに、
「あなたが、また、レーサーになってくれるのが、私の夢でもある」
なんて、言われた時には、正直ぞっとした。
「その姿を、私が書いて残すの」
ふざけるな!
まあ、でもそうだろう。自分のことすらよくわからない人間が、人のことなどわかるはずがない。今の彼女の器で、僕のことをそういう風に捉えているのであれば、しょうがないことなのかもしれない。僕は、半ばあきらめた気持ちで、肯定も否定もしなかった。
それでも、小説を書き始めたことは、彼女にとっては、第一歩、いいことだったのだろう。
妻は、毎年、いくつもの文学賞に応募した。
しかし、結果は、いつも予選止まりで賞はなかなか取れない。そのうちに、
「文学賞も選考委員の好みなんだと思う。数学みたいにきっちり答えが出るわけではないから」
そんなことを言い出すようになり…人のせいなのかい?…そして、それから、あまり書かなくなってしまった。
「私の夢は、作家になること」
と言いながら、書かない。おいおい、それじゃあ、作家になんてなれないだろうよ。
そのうちに、そんな夢も忘れてしまったかのように思えた。読んでいる雑誌やカタログは、いつも「手っ取り早く稼ぐ」というたぐいのものばかりで。
「あなたから車を取ったら、何も残らないでしょ?」
「いつか、レースに出場するために」
そんなことをいろいろ言って、ネットワークビジネスに参入したり、または、パートに出たりしてくれる妻を見ていると、
「本当に、このままでいいのか?」
こっちが、問いたい気分だった。危なっかしくて、見ていられなかったけれど、でも、何事も自分自身。自分が気付くしかないというのが、僕の持論だから。いくら夫婦であろうと、それぞれがそれぞれに経験する人生なのだ。彼女の父親のように、何が何でもねじ伏せて言うことを聞かせるなんてことは、できない。
そんな彼女にとっての、本当に進化が訪れたのは、自己啓発プログラムをやり始めた時からだ。
「私、これ買いました」
妻は、大きなアタッシュケースを僕に見せて言った。
値段を聞いてびっくり。しかも、事後承諾だ。しかし、これまで何台もの車を乗り換えている僕なのに、文句ひとつ言わない妻には、責めることはできなかった。(それも、手の内かもしれないが)
「私、ぜったいに成功したいの」
「何の成功?」
「人生の成功よ!」
はんはん。そこいらの青二才が好きなセリフだなと、僕は鼻で笑った。「成功ごっこ」も、どうせまた近いうちに飽きるだろうと、僕は思っていた。
しかし、何だろう? 言葉ではうまく表現できないけれど、そう、いつの間にか、少しずつだったかもしれない。とにかく妻は変わった。…いや、まだまだその段階にいるもかもしれないけれど。彼女の狭い定義というものに悩まされることはなくなった。
真の強い女になったというか、以前の、あなたについて行きますというかけらもない。かといって、僕の前をしゃしゃり出て偉い顔をするというのでもない。
それぞれの人格を大切にするというか、以前より、僕を頼りきっていた時よりも、もっと家族を大切に思っているようにも感じる。
そして、また小説も書いている模様。以前のように、こういうのを書きますなんて、言ってくれないからわからないけれど。たぶん、秘めたる情熱で書いている。
そして、つい先日のこと。妻は、僕に言った。
「大学へ行こうと思うのだけれど」
「えっ、大学?」
「うん。通信教育で卒業資格取れるの。今度、大阪で説明会があるから、行ってきますね」
「そんなおばちゃんが、受けられるのか?」
妻は、ふふっと笑っただけだった。言葉ににして理屈を並べると、自分の本意でないところに辿り着きそうだから、まあ、ちゃんと達成できるまで見ていてくださいと。
いったいどこまで飛んでる女なんだ! 僕は、少し腹立たしく、そして少し羨ましく思った。
着々と計画を実行しつつある妻を見ながら、中学生の頃、航空大学へ行き、パイロットになりたいと思ったことがある自分のことをふと思い出した。
「僕も、大学へ行けるかな?」
つい、口にした。
「え? どんな大学へ行きたいの?」
「いや…」
僕は、言葉を濁した。
「人生、何でもありだよ。やりたいとおもったら、何でもすればいいよ。自分が決めたら、必ずできると思うよ。とにかく、実行するしかないでしょ」
妻は、にっこり笑った。あなたの夢は私の夢だとは、言わなかった。
キャベツを切り終えた彼女は、それを白いお皿に盛っている。千切りというより、短冊切りに近い。
「料理は、一番嫌いなの!」
そう言って、堂々と食卓に並べる。それでも、それなりに自分の役割は、きっちり果たそうとしている努力は、認めよう。
僕は、自己啓発プログラムなるものを、鼻で笑った手前、まだ、聞いてみたことはない。
「人生の成功」なんていう言葉にも抵抗を感じているのかもしれないし、知らない世界に足を踏み入れることが、本当は怖いのかもしれない。だが、このプログラムによって、妻が変わっていった…まだまだ、変革、進化し続けているということだけは、認めざるを得ない。
言葉にすると、本意ではないところに辿り着くからと、ただその姿を見せようとしている彼女に、僕は力強い「本気」を感じている。
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