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  縁の花

     (魂が成長する正直な心と心のネットワーク誌)

              第182号

         京都市市長選挙

    新井信介先生

          ∞「新井信介先生との縁」∞

 縁の花村の村人で、縁の花村情報にすてきな情報を提供してくれている新井信介先生が、2004年1月25日(日曜日)から始まる京都市市長選挙に立候補します。

 長年皆神塾などで活動をしていた事を、京都市の有権者や、天に問うのです。

 是非、2月8日(日曜日)には当選して欲しいと想います。

 しかしその反面、紫陽花は新井先生が、そんな志を持っているとは全然知らなかったので、正直、去年の12月頃に知ってびっくりしました。

 まさか、新井先生が、そんな事を考えているとは、夢にも想っていなかったのです。

 また、新井信介先生には大変失礼かもしれませんが、当選するだろうかとも想いました。

 新井信介先生が立候補した以上、勝算のない事はしないと想いますが、それでも紫陽花には疑問でした。

 京都市に住んでいないので、何ともいえませんが、新井信介先生の場合は、完全に無所属で、他の自民党、民主党、公明党などの政党の支持を得られる訳でもありません。

 大阪府や東京都などのマスコミに注目される知事選挙だったら別ですが、京都市市長選挙では、全国ネットのマスコミも取り上げないので、新井信介先生の事が、多くの京都市民にちゃんと伝わらないのではないかと想ったのです。

 今も正直言って知名度という点では苦戦しています。

 マスコミには得たいの知れない泡末候補だといわれているそうですが、見返したいと想います。

 だけど、新井信介先生が、京都市の市長になる実力がないかといえば、そんな事はありません。

 選挙は、現職の桝本市長(自民・民主・公明の相乗り)と共産党の支持する新人(元府立大学長)の対立構造かと地元の新聞は論評しているそうですが、紫陽花は、桝本市長や、共産党の新人の市長よりも、新井信介先生の方が断然いいと確信しています。

 新井信介先生なら、長野県の田中康夫知事なみの活動、いえ、周りの人の意見を聞く力があるので、それ以上の活動ができると信じているからです。

 たぶん、京都市に大嵐が吹くと想います。

 だから、選挙は、みずもので、投票日の3日前に、風が吹けば奇蹟が起きるといいますが、毛利元就が、大嵐が吹いた中を、奇襲攻撃して、厳島の合戦に勝ったように、新井信介先生にも神風が起きて欲しいと、神に祈りたい気持ちで一杯なのです。

 しかも新井信介先生が、京都市市長になれば、まだまだ無名の多くの本当の人達も、浮き上がる事ができます。

 新井信介先生は、広島にいる「天皇の真実」の河内正臣先生を始め、全国のいろんな本当の先生達と親交があります。

 新井信介先生なら、自分が京都市市長になれば、そんな本当の人達も引き上げてくれると想います。

 河内正臣先生の主張なども、マスコミに紹介してくれると想うのです。

 ですから紫陽花は、何が何でも市長になって欲しいのです。

 また、新井先生は、実力があるだけでなく、人間としても本当にすばらしい方です。

 その事は、紫陽花が保障しますし、それが、紫陽花が、新井信介先生を支縁する最大の理由なのです。

 というのも、そもそも新井信介先生と紫陽花との縁は、1年ぐらい前、新井信介先生が、直接メールしてくれた事から始まります。

 縁の花 第153号『21世紀「偉大なる日本の天命」』で、東京で新井信介先生が司会をされた河内正臣先生の講演内容を詳しく紹介したのですが、それをインターネットでみた新井信介先生が、「岩谷様始めまして こんにちは。ネットで「緑の花」のことを知りました。現在、京都の宇治に住んでいる新井信介です。河内さんの講演会のビデオを見ての感想、何よりも解説を、ネットに載せてくれて、本当にありがとう。インテューションに河内さんを紹介したものとしてうれしい限りです。2002年より、実践編として、インテューションには出ていませんが、全国の仲間との間で、勉強会と実践に入っています。フォトンベルトの渡邉さんは、仲間です。・・・・」という内容の手紙を貰った事です。

 それで、紫陽花は大変嬉しくなってしまいました。

 有名な先生から直接メールを頂けたなんて、始めてだからです。

 しかも、それで嬉しくて、メールや「無限の無限の幸せ」情報などを送ったら、長い丁寧な返事を返して頂きました。

 こんな先生は、広島の河内正臣先生か、新井信介先生しかいません。

 普通の先生は、忙しいのか有名になると返事なんかなかなかくれません。

 新井信介先生という人は、本当に誠実な先生だな。

 いろんな本当の先生と縁を持っている紫陽花には、その事がよく分かるのです。

 ですから新井信介先生にお誘いを頂いた皆神塾の大阪の集まりにも1度だけ参加しています。

 どんな話をされ、どんな人が参加しているか、知りたかったのです。

 また、その時に話をした、新井信介先生の話もよかったです。

 まるでマシンガンのように、熱心に話をする新井先生の迫力に圧倒されましたが、経済や政治、中国の話とても面白かったです。

 紫陽花の知らない裏情報も一杯ありました。

 新井先生は、頭がよくて、行動力のある人だなあと感心したのです。

 しかも参加している人の中には、紫陽花と縁ある人達も多かったです。

 紫陽花は、新井先生とは、何か深い縁を感じたのです。

 だから、新井先生の講演会は、1回きりでしたが、新井先生がメールで送ってくれる情報は、縁の花村情報として載させて頂く事にしました。

 縁の花村の村人に、強引にしてしまったのです。

 これが、紫陽花と新井信介先生との縁なのです。

 そして今、紫陽花は、「縁の花村」の村人の新井信介先生が、京都市市長選挙に立候補されるのだったら、微力ながら、全面的に縁の花を通して支縁したいと燃えています。

 どうか、皆さんも応援してあげて下さい。

 

 

            ∞「新井信介先生の紹介」∞

 2004年1月9日、京都市の新井信介先生の選挙事務所、「京の風」に行ってきました。

 新井先生の事を皆さんに紹介するにしても、紫陽花自身、新井先生の事をまだまだ知りません。

 それで、「京の風」におじゃまして、新井信介先生から直接、政策や政治に対する心情、今迄の経歴を詳しく聞いてきました。

 また紫陽花は、お話を聞いて、ますます新井信介先生が好きになりました。

縁の花村としてではなく、党員がたった一人の日本正直党の党首としても、意気投合する所が多かったのです。

 だから紫陽花は、そんな新井信介先生の事を縁の花でも書かせて頂く事にしました。

 今から無限の無限の喜びとして、新井信介先生から頂いた資料から、新井信介先生の事を簡単に紹介したいと想います。

 

 新井信介先生は、1957年11月4日 長野県の中野市(信濃の北信)に生まれています。

 その後、1981年3月 東京外国語大学中国語学科を卒業して、住友商事に入社すると北京駐在員として活躍しています。

 今も、中国語はぺらぺらです。

 エリート社員だったのです。

 しかしそんな新井信介先生は、1988年、バブル経済やリクルートの問題が騒がれている時に、日本の将来を憂い、世直しを決意して、住友商事をやめています。

 この時に昭和天皇の亡くなっていますが、この事も大きかったそうです。

 昭和天皇がお隠れになった時、これからの日本に大変な時代がやってくるという直感が走って、自分を押さえる事ができなかったのです。

 だけど、この当時の新井信介先生は、自分が一体何をしたらいいのかは分からなかったそうです。

 そんな中で、TV政策会社や水産物輸入会社に就職していますが、自分は本当にしたいのはそんな事ではないと自覚するときっぱりお止めになっています。

 この時に、新井信介先生は、人間の弱さ、弱い者の気持ちも分かるようになったのです。

 そしてその後、1992年7月の参議院選挙に、新井信介先生は、東京から立候補しています。

 新井信介先生は、この間に、「新東方主義」という経済雑誌や、「経済激動超予測」という本を出していて、新井信介先生は、その考えを東京の有権者に必死で訴えています。

 湾岸戦争後も経済政策の方向を変えない政府に一日も早いバブルの処理と環境立国・アジアとの連携を訴え、銀行は、欧米の言うようなBIS規制をしてはいけないとか、不良債権を早く処分しないと、日本経済は大変な事になると訴えたのです。

でも残念ながら選挙は、54人中12位で、落選したそうです。

紫陽花は、この時期に、新井信介先生が、参議院議員に当選して、参議院議員として声を出して、銀行や大蔵省などの官僚が、不良債権を隠そうとするのを見逃さず、処分する方向に持っていったら、日本の経済はここまで落ち込まず、米国に日本の銀行を取られるような事はなかったかもしれないと考えると残念で仕方ありません。

日本は、別な方向に行く可能性も、少しはあったと想うのです。

しかしそうはならず、新井信介さんは、選挙に負けた反省として、自分に何も実績がなかったら、有権者には分かって貰えない事と、何よりも多くの同志との縁、ネットワークを持つ事を痛感したそうです。

口や文だけでなく、有権者にも分かる自分の実績や人脈が必要だと想ったのです。

それで、新井信介先生は、1993年から得意の中国に行っています。

中国では衛星放送の事業をして失敗した事もありますが、鄭州では、テレビ番組製作会社を興したりして、見事に成功もしています。

1997年5月、中国の内紛で多くの事業は撤退したそうですが、特殊な人脈と情報ソースは残ったそうです。

新井信介先生は、ものすごい人脈を中国で得ていますし、今は、ベルリンの壁を崩壊させたヨーロッパピクニックで有名なオーストリーのハブスブルグの当主やエクソンモービルの社主などとも縁があるのです。

また、そんな新井信介先生は、1998年に、日本に帰ると、講演と執筆活動を開始し、全国で、ネットワーク創り、世直しをしようとする同志を育てようとして皆神塾なども始めました。

この4年〜5年、京都や大阪だけでなく、名古屋や東京でも全国で勉強会をしていたのです。

だから、今、新井信介先生のファンは全国にいます。

「新井信介」で検索したら分かりますが、インターネットの世界では、注目している人が多いのです。

しかも本も、総合法令や徳間書店から、「真実の中国」「大予言大予測」などを書いていますし、連載紙として、投資日報社やアネモネでも原稿を書いています。

まだまだ一般の人に知られている訳ではありませんが、実力でいえば、有名な評論家の竹村健一さんや経営コンサルタントの船井幸雄さん、今、売り出し中の増田俊男さんにも負けていません。

どこにでも通用する方なのです。

しかし紫陽花が、新井先生を紹介するのは、ここまでです。

後は、新井信介さんが自分で管理しているサイト「京の風」と縁を持って下さい。

「京の風」では、新井先生が直接、自分でいろんな事をテーマにして書いています。

 少し題名を紹介すると、1月10日、「十日恵比寿」1月8日、「皆神塾と糺の森」1月7日「信州自治共和国って」1月5日「スサノウ伝説と大和朝廷」12月31日「援助大国になる宿命とは」といったものなのです。

 しかもそれは政治家として意識して書いているものではないので、ものすごく面白いです。

 京都市市長になったら、こんな記事を書けるかなと想うぐらい、変に自分の意見を隠さず、今の自分を正直にさらけ出しています。

 人間、新井信介が出ているのです。

 ですから紫陽花は、これを読んで頂けたら、皆さんにも十分、新井信介先生の事は分かって頂けると信じています。

 是非、読んで欲しいと想います

 

        ∞「文明アナリスト 新井信介」∞

新井信介先生の事を知る上で、紫陽花は、どうしても皆さんに読んで欲しいものがあります。

それは、紫玉庵レポート(二十一世紀バージョン)というものです。

これは新井信介先生が、文明アナリストとして、商品先物市場(投資日報社)という雑誌に、連載している記事を、1年間まとめたものですが、非常に面白いです。

経済のこと、政治のこと、日本の歴史のこと、世界を動かしている存在のことなど、いろんな事を、時代を大きくとらえる目で書かれています。

さすがは新井信介先生といえる内容です。

だから紫陽花は、新井信介先生が、どんな先生なのか、知るには、紫玉庵レポートを簡単に目を通すだけでも十分分かって頂けると確信しています。

是非、京都市に住んでいるすべての有権者の皆さんには、この紫玉庵レポートを読んでから選挙の判断をして欲しいと想います。

それで落選したら、新井信介先生も納得できるだろうと想いますし、新井信介先生を支援している人達も納得できます。

ようは、日本で一番の文化都市である、京都市の市民が、文明アナリストでもある新井信介先生に、1度、理論だけでなく、実際に実践できる立場に起たせたいと想うか、想わないかです。

紫陽花は、それを京都市の市民に判断して欲しいと痛切に願っているのです。

しかし現実にいえば、147万人も住んでいる京都市市民全員に紫玉庵レポートをお配りする事は、お金さんの問題もあって不可能です。

とても残念ですが、その1パーセントの1万4千7百人でさえ配れません。

ですから紫陽花は、この縁の花 第182号「新井信介」を、何かの縁で読んでくれた京都市市民の人は、紫玉庵レポートを、新井信介さんの事務所である「京の風」に行って見せて貰って欲しいと想いますし、その縁を作る事が、この第182号の使命の一つだと考えています。

是非、皆さんが縁を持って頂けたら、「無限の無限の幸せ」なのです。

また、ではその肝心な紫玉庵レポートの内容ですが、これはとてもいいです。

書いているタイトルを少し紹介しますと、「新世紀、覇権交代の「現場」と新しい形」(2002年3月23日)「静かに目立たずに始まった、福の神・日本の世紀」(4月23日)

「カルマはいかにして晴らされるか−2012年までのカウントダウン」(11月22日)

「日本人は新たな地球史を書かない限り再生しない」(12月25日)「誰が本当に日本を再生させられるのか」(2月23日)といったものですが、極めて内容は豊富です。

 紫陽花は、ワールドレポートの藤原直哉先生にも、匹敵すると自信を持って言えるのです。

 しかも、新井信介先生の情報は、金融や経済の事だけに限ってはいません。

 何故なら新井信介先生は、歴史工学博士である馬野周二氏の弟子で、精神世界を含めて広く文明論が展開できる特異な人物です。

 その上に多伎に渡る経験で育まれた人脈と感性により、最近では見えざる世界、中でも精神界の存在と人類の行方に注目し、独自の手法で時代を分析しています。

 さらに古代史から明治維新、第二次大戦と隠された裏面史にも、秘史研究家の肩書きも持っています。

 紫陽花が読んでも、本当に勉強になります。

 本当にすごい人なのです。

 だってアナリストを辞書で調べたら、「分析家」と書いていましたが、その事を知って、紫陽花自身納得してしまいました。

新井信介先生は、証券や企業経営、経営などの分析家ではなく、一つの時代を見つめる「文明アナリスト」の視点を持っている人だと、とても尊敬しているのです。

ただそうはいっても、今の紫陽花が、そんな新井信介先生の事で、唯一残念なのは、紫玉庵レポートでは、その分析がたくさんありすぎて、とても皆さんに紹介できない事です。

でも、それでは皆さんも納得しないと想うので、二、三、紹介したいと想います。

まず、「静かに目立たずに始まった、福の神・日本世紀」の中で、新井信介先生は、『突然の参拝は、誰からの指示なのか』という事で、小泉首相が、靖国神社に参拝したのは、小泉首相自身判断ではないのではないかと言っています。

21世紀に入り、本気になってアジアにおいても戦後世界の枠組みを完全に変更させて、新たな共同体を創ろうとするシナリオがあって、今回の参拝は、そこに仕組まれた一幕ではないか。

これまでの目先の利益と戦争の恐怖が主体のアメリカの影響力から脱した、極めて深い歴史性を称えた、アジアに生きる者達が、自己の内側DNAに共感と郷愁を呼び起こす形の伝統的な勢力が、今、アジアの繁栄の為に、大きく舵を取って、日本と韓国、中国の関係を新しく築こうとしているなんていう凄い分析をしています。

今、日本と中国の関係は、中国の指導者が変わった事と、小泉首相が、靖国神社参拝を絶対に止めようとしない事で密かに見直そうという動きが出て、戦後の謝るだけの関係から変わろうとしていますが、紫陽花はすごいという気がしているのです。

また同じ得意の中国情報として、「日中間で、統一通貨が生まれる?」なんていう仰天する事も予想しています。

というのも紫陽花も知らなかったのですが、今、日中の中央銀行は、世界の金融市場で、両国の通貨が安定性を確保する為に、お互いに支え合う、通貨スワップ協定を取り決めたそうですが、新井信介先生によれば画期的な事だそうです。

何故なら国際貿易の上で、米ドルの稼ぎ頭の2カ国が、一体化して国際マーケットで行動すれば、戦後世界の基軸通貨である米ドルに影響されない、アジアの通貨として、新しい円でもなければ、元でもない通貨ができるかも知れないからです。

 紫陽花は、日本と中国が通貨で手を結ぶ可能性があるなんて、夢にも想わなかったので、本当にびっくりしてしまったのです。

 そしてそんな形で、もう一ついえば、新井信介先生は、映画「千と千尋の神隠し」は何を伝えたかで、本当に面白い事を教えてくれています。

 千尋の友人になった「龍のハク」の本当の名前は、「ニギハヤミ 琥珀主」という名前になっていましたが、このニギハヤミとは、大和朝廷ができる以前の、日本の大王の名前だそうです。

 新井信介先生は、そう教えてくれると、宮崎駿監督が、何故、この名前を使ったのか、そこには天の大きな意図を感じ得ないといっています。

 すなわち日本が、これからアジアとの間で自由な経済活動を戻すには、大和朝廷ができる前に、多くの部族、ユダヤの失われた10支族や、中国の易姓革命で難を逃れたが人達が、日本列島に来ては、先住民族と棲み分け、融合していった時代を復活する必要があって、その象徴的な人物が、ニギハヤヒだからです。

 しかもその頃の古代の日本には、国境はなく、民族を超えて、共存していたように、今、「地方分権」と「東アジアとの融合」を考える時に、この名前が出ることは、まさに明治以来の近代化の課程で閉じ込められてしまった、広く伸びやかな魂の復権である。

 新井信介先生は、そう分析していて紫陽花を考えさせました。

 大和朝廷以前の日本は、どんな国だったのだろう。

 ユダヤの十支族や中国人や、日本の原住民が共存できた時代にロマンを感じましたし、それがもうすぐ歴史的にも証明されて、いろんな事が分かるようになると想いました。

 新井信介先生は、そんなロマンも与えてくれたのです。

 是非、皆さんも読んで欲しいと想います。

 

     ∞「新井信介先生の京都市市長選挙の政策1」∞

          結(ゆい)の復活

1月16日に新井信介先生のマニフェストが発表されました。

8ページにも及ぶものです。

それを見て、紫陽花は、新井信介先生は、今迄「京の風」という政策集団で真剣に検討していたのだなあと感服しました。

1、 職員人件費大幅削減と市民主導市政への転換) 2、観光と文化 3、都市計画と交

通 4、看護福祉と医療 5、教育 6、環境 7、治安と防災、8、行政改革 9、財政改革 などで詳しく書かれているので、是非、皆さんに見て欲しいと想います。

また、新井信介先生のマニフェストは、本当に良くできていると想います。

 特に市長の給料4割カットや、職員の給料2割カットには、大賛成です。

新井信介先生のマニフェストを読んで、初めて知りましたが、京都市職員の給与は、民

間企業のうち、従業員100人以上で且つ3000人規模の大企業も多く入った事業所の給与と比較して決めている為、平均給与は平成15年度では40歳代前半で年間750万円にもなっているそうです。

これはどう考えてもおかしいです。

給料を2割カットするとかではなく、市民に使える立場の職員は、京都市の小さな中小

企業と比較して当然給料を決めて欲しいと想います。

 新井信介先生でしか、そういった事はできない。

京都市の官僚体制を打破できないと、紫陽花は、「京の風」のマニフェストを見て想ったのです。

 しかし、そうはいっても、どこのマニフェストも、数字が並んでいて、分かり図らいというのも事実です。

 だから、1月9日にお会いした時に直接、新井信介先生に聞いた政策を皆さんに披露したいと想います。

 まず、最初に、新井信介先生の政策で、紫陽花が感銘を受けたのが、結(ゆい)の復活です。

 新井信介先生は、近代になって、もうとっくに失われた結という制度を本気で復活させようと燃えているのです。

 というのも、この結というのは、紫陽花はまったく知らなかったのですが、江戸時代にあった農村の互助組織の呼び名だそうです。

 新井信介先生によれば、昔は、(室町の頃)は、農村は大体100家族がひとまとまりで生きており、そこに秀吉が検地に入って、そうしたまとまりで生きている人間を、百姓(100の姓)と呼んだそうですが、ここでは、冠婚葬祭や仲間の家の新築、里山(入会地)の管理、弱者保護、ムラ祭りなど、皆で汗をかいていたそうです。

 しかもこの中には、農作業にきちんと従事するものもいれば、世話焼きで、一定の仕事を嫌うものがいても、みんながそれぞれの特性を認め合って、とにかく同じ地域に生きるものとして、金銭でなく、支えあって生きていたそうなのです。

 特に、京都では、応仁の大乱で、町の殆どが無くなった時も、この結の人達の力で、見事に町を立ち直らせたのです。

 しかし、そういった結の組織は、江戸時代、綱吉の時に、宗門人別帳ができる事によって、徳川に逆らっていないかを探る相互監視になった事で崩壊して、山間部の農村にのみ残るようになり、さらに明治維新以来の中央集権と経済中心で、完全に破壊されました。

 結は、失われた日本人の大切なココロのつながりと、文化の揺藍だったのです。

 ですが、何と新井信介先生は、その結を、大都市、京都市で復活させようとしています。

 具体的には、2千人ぐらいの人をまとめたものを、京都市の人口が147万人なので、ざっと計算して、次々と735箇所も結成していきます。

 新井信介先生のマニフェストでは、それを地域委員会と名付けていますが、この地域委員会に、市の権限を次々と与えていくそうです。

 すなわち今迄京都市や国がやっていた仕事、観光と文化、都市計画と交通、看護福祉と医療、教育、環境、治安と防災といったものをすべてまず各地の地域委員会が考えて行い、それを京都市や国が後ろから支えるといった、従来の、国→京都市→住民といった、これまでの指示待ち社会構造(ピラミッド構造)だったものを、住民→京都市→国というこれからの助け合い社会構造(逆ピラミッド構造)にするというのです。

 まず、2千人の人達が相談して、自分達の要望、ゴミ問題や騒音、教育、治安、公共事業などを話し合って、優先順位をつけ、それを下の図のように京都市や国がバックアップする形に変えると言うのです。

 

 これには、紫陽花も正直びっくりしたのです。

 しかも新井先生はその地域組織、結に、その地域の老人の看護や病院の世話や、失業対策もして貰うつもりでいます。

 地域の人の問題は、地域の人達でまずできる事は、すべてやって貰おうと考えているのです。

 その上で予算的に難しい事は、京都市や国が応援すると言うのです。

 何かを建設するにしても、まず住民が要望して、予算も、住民で決めるのです。

 地域の老人の看護や病人の世話は、その地域で、動ける主婦や老人がボランティアするのです。

 まさしくそんな事ができたら、京都市は革命を起こす事になります。

 これは、信州の田中康夫知事の騒ぎではすまない、市や府、国さえ妨害して、市の議員の人達に反対されて、たった一人の新井信介市長は当選しても、ニッチもサッチもいかないのではないか、紫陽花は正直そう想いました。

 新井信介先生のいっている事は分かりますが、結の復活の考えは、時期的に夢物語としか想えなかったのです。

 しかし、そんな紫陽花の考えも、京都市の財政状態を、新井信介さんから聞いて変りました。

 どこの地方も財政的に大変ですが、京都市も悲惨です。

 過去10年間あまりで、市役所の公債費や人件費、扶助費などの維持・運営の為に必要な義務的経費が、市税収入よりも多くなって、毎年、1000億円以上もの赤字だそうです。

 これは酷すぎます。

 だけど新井信介先生は、京都市にも住民がお互いに助け合う精神が残っていた前は、財政がこんなに赤字になる事はなかったと教えてくれました。

 今の予算で、京都市が、住民の為に、本当に仕事をするのであれば、新井信介先生がいうように結の復活、地域委員を結成するしかないのかもしれない。

 紫陽花は、そう想い、京都市市民や、天がどう判断するか楽しみにしているのです。

 

      ∞「新井信介先生の京都市市長選挙の政策2」∞

           京都市活性化案 

 新井信介先生の政策は、他にもすばらしい案がたくさんあります。

 本当に市長にしたら、次々とアイデアが生まれて、京都市民はとても面白いと想います。

 ですが、その中でも、たった一人の日本正直党の党首として、紫陽花がとても感動したのは、新井信介先生がいう、「いい事をした券」の発行の話です。

 これは各地域で発行する券で、老人の人達や、誰かの助けが必要な弱者の人に枚数を決めて持って貰い、その人達にいい事をした人が貰える券だそうです。

 しかも、いい事をした人が、各地域で決められた店に、「いい事をした券」を持っていくと、250円のコーヒーなら1枚、500円のラーメンなら2枚の券で、無料で食べられるようにするそうです。

「リストラなどで失業して、働きたくても働けず、お金がまったくない人でも、誰かにいい事をするのだったら、市民が生きていく事ができる社会にする」

新井信介先生は、そう言っているのです。

紫陽花は、この新井信介先生のアイデアには、日本正直党の党首として、大変感動しました。

日本の国も、21世紀、これからは、生きる為に、したくない仕事をするのではなく、自分の魂を成長させる為に仕事をする時代になっているからと想うからです。

早く、労働をしないといけないという恐怖、錯覚から、日本人を解放して欲しいのです。

そうすれば、誰も悪い仕事をしなくなって、サラ金の会社はなくなりますし、詐欺行為もしなくなります。

社会のコスト的にも、その方が安上がりです。

「日本人なら、誰でも、失業しても、食べていく事だけは保障する社会にする。そしてそれができたら、その社会システムを世界に早く広げて、世界の貧困を無くす」

 これが、日本正直党の政策なのです。

 だから、新井信介先生の「いい事をした券」を発行するという政策は、日本正直党の政策と一致します。

 そうか、その手があったのかと感心してしまったのです。

 ただ、新井信介先生に詳しく「いい事をした券」の事を聞くと、頂いたコーヒー店やラーメン店に、「いい事をした券」が何枚集まっても、お金としての価値はないそうです。

 もちろんコーヒー店の店主やラーメン店の店主も、「いい事をした券」を使う事ができるのですが、たくさんたまったらとても使いきれません。

 お年寄りの老人達に、腹を減った学生がいい事をするといった、すばらしいコミュニケーションが取れるのですから、紫陽花は、この「いい事をした券」は是非したらいいと想いますが、もう少し工夫したら面白いと想いましたし、将来は、いい事をしたという判定は難しいので、そういった事をしなくても、日本人なら誰でも、特定の決められた食堂で、食べる事だけは保障されるようにしたらいいと想います。

 その一歩として、日本正直党として、たった一人という本当に微力ですが、応援したいと想ったのです。

 また他にも、新井信介先生の政策は、ユニークです。

 これは京都市に住んでいない紫陽花には、なかなか分かりにくかったのですが、有名な太秦村があります。

 この東映太秦村は、映画や、テレビの時代劇ものを撮影しているところです。

 でも今、ここは、あまり流行っていないそうです。

 撮影している水戸黄門なども、マンネリ化してしまっていて、太秦村には、シナリオを書いたり、カメラをまわしたり、アクションができる人がたくさんいて、仕事がなくて困っているそうなのです。

 ですから新井信介さんは、京都市市長になったら、「誰でも水戸黄門」を提案するそうです。

 水戸黄門様は、もう見る時代から、演じる時代だといって、ある程度のお金を払ったら、その人に水戸黄門を演じて貰うそうです。

 悪役の代官やお供の助さん、格さんも付けて、斬り合いのアクションシーンもつけて、ドラマのようにするのです。

 しかもそれは、もちろんプロが撮影して、DVDに残します。

 紫陽花は、正直言って誰もが黄門様になりたいと想っているとは想いませんが、一生に一度くらいなら、殿様になりたいという人は多いと想うので、やってみたら面白いと想います。

 今、大金を持っていても、何に使ったら分からない年寄りの人が、そういった事でお金を使ってくれるのだったら、経済が活性化していいです。

 その上に新井信介先生は、他にも、秀吉がした醍醐の花見なども、本人が一番したがっています。

 ですから紫陽花は、新井信介先生が京都市市長になったら、京都に大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンのようなものができると期待しています。

 各地域委員がアイデアを出せば、日本の伝統がある文化テーマパークができるかもしれないと楽しみにしているのです。

 そしてそんな感じで、新井信介先生の政策をいえば、京都に地元の人が、ポンポン山というところがあるそうです。

 この山は、バブルが弾けた後、京都市が買い取ったそうですが、財政難の為に何もできないそうです。

 新井信介先生は、そのポンポン山を、何と自由芸術家ゾーンに変えようとしています。

 まず、普通の市民もふくめ、ここにきたら、何の縛りもなく、暖と食、そして安心が得られる環境を創るつもりです。

 何も求めずに、ただ、生きていることが幸せであると感じられる空間を作るというのです。

しかも新井信介先生は、そのポンポン山を、宿泊したくても、お金がなくてできず、困っている外国人の集いとして提供しようと考えています。

 外国人が集る事ができるコミュニケーションの場にしようとしているのです。

 その上に、地元の人達が、ボランティアで炊き出しなどもして、お金がない外国の人でも無料で食べられるようにするつもりでいます。

 いろんなルールは作りますが、そのルールさえ守って貰えるのなら、外国人の人が安心して集えるようにするつもりなのです。

 紫陽花は、この考えはとてもすばらしいと想います。

 今、外国の人達の犯罪が騒がれていますが、犯罪をしないと食べていけないという理由が大きいと想います。

 ポンポン山で何とか食べる事ができたら、犯罪までする必要はないと想うのです。

 ただし、そんな事をしたら、日本中の浮浪者や、違法で入国した外国人の人が集まるといった問題もあります。

 全国から浮浪者や、違法な外国人の人が集まったら、大問題になると想うので、慎重に考える必要があります。

 違法に入国した人は、母国に帰って貰うようにしないといけないかもしれませんが、正規に日本に遊びで入国した外国人で、日本は物価が高いので、お金に困っている人もいるはずです。

 そんな外国人に、日本に対して変なイメージで帰って貰うのではなく、日本の文化を代表する京都市で、市民の暖かいふれあいに接して貰って、いいイメージで帰国して貰えたら最高です。

 紫陽花は、是非、新井信介先生には、京都市の市長なって貰って、世間をどんどん騒がせる政策を実行して貰いたいと願っているのです。

 是非、皆さんも、そんな個性と実行力がある新井先生を支縁して欲しいと想います。

 では皆さん、縁の花 第182号「京都市市長選挙 新井信介先生」を読んで頂きまして「ありがとうございます」

2004年1月17日

 

  追伸、新井信介先生の家族は、京都の宇治に住んでいます。

 新井信介先生は、今は京都市内に引越ししていますが、最初は宇治に来て、京都の仁王門で、「地球再生サロン」を始めたそうです。

 2000年11月頃です。

 紫陽花は、どうして京都なのか分かりませんが、新井先生が、日本にある全国の都市の中で、京都を選んだのは、現在が、人類史的な大転換期にあり、その新しい社会を開く鍵が日本、なかでも京都にあると確信したからだそうです。

 だから、例え今回京都市市長になれなくても、次回再びチャレンジするそうです。

 縁の花としては、そんな新井信介先生が、当選する、しないにかかわらずに、ずっと支縁する「無限の無限の幸せ」を味わいたいと想います。

 

                選挙結果報告

 2月8日、選挙は無事に終わりました。

正式な選挙結果は、投票率38.58% 新井先生の獲得票数は、 25090
当選したのは、現職の桝本氏で24万 時点は、広原氏で17万です。
また、新井信介先生には、お礼のメールを頂いています。

皆さんに紹介しますと「今回は縁の花の皆様には、影に陽にたくさんの応援を頂き、深

謝しております。今回、選挙対策本部もきちんとできず、何より、有権者には美味しい話もなく、普通の人には苦い薬だけの話となりました。この2万5千の数字をどのように見るか、現実は民主党の中の、進歩派の人たちが投票したようです。今後のことは、じっくり考えます。又ご指導ください。アライシンスケ」です。

 それと新井信介先生の事務所の人にも、メール頂いています。

 紹介させて頂きますと「選挙速報を観戦しながらの わが事務所は、さながら「御池(事務所の地名)宴会場」と化しておりました。開票速報すらも酒の肴状態・・・・・。
地元放送局のコメンテーターが「2週間の選挙期間内のみの活動とこの低投票率からすると、かなりの検討」とわが陣営をコメントすると事務所内で歓声が上がりました。
先生の最後の締めの言葉は、「今日からがスタートだ!!!」。前向きで明るいわが陣営、今日も明日の京都・日本・世界を考えて行動しております。それではまた。」
          

          「京の風」 新井信介先生のホームページ

          1月29日に、私的に新井信介先生を応援するサイトを作っています。
          京都市市長選挙私的応援サイト
         
          新井信介先生、政策のチラシ
  

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