縁の花

(21世紀に咲く智恵の輪)

第331号

和泉市黒鳥山公園各済度

∞「2010年4月22日は 

黒鳥山公園 4つ目の慰霊碑

阪口喜一郎顕彰碑とご縁を持った記念日」∞

2010年4月22日、お仕事のはずたったのに

俺は、何故か、霊界の導きなのか

昼間、大雨の中、黒鳥山公園を出た所のすぐに立っている

阪口喜一郎顕彰碑と初ご縁を持ちました

本当に、不思議な気分です

 

というのも、俺は、恥ずかしながら今日お仕事を休みました

雨の中、駅まで、来ていたのですが、ある理由で

仕事場に行けなくなってしまいました

 

ただ、その理由は聞かないで下さい

本当に恥ずかしい理由です

たぶん、皆さんも知ったら呆れると思います

でも、俺にとっては、大事な事です

だけど、職場の人に恥ずかしくて言えません

それで、お仕事お休みする事にしました

会社に電話して、体調が不調と言う事で

お休み頂きました

絶対にしてはいけない事ですが

当日の欠勤です

有休に頂きました

とても反省しています

 

また、それで駅から引き返しましたが

俺には、何か、これも意味がある事の予感がしていました

霊界が、これも計画していた事ではないか

もちろん、何の意味もない事かも知れませんが

意味があると思った方が、

自分のあまりにも「アンポンタン」さから少しは救われます

それでプラス発想で、こういった時には

何かの導き、何か意味がある事だと思って

それを探すようにしているのです

なかなかないですけどね(*^_^*)

 

そしてそんな俺は、今日は、すぐに家には帰らず

黒鳥山公園によって済度して

帰る事にしました

いつもは、仕事終わった後なので

朝は、行った事はないです

昼ならありますが

朝の黒鳥山公園で済度するのもいいと思ったのです

いえ、何か意味を探す為にも

そうしないといけないと思ったのです

 

それで、黒鳥山公園で済度しましたが

その時に、俺は、一度、黒鳥山公園を

じっくり歩いてみようかと思いました

俺の済度の聖地、黒鳥山公園ですが

結構広い公園なので、全部歩いた事がありません

これを機会に、一度黒鳥山公園を全部回ろう

もしかしたら、霊界、黒鳥山公園の御霊達は

それを望んで、いたのではないか

俺は、そう思ったのです

 

しかしそう思って歩いた俺は、しばらくして

黒鳥山公園の山手の入り口に立っている

一つの慰霊碑を見て愕然としました

こんな所に、慰霊碑があるなんて

まったく知りませんでした

初めて見たのです

本当に、恥ずかしいかぎりです

 

それが、阪口喜一郎顕彰碑と言うものでした

しかもその阪口喜一郎顕彰碑には

紹介文があって

阪口喜一郎顕彰碑紹介

『戦前、日本帝国主義が、中国侵略を企てた頃

侵略の基地、呉軍港で現役の水兵にむけて

反戦新聞「聳ゆるマスト」(そびゆるマスト)を発行しつづけ、

日本共産党員として生命をかけて戦争に反対した

海軍二等機関兵曹・阪口喜一郎は

悪法治安維持法により検挙され

1933年、広島刑務所で虐殺されました

享年三十一歳。

阪口喜一郎は和泉市黒鳥の人であり

碑は平和と民主主義の為に活動する

和泉・広島を中心に全国に及ぶ

多くの人達の醵金で建てられたものであります』

 

俺は、全然この 阪口喜一郎という人は知りませんでしたが

インターネットで調べたら

結構有名な人みたいです

 

ただ、俺は、共産党の支持者ではないですし

この人が取った行動は、すべて正しいと言うつもりはありません

戦前、命をかけて、戦争反対を訴えて

獄中で虐殺された事に関しては

本当に残酷な事だと思いますし

そんな阪口喜一郎氏を心から尊敬しますが

俺には、この事に関しては、分からないというのが本音です

だから、戦前の日本は悪くて

日本共産党は正しかったと言うつもりはないのです

 

でも俺にとっては、その事よりも

俺の済度の聖地、黒鳥山公園に

阪口喜一郎顕彰碑がある事は問題です

済度のご縁があるのです

 

しかも、阪口喜一郎は

大阪府泉北郡伯太村黒鳥に生まれ

伯太小学校を卒業しています

黒鳥山の地元の人で

和泉・広島を中心に全国に及ぶ人の力で

その地元の黒鳥山公園に

慰霊碑を建てられています

地元の人達に愛されている

まさしく黒鳥を代表する御霊と言ってもいいのです

 

その上に、阪口喜一郎が活躍した広島の呉は

俺とも深いご縁があります

呉と言えば、戦艦大和が誕生した土地ですが

縁の花で支縁させて頂いている

天皇の真実を世に広げている

河内正臣先生がいる所なのです

 

ですから俺にとっては

黒鳥山と呉が、この阪口喜一郎さんの御霊のご縁で

見事に繋がりました

本当に、びっくりです

 

なので俺は、次回からは

今までの三慰霊碑

忠霊塔、天皇駐蹕碑、畜霊碑だけでなく

この阪口喜一郎顕彰碑も済度させて頂こうと決めました

黒鳥山公園の広場に中心のライトが照っている砂場で

霊言を読んでいるので

そこから歩いてすぐなので

十分に可能なのです

 

ただ、それは、反戦というよりも

黒鳥山を代表する御霊として

済度させて頂きたいと思いますし

あの当時の日本の将来を憂いて

命がけで行動していた御霊の代表として

済度させて頂きたいと思います

是非、皆さんも一緒に願って頂けたら幸せです

 

∞「お腹一杯満腹食事済度」∞

「2010年4月22日は黒鳥山公園 

4つ目の慰霊碑阪口喜一郎顕彰碑とご縁を持った日」

で書きましたが

俺は、不思議なご縁

霊界に導かれて

俺の済度の聖地、黒鳥山公園で

4つ目の慰霊碑になる

阪口喜一郎顕彰碑と初めてご縁を持ちました

本当に感謝で一杯です

 

また、そこで、阪口喜一郎さんの事は

よく分かっていませんでしたが

黒鳥を代表する

阪口喜一郎さんの御霊にご挨拶をした後

済度させて頂いて

雨の中を、自宅に帰りました

きっと、今日の俺の恥ずかしいミスは

この縁の為だったのだと納得して帰ったのです

 

しかし、そんな俺は

明日、給料が貰えるという事もあって

久しぶりに、地元の居酒屋「つぼ八」に行って

和風ランチバイキングで

お腹一杯、一杯食事をしようかと考えていました

それが、御霊達が意思なのか

急に、バイキングに行きたくなったのです

 

でもこれは本当に不思議です

半年前までは、休日によく

昼時に、つぼ八に行って

もう食べられないというぐらい

和食を食べていました

 

それで、皆さんに正直に言うと

食費を浮かしていました

つぼ八は、50円のサービス券をくれるので

750円とお金が多少必要ですが

お腹一杯食べる事ができます

 

でもその変わりに、夕食は食べないか

食べたとしても、御飯か食パンにしていました

一日の食費を750円に控えていたのです

そうしたらかえって、一日の食費が

安くつく事に気が付いたのです

 

だけど、皆さんに誤解して欲しくないので言いますが

それは食費を節約する為が

一番の目的ではありません

あくまでも、済度する事が目的でした

 

というのも、今の食べ物が豊富にあって

どんな人でも、何とか食べられる

餓死している人はいないと言う日本では

考えられませんが

65年前の戦争の時は違いました

 

日本は、米軍との戦争で

制海権、制空権を失って

南方の島々や東南アジアで

多くの兵士を餓死させました

 

その最初の戦場が

カダルカナル島になりますが

その後も、ニューギニア戦線と続き

太平洋戦争の島々でも

多くの兵士は、満足に食事できませんでした

硫黄島などでも、おにぎり一つで

地下壕を掘ったり、戦ったりしたのです

 

しかもインパール戦線でも

日本軍の愚将の無謀な作戦で

10万人の兵士、日本人やインド人が

撤退の時に、まったく水も食事も

飲んだり、食べたりする事ができなくて

餓死していますし

日中戦争でも、戦争の末期では

たくさんの人が亡くなっています

 

一説では、太平洋戦争で亡くなった兵の半分以上は

餓死していると言います

何十万の人が餓死で亡くなっているのです

 

その上に、本国の日本でも

戦争が終わった後でも

満足に食料が回ってこなくて

多くの人が死んでいますし

シベリアに抑留されて

食料も与えられずに

強制的に働かされて亡くなった人もいます

日本人は、あの戦争で、300万人もの人が

なくなっていますが

その内、餓死という悲惨な形で亡くなった人は

半分で考えても、150万人もいるのです

 

だから、戦争で亡くなった多くの英霊、御霊の大半は

食べ物を食べたかった

せめて、おにぎり一個でも食べたかった

水一杯でいいので飲みたかった

お腹一杯食べてから死にたかった

そういう思いを持ったまま亡くなって

御霊になったら、食べる必要はないのに

肉体がないので、食べたかったと言う思いは

何十年も、永遠にずっと消すことができなくて

いつまでも、その事に対する執着を消す事ができなくて

今でも、苦しんでいるのです

 

しかも、そういった御霊は

大東亜戦争だけではありません

戦国時代でも、たくさんの城兵が、兵糧攻めにあって

飢えで亡くなっていますし

江戸時代でも、天明の飢饉などで

たくさんの人が亡くなっています

 

その上にそれは、日本が近代化した

明治、大正、昭和の戦前も同じです

日本は、戦後に迎えるまで

大半の民は、貧しくて、食べ物を満足に食べられませんでした

食う為に、娘を女郎として売る事も多かったのです

いえ、世界中の人は、第二次世界大戦が終わるまでは

満足に食べられる人は、ごく一部でした

人類の歴史は、飢餓の歴史で

お腹一杯食べられる事などなかったのです

 

 

なので、俺は、つぼ八で

餓死した英霊、御霊、

要するに、呼びたくありませんがあえて呼べば

餓鬼霊さんを意識して

一緒にお腹一杯食べていました

そうする事で、もう食べられないというぐらい食べる事で

お腹一杯という思い、波動を届けて

英霊、御霊達を満足させて済度させて頂いていました

題して、お腹一杯一杯、満腹食事済度していたのです

 

∞「阪口喜一郎の御霊さんや

獄中で虐殺された御霊さん達と

満腹食事済度しました」∞

「お腹一杯満腹食事済度」で

俺がしているお腹一杯満腹食事済度の事を説明しました

大東亜戦争で亡くなった御霊や

人類の長い歴史の中で、飢饉などで

亡くなった多くの御霊達の事を思って

つぼ八などのバイキングで

お腹一杯食べて

満腹という波動を御霊達に送る事で

御霊達を済度、供養、成仏させて頂いているのです

 

 

しかし俺は、今はそれを止めています

というのも、満腹済度をすると

気を付けていても、皿に食べ物を入れすぎて

もう食べられないという事で

済度人としては絶対にしてはいけない

食事を残すという、救い残しをした事が2回あったからです

 

それに、食費を節約するのも

昨日の晩か、朝早く、スーパーに行って

半額の弁当やおかずを買って

家で、二合、三合の御飯を食べたら

500円もかけずに食事できる事に気が付きました

その方が、バイキングで食べるよりも安いのです

 

しかも時間も節約できます

つぼ八に行くにしても

自転車で十分〜十五分かかりますし

お腹一杯の後は、さすがに、しばらくは

動く事ができません

すぐに、縁の花の書く、執筆活動はできなかったのです

 

なので、俺にとっては、ものすごく時間が無駄です

それで止めました

「しばらく満腹済度は中止だよ

お金も時間も勿体ないので分かってね

でも、御霊さん達が、お腹一杯食べたくなかったら

遠慮せずに、バイキングに行きましょう

お腹一杯満腹済度しようね」と言ったら

御霊達も分かってくれたのか

その後は、お腹一杯食べたいという思いはなくなりました

バイキングに行きたいとは思わなかったのです

 

だけど、今日は違いました

阪口喜一郎さんは

戦前、戦争に反対して獄中に入れられて

虐殺されたという事なので

きっと、食事も殆ど食べさせて貰えずに

死んでいると思いますし

そういった御霊さんは、阪口喜一郎さんだけでなく

他にもたくさん多くいるからです

 

なので、そういった阪口喜一郎さんの御霊や

獄中で亡くなった御霊さん達に

ほんのご挨拶代わりに

俺は、お腹一杯満腹済度させて頂きました

きっと、今日、俺にツイテくれた新しい御霊さん

阪口喜一郎の御霊さんや戦争に反対して獄中で

虐殺された御霊さんが、お腹一杯食べたかったのだと思います

 

また、つぼ八でのお腹一杯、満腹済度

久しぶりに食べた事もあってよかったです

800円で、写真を見て頂いたら分かるように

和食中心ですが、中華料理もあります

酢豚、おでん、ジャガイモ、炊き御飯、カレー

いろんなものが食べられます

俺の大好きなものばかりです

きっと、皆さんも写真を見たら

こんなに食べたのとびっくりしたと思います

 

でも俺は、お腹一杯満腹済度の時は遠慮しません

食いしん坊になります

まるで、餓鬼霊さんのように

餓鬼霊さんがツイタように

思い切り食べます

 

「本当にいい時代になったでしょう」

「今、お腹一杯で幸せでしょう」

「もうこれ以上は、食べられないでしょう」

俺は、そんな事を、

阪口喜一郎さんの御霊や

食べ物をお腹一杯食べたいという御霊達さんに

意識の中で、声をかけて

御霊さん達と一緒に、一緒に

今の時代の豊かさを感じて食べました

こんな時代になったのも

皆さんのご苦労のおかげさまだと

心から感謝して食べたのです

 

是非、皆さんも、たまには

そんなお腹一杯満腹済度してみませんか

皆さんの背景にいる

御霊さん達、とても喜ぶと思います

 

∞「マッサージ済度と

映画「2012」鑑賞済度」∞

つぼ八で、久しぶりにお腹一杯満腹済度をさせて頂いた後

俺は、お腹一杯ですぐには動けない感じなので

大型の電器店「みどり電器」のマッサージ機のお世話になりました

このマッサージも、早寝早起きになってからは

時間が勿体ないので、電器店に行かなくなりましたが

久しぶりに、無料なのでして貰ったのです

 

また、このマッサージですが気持ちいいですし

俺の背景の御霊達も大好きだと思います

御霊達と一緒に、いい気持ちを感じながら

15分間、二回して貰いました

 

しかも松下電器のマッサージ機は最新のもので

温熱のものでした

あたたかいのです

これにはびっくりです

年々、マッサージ機進歩しています

いずれ、人がしているマッサージや按摩と

かわらないもの出てくると思います

 

その時には、思い切って買おうと思いますが

今は、40万、50万円するのでとても買えません

いつか、何とかマッサージ機を買おうね

御霊達に、そう呼びかけながら、

俺は、お腹一杯だけでなく、マッサージで

本当にいい気持になっていました

そんなマッサージ済度もしていたのです

 

そしてそんなマッサージ済度が終わると

今度は、久しぶりに、レンタルビデオ店に行って

いろんなものを見ました

これも腹こなしの一つなのです

 

しかもそこで俺は、前から店頭に出されたら

絶対に見ようと思っていた

映画「2012」がレンタルされていたので借りました

確か映画が上映されたのは

去年の12月頃ではなかったかと思っていたので

少し驚きましたが

これもご縁を感じたので、すぐに借りたのです

 

また、この「2012」の映画ですが

皆さんの中には見た人や、これからレンタルで

見る人も多いと思いますが

俺は、是非見て欲しいと思います

 

何故なら、この「2012」は

済度の映画でもあります

霊界からの大きな警告だと思って

済度人は、結構多くの人が

見ているのです

 

というのも、「2012」の映画の内容を

簡単に紹介しますと

2012年12月21日〜12月23日に

マヤ文明の長期歴が終わっている事で

それでマヤ人は、この時に

人類が滅亡するという事を予言していたのではないかと

前から精神世界の人の話題にされていたのですが

それが実現された世界を描いた映画だからです

見事に人類は、一部の密かに選ばれた人達

お金や地位を持っているエリートを残して全滅しているのです

 

しかし俺は、それが本当なのかどうかは分かりません

映画「2012」では、極めて珍しい惑星直列と

太陽風、フレアーで

地球の核に影響を与え

地球上の内核が溶解してどんどん温度が急上昇して

地殻変動により世界が滅びるという世界を描いていて

一見荒唐無稽に思える事ですが

俺には、専門家ではないので

何とも言えないのです

 

ただ、確かに、太陽は近年異常で、おかしくなっている感じですし

太陽フレアーは強くなっています

それに、天変地異、大地震ももの凄く増加しています

俺は、映画の話だからと言って

頭から否定するつもりもないのです

 

 

しかも、以前、皆さんに

2012年12月23日の霊言をご紹介したように

「2012年12月23日物質世界から精神世界に移り変わります
しかし、今のこの済度の状態ですと、精神世界に移り変わる前に
人類が滅亡し、この世の全てのものが無くなり、霊界がむちゃくちゃになり
取り返しのつかないことが起こりうるかも知れません
・・・・・・・・・・・・・」

霊界から、済度人には重大なメッセージが出ています

どういう形かは分かりませんが

2012年12月23日に

人類は、今までと同じように

目に見えないけど、確かに存在する御霊達を無視していたら

その御霊達の訴えをまったく聞こうとしなかったら

人類は、2012の映画のように全滅する可能性はあります

俺は、それは結構信じているのです

 

けれど、その方法は、別の霊言では、少し時期は違いますが

その霊言よりも、早まった感じですが

2012年に植物が枯れ始めて、2014年に人類滅亡となっていたので

何が起きるかは分かりません

映画「2012」のように、地球の内核が溶解するとは言っていないのです

 

でも俺は、それでも天変地異説を否定しません

だって霊言の中で、御霊達は

自分達の存在に気がついて欲しいと言う事で

大きな地震や噴火を起こしていると言っていますし

実際に今、地球では、100年に1度、千年に1度というような

大地震や噴火が、どんどん起きているからです

なので、俺は、映画「2012」のような事が

地球上のすべての大地で、大地震や噴火が起きて

大都市は崩壊し、どこにも人はいないという事が起きても

不思議ではないと思うのです

 

だからそんな映画「2012」を

家に帰ってから

阪口喜一郎の御霊さんや獄中で虐殺された御霊さん達と一緒に見ました

映画「2012」鑑賞済度しました

そうならないように、俺に力を貸して下さい

地球と人類を守らせて下さいとお願いしたのです

 

だって、阪口喜一郎の御霊さんや獄中で虐殺された御霊さん達は

日本が中国との戦争でなかなか抜け出せず

その中で、英国や米国の戦争になって

日本が滅亡する事を本当に憂いて

命をかけて行動して亡くなった御霊さん達だと思います

いえ、今の俺には、到底真似ができないすごい行動のある人の御霊なのです

 

なので、俺は、この「2012」を

霊界が計画してくれたご縁として

一緒に見る事ができて本当に良かったです

きっと、そうしなさいという霊界の意志だと思いましたし

阪口喜一郎の御霊さんや獄中で虐殺された御霊さん達の

願いでもあった気がしたのです

 

と同時に、この日は、4月22日は

アースデーでした

このアースデーとは、インターネットの情報では

「アースデー(地球の日)

アースデー世界協議会等が主催。

1970(昭和45)年のこの日、アメリカの市民運動指導者で

当時大学生だったデニス・ヘイズが提唱。

地球全体の環境をまもる為、ひとりひとりが行動を起こす日。

1970(昭和45)年から1990(平成2)年までは10年に1度実施されていたが、

1991(平成3)年からは毎年開催されている」

になります

要するに、一人、一人が、実際に地球を守る為に

行動を起こす日なんです

 

ですから俺は、その日に、碑()

黒鳥山公園にある阪口喜一郎顕彰碑を発見して

阪口喜一郎の御霊さんや獄中で虐殺された御霊さん達と

ご縁を頂いた事も

偶然ではないと思います

すべては霊界のはかりごと思うのです

 

ですから俺にとっては

本来なら仕事をしているはずが

仕事を欠勤して、黒鳥山公園に行って

お腹一杯満腹済度やマッサージ済度して

最後は、映画「2012」をレンタルで見ると言う

信じられない一日でしたが

これで良かったと思います

 

と同時に、御霊や霊界は、本当に何でもすると思いますが

皆さんのご感想はどうですか

ご意見聞かせて頂けたら幸せです

 

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