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       (魂が成長する正直な心と心のネットワーク誌)

               第195号

       ありがとうございます祭り

          ∞「ありがとうございます祭りとは」∞

平成16年(2004年)8月1日〜8月8日に、第1回「ありがとうございます祭り」が、滋賀の山奥の「ありがとうございます野外スタジアム」で行われました。

本当に、すてきな祭りでした。

去年、紫陽花は、7月20日・21日の海の日に行われた第10回惟喬親王祭(ありがとうございます祭り)のことを、第175号で詳しく書きましたが、あの時とはまったく内容は違いますが、おなじようにすばらしい祭りになりました。

いえ、惟喬親王祭の時よりも、もっとすばらしい祭りになったと想います。

何故なら、去年の惟喬親王祭は、地元の蛭谷の人達が主催する祭りで、「ありがとうボランティアグループ」はあくまでも、共催という形で参加させて頂いたので、どうしても制約する面がありましたし、目的としても大きく分けて3つありました。

それが、@ 地元の伝統行事としてのお祭り A 惟喬親王を始めとする救世の神々による、地球救済活動としてのお祭り B 宇宙絶対統一神・天照大御神の御降臨を願う、「天の岩戸開き」としてのお祭りの3つです。

惟喬親王祭は、この3つが同時に行われたのです。

しかし今回の第1回「ありがとうございます祭り」は、皆が主催です。

「ありがとうボランティア」の人達や、全国の「ありがとうございます」の人達が、主催する祭りです。

 誰にも、何も遠慮する事がありません。

 Bの 宇宙絶対統一神・天照大御神の御降臨を願う、「天の岩戸開き」としてのお祭りに絞って、純粋無雑な心で、8月1日〜8日にかけて行われました。

 多くの人が、感謝の真祈りを、至誠を持って、純粋に徹底的に祈り続ける事によって、天の岩戸のお手伝いをさせて頂こうという決意していたのです。

 きっと天照大御神様や、「ありがとうございます大神様」が、本当に喜ぶ祭りにできたと確信しています。

 だから紫陽花は、今、この第1回「ありがとうございます」祭りに参加できた事、「無限の無限の幸せ」です。

 「ありがとうございます祭り」は、今後、「天の岩戸開き」が実現されるまで、毎年必ず実行されると想いますが、第1回から参加できた事、とても幸せです。

 だって今回は、8月1日〜8月8日までで、準備不足もあって、全国から、去年の惟喬親王祭よりは少し減った、1500人の人達が、参加していますが、来年からは、どんどん増えると想います。

 最後には、9万人もの人が、真剣に「ありがとうございます」を唱える祭りになれば、いよいよ岩戸開きが、開く事になるそうですが、それを最初から見届ける事ができるなんて、本当に幸せです。

 すてきな最高のドラマを味わせてくれる「ありがとうございます大神様」に、感謝したいと想うのです。

 しかも「ありがとうございます祭り」には、神々だけでなく、参加した人達の内面に持っている天の岩戸開きが開くというもう一つの「無限の無限の幸せ」があります

 何故なら「ありがとうございます祭り」の「まつり」という言葉・言霊には、どんな意味があるかという事ですが、「ありがとうおじさん」は、こう教えてくれています。

@          いのる 祈る    (新たなる全徳の無限の無限の輝きが一杯)

A          ひとし 等しくする (神様との一体化 すべての一体化)

B          さきはう 幸う   (無限の無限の幸せ・喜び・安らぎ一杯)

C          つりあう 真釣り合う(神様との一大調和 適材適所)

D          しめす 示す    (無限の無限の表現 個性の輝き)

E          むかえる 向える 向き帰る(神様のすべてを受け入れる 光源・根源に心を向ける)

F          いわう 祝福する、ほめたたえる (ほめたたえ、感謝し、喜ぶ)

この7つを意識して、ありがとうございます祭りに参加して欲しいと言われていたのです。

従って、ありがとうございますの「まつり」は、神様と人が一体化する為の、神聖行事(神事)になります。

  換言すれば、人間と宇宙絶対統一神・天照大御神と一体化する為の、天照大御神を顕現する為の、「天の岩戸開き」の神聖行事です。

 そんな長年、神話で書かれていた、天の岩戸開きが、始めて日本で行われようとしていたのです。

 きっと、皆さんにも「ありがとうございますまつり」の真の価値が分かって頂けると想います。

また、では、そんな「ありがとうございますまつり」に、多くの人が、どんな気持ちで参加したかですが、「ありがとうおじさん」は、こんな決意で、祭りに参加して下さいと書いていました。

 少し引用させて頂きますと、「思いの心・計らい心でする形式に縛られた、どんちゃん騒ぎのお祭りから、感謝の心でする、喜びが無限に湧き上がり、縦横無尽の光の交流・融合・一体化が図られるお祭りに昇華させてこそ、本物のお祭りとなるのです。」

「天照大御神を呼び出す為に一番大切な心は、謙虚な心です。自分のすべてを神さまに捧げ尽して、我の無い、計らい心の無い、思いの無い、純真無垢の赤裸の心に戻ることが、大切なのです。」

「宇宙絶対統一神・天照大御神を、「ありがとうございます」の神さまを呼び出すのに、本当に必要なことと言えば、無限に謙虚になって、人知れず、隠れて、秘かに、心の奥深くで、ただひたすらに「ありがとうございます」と唱え続けることだけです。」

@           人を相手にしないで、神様だけを相手にする

A            自分を出さないこと

B            だから控え目に控え目に、宣伝は必要ないのです。神事は自然に運ばれるものです。

平成16年は16菊、天照大御神の象徴です。1+6は7(完成)を表わし、8月1日〜8日は無限に無限に伸展拡大する意義です。ただひたすらに「ありがとうございます」と祈り続けることによって、本物の幸せそのものになった人々が、大勢参集することによって、それがひながたとなって、世界に投影されて、世界の平和が、実現してゆくのです。」

「地球の平和も万類の幸せも、内在の天照大御神が出現してこそ、本物になるのです。この世の一切のマイナスを相手にしないで、天照大御神(無限の無限のプラス)だけを受け入れて、この 世に現してゆきたいと切に切に願っています。その為には何よりも何よりも「ありがとうございます」の一言に絞り込むことが、大切であると痛感しています。」

『 天照大御神 今ここに在します。新たなる全徳の「無限の無限の輝き」が、無限に無限に一杯!ありがとうございます。』

『みんな 天照大御神!新たなる全徳の「無限の無限の輝きで」一杯!ありがとうございます。 』

 ざっと書いてみると、こうなります。

 是非、皆さんも、こういった気持ちでも、来年は参加して頂ける事、願っています。

 

       ∞「ありがとうございますボランティア」∞

「ありがとうございます祭り」には、紫陽花は、メインである、8月7日と8月8日に参加させて頂きました。

 本当は、8月1日、2日も参加したかったのですが、滋賀の山奥にまで行く交通手段がなかったので残念したのです。

 また、紫陽花は、本当はいけない事ですが、ありがとうございます祭りが始まる1週間前の7月24日、25日に「ありがとうございますボランティア」に久しぶりに参加しています。

「ありがとうございます祭り」が始まる直前に、参加するのではなくて、何回かいかないといけないと想っていますが、日曜日に休める月がなかなか来ないので、参加する事はできません。

 7月は日曜日が休みだったので、行く事ができたのです。

 だから紫陽花は、縁の花村の村人さんに呼びかけて、福岡から参加して頂いた、ふう(風)さんと川さんの2名の女性と一緒に「ありがとうございますボランティア」に参加しました。

 長靴、軍手を用意して、ハードだと噂になっている「ありがとうございますボランティア」を、全国から来ている約、30名ぐらいの人と「無限の無限の喜び」でさせて頂いたのです。

 また、その「ありがとうございますボランティア」で、紫陽花は初めて、「ありがとうございます祭り」の会場になる「ありがとうございます野外スタジアム」を見せて頂きました。

 もうすぐ「ありがとうございます祭り」が始まるので、「ありがとうございますボランティア」は、会場造りのお手伝いだったのです。

 ですが、「ありがとうございます祭り」の会場を、初めて見た時の感動を忘れないと想います。

 何故なら、実は、紫陽花は、今回の「ありがとうございます祭り」に関しては、心配していました。

 去年は、惟喬親王祭に共催させて頂いたので、惟喬親王陵を使う事ができました。

 川も流れている広い場所で、惟喬親王の像や神社、ステージも二つあります。

 他にそんな場所が、滋賀の山奥の所にあるとは想えませんでした。

ありがとうボランティアの人達の情報で見ても、「祭りの場所についいてですが、山の中です。外灯もほとんどありません。懐中電灯等の用意が必要だと思われます。また、毒蛇や、蜂・蚊・ヒルなども出ます」と書いていたので、一体、どんなところだろうと想っていたのです。

正直言って、山奥に、皆で野宿する事になるという覚悟をしていたのです。

 だけど、会場を見てびっくりしました。

 惟喬親王祭よりも広い場所だったのです。

 しかもプロック積んでステージになるところもありましたし、何よりも驚いたのは、多くの人が座れるボックス、スタジアムです。

 千人もの人が、十分に座れるものが、プロックを上手に積む事で見事にできていました。

1段、      2段という感じで、15段ぐらいのものができていたのです。

 だから、紫陽花が持っていた会場の心配は、「野外ステージ」の会場を見た瞬間、消えてしまいました。

 1万人、2万人と参加すれば別ですが、今回の「ありがとうございます祭り」なら、十分です。

 さすがは「ありがとうおじさん」がする事だなあと、ほとほと感動してしまいました。

 何故なら「ありがとうおじさん」が言っていましたが、まさかこんな場所に、野外スタジアムを造ろうなんて、誰も考えもしなかったと想います。

 「ありがとうございます祭り」が始まる2ヶ月・3ヶ月間前までは、「ありがとう村」の人達でも、野外スタジアムを造るという発想はなく、「ありがとうおじさん」自身から、最初言われた時は、なかなかその事が理解できなかったと言います。

 はっきり言って、こんな山奥で、惟喬親王陵から歩いて7〜8分のところに、大きな野外スタジアムができる事自体奇蹟です

「ありがとうございます大神様」や、惟喬親王様などの多くの神々が、影から応援してくれていなかったら、とてもできなかったと想うのです。

 しかも紫陽花が感心したのは、ありがとうございます野外スタジアムは、つい最近まで、廃品の山だったという話です。

 人類のいろんな想いで造られたもので、ゴミ山になっていたのです。

 その土地を「ありがとうおじさん」は、前からここが「ありがとうございます祭り」に会場になる事が分かっていたのか、持っていたと言います。

 トラック百台以上運んで、綺麗にしたというのです。

 まさしく「ありがとうございます」で人類が抱えているいろんな思いを消してしまう「ありがとうございます祭り」にとっては本当に相応しい会場だと想います。

 しかし紫陽花が、一番感動したのは、この野外スタジアムは、「ありがとうございますボランティア」に参加した人達のすべての手造りで造られた事です。

 外部の業者さんはまったくと言ってもいいぐらい入っていません。

 「ありがとうボランティア」に参加している人の中には、大工の棟梁さんもいます。

プロのレベルから見ても、十分に合格できると想います。

 いえ、業者の人が、この会場を造るとなると、おそらく何千万円という大金がかかると想います。

全国から多くの人が、「ありがとうございますボランティア」をしたかので、あれだけのスタジアムが、2ヶ月間ぐらいでできたと想うのです。

 ですが、ここで紫陽花が、心から感心したのは、毎日、ボランティアをしている「ありがとう村」の人達です。

 実際に、7月24日、25日「ありがとうございますボランティア」をしてみて、紫陽花はその大変さが分かりました。

 本当に暑い中を、ブロックを運んだり、鍬を持って、土を耕したりする仕事、土方ですが、大変でした。

 すぐにバテバテになってしまいました。

 皆で、凍らせていた麦茶、何杯も飲んだ事、本当に美味しかったです。

 でもその中で、テキパキとお仕事をこなす「ありがとう村」の人達すごいです。

「ありがとうございますのスタジアム」は、率先して、お仕事をしてくれる「ありがとう」村の人がいないと、とてもできなかったと想います。

 特にその中でも、女性陣の人達はすごいです。

 さすがは、日本一の綱引きチームの人達です。

 紫陽花は、男なのに、正直、「ありがとう村」の女性の人達には、とても適わないと想いました。

 毎日、こんな「ありがとうございますボランティア」は、できないとほとほと感心していたのです。

 しかも、ここで痛感したのは、こんなボランティアを、毎日平然とできる「ありがとう村」の人達

は、慣れているといった事ではなく、間違いなく「ありがとうございます大神様」の応援が入って

いると確信した事です。

 それでないと、あんなに動けるはずがないと想います。

「ありがとうおじさん」は、「ありがとうございますボランティア」をする事で、心が無の気持ちに

なるので、「ありがとうございます大神様」が入りやすいと言っていましたが、そのとおりだと確信

しました。

本気で「ありがとうございますボランティア」していたら、自然に「ありがとうございます大神様」

が、力を貸してくれているのだと想うのです。

 ですから、紫陽花は、是非、皆さんにも、「ありがとうございますボランティア」に参加して欲しいと想いますし、この野外スタジアムにしろ、駐車所にしろ、全国から志願して「ありがとうございますボランティア」をした人や、何よりも、毎日お仕事をしている「ありがとう村」の人達のおかげさまである事を知って欲しいと想います。

 紫陽花自身、「ありがとうございますボランティア」している人達に、心から感謝したいと想いますし、まだまだ未完成である野外スタジアム造りに、最初の時期に、ほんの少しでも、お手伝いできた事、とても光栄です。

 本当に「ありがとうございます」なのです。

 

 

 

      ∞「ありがとうございます祭り」∞

 8月1日〜8月8日の「ありがとうございます祭り」の中で、紫陽花が参加させて頂いたのは、メインになる8月7日と8日です。

この二日間、参加させて頂いたのです。

しかし、今から考えても、紫陽花にとって、この日に、「ありがとうございます祭り」のメインがあるのは、「無限の無限の幸せ」が一杯です。

何故なら、8月7日、8と7で花の日は、縁の花村の創村日になります。

去年、鹿児島の桜さんが、自分の誕生日は、8月7日の花の日だと教えてくれた時から、紫陽花は、どうしても大切な縁の花村は、花の日に誕生させたいと想いました。

天が、8月7日にしなさいという気がして、その日に誕生させたのです。

でも、その時には、まさか7月20日、海の日に行われた惟喬親王祭(ありがとうございます祭り)が、今年は、8月1日〜8月8日に行なわれるとは夢にも想いませんでした。

ましてや、最大のメインある「ありがとうございます護摩」が、8月8日の深夜、3時に行なわれるとは、今でも信じられません。

まるで、「ありがとうございます大神様」が、縁の花村の1周年を、心からお祝いしてくれた感じです。

何もいりません。

紫陽花としては、記念すべき、縁の花村の1周年に、「ありがとうございます祭り」に参加させて頂くだけで、本当に「無限の無限の幸せ」が一杯だったのです。

また、そんな縁の花村の1周年を、紫陽花と一緒に祝って頂いたのは、24日、25日の「ありがとうございますボランティア」にも参加して頂いた福岡のふう(風)さんとその友人の撫子さんと、

撫子さんの娘さんの愛さんの4人です。

 一応、紫陽花が申し込みさせて頂いたので、縁の花村として参加して頂いたという事にさせて頂いているのです。

 正直言って、まだまだ、愛知の伊路波村や、仙台の元気アップ村のように、たくさんの村人さんと一緒に参加するという力がありませんが、福岡のすてきな3人さんには、心から感謝しています。

 ですから紫陽花を含めた4人は、車を御願いしていたOさんと10時に、米原駅で待ち合わせをしていて、「無限の無限の喜び」が一杯で、今回の「ありがとうございます」祭りは、一体、どんな祭りになるのか、去年とは違ってスケジュールも何もないので、かえってワクワク・ドキドキしながら、12時には、野外スタジアムに来る事ができたのです。

 そしてそこで、紫陽花は、完成した野外ステージを見る事ができました。

 24日、25日の「ありがとうございますボランティア」の時には、プロックを組んでいるだけでしたが、上手に板をひいて、見事に野外スタジオは完成していましたし、スタジアムの席も、広がっていました。

 ここでするのかと、しみじみと感動したのです。

 また、そこで12時に、「ありがとうおじさん」が普段着で来られて、いよいよ「ありがとうございます祭り」が始まりました。

 「ありがとうおじさん」が、「ありがとうございます瞑想」をしてくれたのです。

 しかし、その事が、紫陽花にとっては、本当に嬉しい事でした。

 何故なら、去年は、「ありがとうおじさん」が参加したら、皆さんの意識が自分に向いてしまって、みんなの祭りにならないという事で、「ありがとうおじさん」は、「ありがとうございます護摩」の時、お忍びで姿を見せた時以外は、姿を見せませんでした。

 だけど今回は、目立たない姿で、最初から参加してくれています。

 ですから多くの人が集まるこの野外スタジアムで、「ありがとうおじさん」や、全国から駆けつけた多くの「ありがとうございます」の人達と、「ありがとうございます」瞑想ができる喜びは格別です。

 きっと天まで届いて、大喜びだろうと確信したのです。

 また、そんな紫陽花が、唯一の心配した天気も、雨は殆ど降りませんでした。

「ありがとうおじさん」が12時から瞑想した時と、本祭が始まって、「ありがとうおじさん」がお話をした時に少し降っただけでした。

 京都なのでは大雨注意報が出ていて、大雨が降ったそうですが、ここでは山と言うこともあって、もっと天気は不安定で、曇りだったり、晴れだったりしていましたが、雨は降りそうだけど、天から守られているのか殆ど降りませんでした。

 ここの土地を守っている竜神様が守ってくれたと想います。

 去年、大雨が降っていたのに、「ありがとうございます祭り」が始まると、ぴったりと止んだと言う事を紹介しましたが、今年も守られていたのです。

 だから紫陽花も、雨がすぐに止むと、スタジアムの席から「ありがとうございます瞑想」を多くの人とさせて頂きました。

 いよいよ始まったなあという感じだったのです。

 そして1時からそんな紫陽花に待っていたのは、「ありがとうございますボランティア」でした。

 これには、紫陽花もびっくりです。

 8月1日〜8月6日は、まだまだ「ありがとうございます祭り」の準備もあるので、「ありがとうございますボランティア」あるだろうと想っていましたが、メインの8月7日にはさすがにないだろうと想っていましたが、甘かったです。

 ボランティアしたい人という呼びかけで、紫陽花は、駐車場のスペースを確保する為に、草むしりなどのボランティア、6時までしっかりさせて頂きました。

 祭りで、参加した人の多くの人が、駐車場の整理や、草むしりなどのボランティア活動を、「無限の無限の喜び」でするのも、他にはないと想いますが、紫陽花としては、皆が主人公のような気がしていて、「ありがとうございます祭り」らしくて、とても嬉しかったのです。

 

          ∞「ありがとうおじさんの話」∞

「ありがとうございます」祭りは、まず6時からの瞑想で始まりました。

「ありがとうおじさん」が現れると、野外ステージを降りた所にある椅子に座ると、瞑想を始め、多くの人も、ありがとうございます瞑想をしました。

 多くの人が、心の中で、「ありがとうございます」を、1時間唱えたのです。

 また、それが終わると、7時からは、「ありがとうおじさん」が話をしてくれました。

 この形は、普段、「ありがとうおじさん」が、「ありがとう村」でしているものと同じです。

 前回の惟喬親王祭でも、「ありがとうございます瞑想」をする時間がありましたが、ありがとうおじさんは、最後まで来られませんでした。

 やはり、「ありがとうおじさん」も、一緒に瞑想する方がいいと想いますし、「ありがとうおじさん」が直接話をしてくれる事は、とても嬉しかったです。

「ありがとうございますまつり」は、こうでないといけないと想ったのです。

 しかも、「ありがとうおじさん」の話もよかったです。

 その話を紫陽花が、今から要約させて頂くと、「ありがとうおじさん」は、「ありがとうございます祭り」に参加した人達に、まず感謝してくれました。

 8月7日の本祭に参加してくれた人達は、1800人ぐらいですが、1日〜7日でみたら、合計、3000人になるそうです。

 これだけの多くの人が、8月1日〜8月8日の朝まで、「ありがとうございます」を唱える事になります。

 それは、必ず、波動・光となって、神々、天照大御神様にも届きます。

 天照大御神も、こんなに大きな光が届いたら、一体何が起こっているのだとびっくりして、「ありがとうございます祭り」を見に来ますよ。

 そう言って、紫陽花達を喜ばせてくれました。

 その上で、一人、一人は、縁ある多くの人の代表してこの祭りに参加しています。

 家族や友人を代表として参加しているので、神様は、謙虚さが大切で、自慢したらすぐに引っ込んでしまいますが、きっと、御礼に、皆さんだけでなく、縁ある人にも、光を届けてくれますと言ってくれました。

 紫陽花自体、その事は期待していませんが、岩谷家や縁の花村の代表として、参加しているつもりなので、そうであったらいいなあと想ったのです。

 また、その後に、この「ありがとうございます祭り」は、人だけでなく、多くの神々も、参加していることを教えてくれました。

 それが、惟喬親王や幕末の志士や、八百万の神々です。

 しかも、「ありがとうおじさん」は、惟喬親王にしろ、西郷隆盛にしても、人間として生きていた時は、パワーが全然違うと教えてくれました。

 惟喬親王は、轆轤の技術を伝え、木地師からとても尊敬を受けていたけど、死んでから、神様となった惟喬親王さんとはパワー遥かに違う。

 神様に、命を捧げ続け、神様と完全に一体化した今の惟喬親王は、天の岩度開きの中心的な役割をしていると言いました。

 要するに、この「ありがとうございます祭り」は、人が主催する祭りではなくて、惟喬親王や、神になった西郷隆盛や、聖徳太子や、何よりも謙虚で無名だけど、無数に存在する古神道の八百万の神々などが主催する祭りで、今だ、地球では、かつてされた事のない祭り、天の岩度が開かれる祭りになると教えてくれたのです。

 だから、わすが、2・3ヶ月で、何千人もの人が入れる、野外スタジアムができたと力強くいってくれたのです。

 また、次に、「ありがとうおじさん」は、「ありがとうございます祭り」に参加できる人は、思いの心から、感謝の心に戻った人だと教えてくれました。

 何故なら「ありがとうございます」と唱え、神に命を捧げようとする人は、思いの心から、感謝の心になる事ができ、この祭りの意味が分かるそうですが、反対に、ずっと思いを持っている人には、いつまでもこの祭りの本当の価値は分からないからです。

 一体、何の祭りだという事になるのです。

 でも、感謝の心になった人には、この祭りの意味があります。

「ありがとうおじさん」は、「ありがとうございます祭り」とは、多くの人が「ありがとうございます」を唱える事で、相乗効果で、世界全体に、光が放射される祭りだと教えてくれたのです。

 その上に「ありがとうおじさん」は、祭りに参加している多くの人の内面にいる、天照大御神が出て来て、本当の「無限の無限の幸せ」が感じる事ができたら、それは思いの心を持っている人にも、伝わりますと言ってくれました。

 ですから紫陽花は、今回の「ありがとうございます祭り」は、準備不足もあって、去年の惟喬親王祭の時よりも、人数的には少ないですが、どんどん感謝の心になる人が増えて、来年は、もっともっと数が増えると想います。

 5千、1万人、2万人と増えて、いずれは9万人という事になると想います、

「ありがとうおじさん」の話は、その事を紫陽花に確信させてくれました。

 この、「ありがとうございます祭り」に、参加できてよかったと心から感謝したのです。

 しかし紫陽花が、本当に、このありがとうございます祭りに、参加できて、よかったと想ったのは、次に「ありがとうおじさん」が、話をしてくれた、ありがとうございます祭りは、天照御大神様を称える祭りだという事を聞いた時です。

 何故なら、「ありがとうおじさん」は、日本の国歌、日の丸・君が代ですというと、次にその事を詳しく説明してくれました。

「日の丸」は、「古今和歌集」のなかの「詠み人知らず」の長寿を祝う賀歌に明治時代に曲をつけたものだと言われていますが、「ありがとうおじさん」は、その「詠み人知らず」さんは、実は、惟喬親王さんだと教えてくれたのです。

というのも「日の丸・君が代」の歌詞の意味に関しては、まず君に対しては、「天皇」「日本の国」「貴方」といろんな解釈がありますが、要は「○○が代は、千代に八千代に(未来永劫幾千年も)細石の巌となりて苔のむすまで(小さな石が巌(巨石)となって、表面に苔が生まれてくるまで永遠に続きます)という意味があるというのが、一般の考えですが、「ありがとうおじさん」は、「日の丸・君が代は」は、日本国が永遠に平和で安泰であることを祈る歌ではなくて、実は、天照大御神様を称える歌だと言っています。

皆さんも、よくご存知の「君が代は千代に八千代に さざれ石の巌をなりて苔のむすまで」は、「君が代」(宇宙全体の移り変わる姿)「千代に八千代に」(同じものを作らない・無限の無限の)細石の巌となりて(分身・分霊が、宇宙全体の神様、天照大御神の姿になって)苔のむすまで(無限に無限に輝く)という意味があると、一つ一つの言葉の意味を丁寧に教えてくれました。

紫陽花自身、「日の丸・君が代」は、天照大御神様を称えているのかと、「日の丸・君が代」の国歌が益々好きになったのです。

また「ありがとうおじさん」は、今回の「ありがとうございます祭り」は、「日の丸・君が代」と同じように、天照大御神様を称え、皆さん、一人一人の内面に持っている天照大御神様が出てくることを願った祭りだと教えてくれました。

そういった意味で、今までの祭りとは違って、今回の祭りは、純粋な意味で、第1回の「ありがとうございます祭り」になると言ったのです。

だから紫陽花は、第1回「ありがとうございます祭り」は、まだまだ人数的にも少ないし、意識的にもものすごく高いとは据えないので、「天の岩戸開き」とは行きませんが、2005年、2008年と開催されたら分からないと想います。

2012年までには、「ありがとうございます」を真剣に唱える人が、何万人も集って、一人、一人の天の岩戸が開かれるのではないか、紫陽花は、そう想ったのです。

(ここで、滋賀の山奥を守っている竜神が大喜びで、少しだけ雨が降りました)

 そして、最後に、「ありがとうおじさん」は、今日、参加した人達に、祝福してくれる言葉を言ってくれました。

 人には、いろんな試練や苦労がありますが、最初から幸せだったら駄目で、苦労させて貰っているから、悟りは開ける。

 本当の幸せは、神様の心を掴む事、宇宙の大神様は、それを「長い間苦労かけたねえ」と待ってくれている。

「ありがとうおじさん」は、そういって、「ありがとうございます」祭りに参加して皆に、「参加して頂いてありがとうございます」とお礼を言ってくれたのです。

 

 

          ∞「ありがとうございます本祭」∞

「ありがとうおじさん」の話が終わった後、いよいよ本祭が始まりました。

 野外ステージで、神様に奉仕する演奏や踊りが始まったのです。

 これも本当に良かったです。

 野外ステージに、登場して頂いた人の数は、去年よりも少なかったですが、プロとしてのすてきな技を披露して貰えました。

 去年の惟喬親王祭の時には、スケジュール的にも一杯で、あまり時間がなかったのですが、今回はたっぷり時間があったので、紫陽花はかえってよかったと想います。

 すてきな演奏や、踊りを楽しんだのです。

 また気になる雨も、7時からの本祭が始まってからは、まったく降りませんでした。

 ずっと守られていたという感じだったのです。

 しかし、後で考えたら、これは本当に不思議な事でした。

 何故なら、京都では、大雨注意報が出るぐらいの大雨だったそうですが、「ありがとうございます祭り」では、雷の音がごろごろと大きな音が聞こえても、夜中中、ずっと雷が光っていても、不思議と雨はまったく降らなかったからです。

 滋賀の山奥で、雨がこの程度ですんだ事は、本当に感謝しないといけないと想うのです。

 しかも、雲は、「ありがとうございます祭り」を祝福してくれていました。

 これも今から考えてみても本当に不思議な雲でした。

 竜のような雲もあれば、「ありがとうおじさん」が話している時には、天の岩度開きなのか、天の窓が開いたような感じの雲もありました。

 紫陽花自身、周りの人と雲も見つめて大騒ぎしていたのです。

 その上にステージが始まった後も、香音天さんの歌手の人が、今流行りのジュピーターの歌を歌ったら、雲が一瞬に晴れて、星々がたくさん顔を出してくれたり、雷の光が、ずっとずっと光ったりして、すてきな演出をしてくれたりしました。

 星もすべて隠れたり、すべて顔を出したりして、まるで天の岩度開きをイメージさせて楽しませてくれたのです。

 だから紫陽花と一緒に、縁の花村の村人として参加してくれた福岡の女性二人は、プロックの椅子に、寝袋をひいて、寝転ぶと、すてきな音楽を聴きながら、天のスクリーンにある星を眺めて感動していました。

 こんな経験は、紫陽花も初めてです。

 大阪と違って、滋賀の山奥の星達は光り輝いていました。

 それだけでも無限の無限の幸せだったのです。

 ですから今回の「ありがとうございます祭り」の功労者の一人は、この空、星達だと、紫陽花は、今、心から感謝しています。

 演奏は、そんな中で、11時頃まで、香音天さん達は、周りの皆を踊りにまきこんで、楽しく行われました。

 きっと天照大御神様や、惟喬親王様、西郷隆盛などの志士の御魂や、八百万の神々も大喜びだったと確信しているのです。

 

 

 

        ∞「ありがとうございます護摩」∞

第1回「ありがとうございます祭り」の最大のメインになる、「ありがとうございます護摩」は、8月8日の午前3時から行われました。

この「ありがとうございます」護摩というものは、ありがとう村で行われるものですが、インターネットで護摩を調べたら、護摩とは、サンスクリット語のホーマ(homa)の音写で、供物を火中に投げ入れて祈願する「焼施」や、火を燃やし、供物を焼いて本尊に供養し、煩悩を焼いて障災を息滅させる法の事とあります。

また、空海さんなども密教で、護摩焚きをして、願い事を叶えたり、多くの目に見えない霊達を供養したりしただけでなく、精神的な解脱(さとり)を成就しうるように、修業法としても組織されたみたいです。

要するに、護摩の起源は、古くは、インドでは、紀元年十二世紀頃に成立した、バラモン教の火の祭式から始まり、今でも、日本の多くのお寺ではされています。

多くの信者の人は、護摩木に願い事を書いたりしたものを、行者がまとめて火で燃やしているのです。

しかし、「ありがとうございます護摩」が、他の所でやっている護摩焚きとは、まったく違うと想います。

それは、「ありがとうございます護摩」をして頂ける行者の西村雅秀さんも言っていますし、皆さんなら「ありがとうおじさん」が書いた、「天の岩戸開きの為の、ありがとうございます祭りは、神さまの主催する神聖行事です。感謝の真祈りを無限に無限に積み重ねて、そのクライマックスとして、八月八日(日)午前三時より、野外ステージにおいて、真のありがとうございます護摩(偉大なる護り・無限の無限の護り)が行われます。」「感謝の真祈りが炎(無限の無限の火・日・輝き)となって、世界を明るく照らし、天照大御神を呼び出す働きをします。救済の神々を讃え、地球の夜明けを寿ぐ、無限の無限の喜びが湧き上がる感謝祭です。縁者の代表・みんなの代表として、万障繰り合わせて、是非ご参加ください。」という文面を見るだけでも何となく分かって頂けると思います。

でも紫陽花なりにご説明すれば、やはり、他の所と違うのは、願い事などの願望は一切、護摩木には書かない事です。

 書くのは、表に・ ありがとうございます 本人のお名前 裏に・ 無限の無限のありがとうございます 又は小さい字でありがとうございますをビッシリ、 隙間なく時間をかけて書くだけです。

 一般のお寺でやっている護摩とは、ここが大きく違います。

 何故なら願い事などの祈願したものを護摩焚きして、天や、神々に届けたとしても、それは人間の想いを届ける事になるので、どんなすばらしい想いでも、もしかしたら天にとっては歓迎されない事かもしれませんが、「ありがとうございます護摩」は、「ありがとうございます」の感謝だけを届けるので、本当に喜んで頂けると想います
 そんな護摩木が、どれだけ今回燃やしたのかは分かりませんが、何千本とあるのです。

 そんな多くの人の「ありがとうございます」という感謝の波動が、光となって天に登るのです。

 だから紫陽花は、天照大御神様やいろんな八百万の神々もびっくりすると想いますし、参加した人の背景にいる御魂さんもびっくりすると想います。

 きっとあの世に帰りたがっている御魂さんは、護摩の時に、「ありがとうございます」の波動が光柱になったものに乗って、霊界に帰るのではないか。

 そんな画期的な護摩だという気がしているのです。

 また、では、次に、その護摩木をどうやって燃やすかという事ですが、弁護士でもある西村雅秀さんが、行者として、白い服装で正装すると、いつも「ありがとうございます護摩焚き」して頂きます。

 まず野外ステージの正面にある、火炉に護摩木を井桁に組み上げ、火をつけて、燃やすと、次に、手に印を結び(身密)、口には真言(ありがとうございます)を唱え(口密)、心で念じる(意密)ながら、ありがとうございますの護摩木を投じていきます。

 これが、「ありがとうございます護摩」ですが、皆さんも何となくでもイメージできると想います。

 とにかく夜中に、燃え上がる炎は、凄まじく実に美しく感動ものです。

「ありがとうございます護摩」の後半では、祭りに参加させて頂いた皆にも、護摩木を投じさせて頂きますが、とてもいい気持ちになれるのです。

 だから紫陽花は、今回の「ありがとうございます護摩」に参加できて、心からよかったと想います。

「ありがとうございます護摩」によって、紫陽花の感謝な気持ち「ありがとうございます」は、間違いなく届き、「ありがとうございます大神様」や「天照大御神」も受け取ってくれたと確信しているのです。

 しかし、紫陽花が、今回の「ありがとうございます護摩」で嬉しかったのは、自分だけでなく、多くの「縁の花村」の村人さんの護摩木を、今回直接持っていく事ができた事でした。

 縁の花村情報で、「ありがとうございます護摩木」に書いてくれる村人さんを募集したり、縁の花の読者の何人かの人に郵送で送ったりしたら、何と23人以上の人か送ってくれました。

 家族の人に書いて貰った分も含めたら、28人分ぐらいにはなったと想います。

 しかもその中には、紫陽花が尊敬する「なんでんかんでん村」の原裕一郎村長や、「天皇の真実」の河内正臣先生、アスカ会の西本安範さん、住まい塾の松岡昭寛さんのものがありますし、紫陽花が、心から「無限の無限の幸せ」を願っている人達の分もありました。

 今回は、残念ながら参加できませんでしたが、そんな人達の「ありがとうございます」を、天に届けるお手伝いができた事は、紫陽花にとっては「無限の無限の幸せ」です。

 縁の花村の一周年としても、すばらしいお役ができたと想うのです。

 何故なら、護摩木に「ありがとうございます」を書いてものを送ってくれた事で、その人のいろんな想いも消す事ができたと想いますし、護摩焚きする事によって、神々に感謝が届く事によって、縁もできたと想います。

その上に「なんでんかんでん村」や「天皇の真実」「住まい塾」のような、人類の為になるすばらしい事に対しては、きっと神々も力を貸してくれると想います。

 天が、護摩木を書いてくれた村人の、無限の無限の幸せを願ってくれると想うのです。

 ですから、紫陽花は、とても嬉しかったのです。

 また、その上に、紫陽花には、もう一つ、「無限の無限の幸せ」はありました。

 それは、武田家の存在です。

 今回の護摩木は、前世、武田家と縁があるかもしれないという黄桜(高坂弾正)やスズラン(諏訪の湖衣姫)さんも送ってくれましたし、長野県(信濃)の松本でお世話になった、中華料理店、「みさお」の鎌崎さんも送ってくれました。

 武田家の縁も勢ぞろいしたのです。

 その上に、新しい縁として、武田勝頼が死んだ天目山まで、見捨てずに同行してくれた、先祖が望月家のバキラさんも現れました。

 縁の花で、武田家の事を書いた号をインターネットで見てくれたのです。

 ですが、紫陽花が驚かせたのは、望月家が、天目山に同行してくれた事ではありません。

 実は、望月家は、歴史では、最初は、甲斐の武田と信濃で戦い、以後、家臣になっている程度で、それ程、武田家に詳しい人でも知らないと想いますが、紫陽花がとても尊敬している、作家の井沢元彦さんが書いた武田信玄を主人公にした、「野望」といいう題名の本では、書かせない登場人物です。

 望月誠之助で登場し、諏訪の湖衣姫(美紗姫)の家臣として、武田信玄と争い、湖衣姫が、信玄の側室になると、山本勘助や武田信玄の命をずっと狙う武将として描かれています。

 高坂弾正、諏訪の湖衣姫、武田勝頼と並んで、純主役なのです。

 だから紫陽花は、パキラさんの先祖が望月家だと聞いて本当にびっくりしました。

 望月誠之助さんに関しては、他の3人のように、実在したのか、どうかは、紫陽花が調べても分かりませんでしたが、井沢元彦さんは、ある程度事実をうまくアレンジして書いているので、実在した可能性もあります。

 とにかくそんな前世が望月家と関係のあるパキラさんとの縁が繋がる事、自体とても偶然とは想えません。

 御屋形様(信玄公)や武田家の存在のお導きとしか考えられなかったのです。

 ですから、紫陽花は、ありがとうございます祭りの時に閃いて、紫陽花の本名とは別に、もう一つ、「武田勝頼」で書かせて頂きました。

表に「ありがとうございます」「武田勝頼」 裏に、山本勘助や長篠の戦で亡くなった、山県昌景、馬場信房、内藤昌豊などの家臣や、山本勘助、高坂弾正などの名前を思い浮かべ、最後には、武田家の為に死んだ、無名な兵士の事を想って、小さく「ありがとうございます」と何個も書かせて頂きました。

 武田勝頼としては、正直言って、織田信長との戦いに敗れて、多くの家臣を無駄死にさせたので、決して誉められた人物ではないのですが、心から武田家の存在に対して「ありがとうございます」させて頂きました。

 武田家の英霊達が、抱いている想いを消して、供養される事を願ったのです。

 だから、紫陽花にとっては、この「ありがとうございます護摩木」は、自分だけでなく、前世も含めて、もうかかせないものになりました。

 今後は、本名と武田勝頼の二つの護摩木を書かせて頂きますし、参加できない「縁の花村」の村人さんの護摩木を書いて貰って、持っていきたいと想います。

 どうかよろしく御願いします。

 

       ∞「ありがとうございます祭りのフィナーレ」∞

「ありがとうございます」護摩が終わった後は、再び、奉納してくれた人達の演奏が朝の6時頃ま

でありました。

これも本当に良かったです。

特に「ありがとうございます護摩」が終わった後、プロの歌手の「Aikaさん」の歌った「日の丸・君が代」の歌と、「天照御大神様」の歌は、感動しました。

 魂が震えました。

 紫陽花は、今迄、こんなすばらしい「日の丸・君が代」を聞いた事がありませんでした。

 ありがとうおじさんは、「日の丸・君が代」は、天照大御神様を称える歌なのだと教えてくれましたが、ここでその歌で聞かせて頂けるとは夢にも想いませんでした。

 シンクロしているのにびっくりしたのです。

また、その後も、いろんな人が登場して、歌ったり、踊ったり、岩笛を吹いたり、子供達はタッ

クダンスを披露したりしましたし、前回も参加したボーディビルの人達も、すてきな身体を披露してくれました。

 皆さん、本物の技を、神々に奉仕してくれたのです。

 それに、食べ物でも、惟喬親王祭の時の屋台という訳にはいきませんが、トウモロコシや、ピザーを、無料で多くの人に奉納して頂いた人もいます。

 紫陽花も、感謝して食べさせて頂いたのです。

 ですから、今回の祭りでも、最後まで、「天照大御神様」や惟喬親王や西郷隆盛などの多くの神様が、喜んだと想いますし、多くの御魂達も楽しんだと想います。

 紫陽花も、最後まで、福岡の女性二人や、多くの仲間と楽しみました。

 お月さんも、「ありがとうございます護摩」の時には、三日月ですが、出ていて、一緒に楽しんのです。

 そしてそんな中で、紫陽花も、縁の花村の村長としても活躍させて頂きました。

去年同様、今年も司会の大役を務めて頂いたコスモスさんに、第175号「惟喬親王祭」の朗読して頂いたCD、2枚セットを30個、第161号「ありがとうございます」の小冊子30冊、第161号のCD30個を持っていて、神々に奉納させて頂きました。

縁ある人達に、貰って頂いたのです。

また、紫陽花は、前回の反省で、デジカメを買わせて頂きました。

惟喬親王祭の時には、無数の御魂さんも、祭りを楽しんでいて、多くの人がデジカメで、その姿を撮っていたので、正直羨ましかったからです。

それで、今回はデジカメを持って、写真を撮らせて頂きました。

残念ながら、ありがとうございます護摩の西村雅秀によると、今回は、御魂は救われていたのか、見えたものは光が多かったそうなので、紫陽花が撮ったものには、御魂さんはあまり写っていませんが、それでも1枚は撮れていましたし、福岡のふう(風)さんや撫子さんと「ありがとうおじさん」のツーショットの写真を撮りましたが、とても喜んで貰いました。

村長として、やはりデジカメは必要だと想いますし、皆さんの中で、写真を見たいと言う人には、メール頂けたらプレゼントしたいと想います。

では皆さん、縁の花第195号「ありがとうございます祭り」読んで頂き「ありがとうございます」

   平成16年(2004)8月29日  

 

 

追伸、「ありがとうございます祭り」に関しては、まだまだ書きたい事があります。

今回はいけませんでしたが、磐石の丘の事も書きたかったです。

野外スタジアムのところを登ったところに磐石の丘と皆が呼ぶところがあって、巨大な巌があるそうです。

エネルギーも一杯あるというのです。

紫陽花も、まだ行った事はありませんが、今度機会があれば行きたいと想います。

また、そこから見る景色も、琵琶湖や比叡山が見えて、最高らしいです。

いつかは登ってみたいと想います。

それともう一つ書きたい事は、第1回「ありがとうございます祭り」の事です。

これが第1回なら、去年の「惟喬親王祭」は何なのと想う人がいると想います。

でも、紫陽花は、そうは想いません。

何故なら前回の祭りは、地元の人や、祭りに遊ぶという感覚で参加している人が多かったのに比べて、今回の祭りは、「ありがとうございます」を理解している人達ばかりで参加しているので、波動的には、去年とは違うからです。

 その上に、紫陽花の感じでは、今回の祭りは、ただ本や情報で、「ありがとうございます」に関心を持っている人では参加できなかったような気がします。

 自分なりに「ありがとうございます」と実践で唱える気持ちがないと、前回参加した人でも、今回は参加できなかった人が多い感じがするのです。

 だから、「ありがとうおじさん」自体は、知致出版の本などで益々有名になっているのに、参加人数は、少なかったような気がするのです。

 でもその反面、祭りは、純粋に「ありがとうございます」を理解できる人が集まったので、去年よりも、神々からみれば、よかったと想います。

「ありがとうおじさん」は、今回の祭りを第1回「ありがとうございます」祭りと言っていましたが、そういった意味では、今回が第1回と言えると想います。

 だから、第1回の「ありがとうございます」祭りから参加できた事、紫陽花にとっては、「無限の無限の幸せ」ですし、是非、皆さんにも、「ありがとうございます」を意識して、参加して欲しいと想います。

 来年の第2回には、是非いきましょう。

 そして最後に紫陽花が、皆さんに知って欲しい事は、縁の花の読者の村越正博さんに教わりましたが、アテネオリンピックの事です。

アテネオリンピックは、正式には8月14日から29日までありました。

「ありがとうございます祭り」が終わった1週間後です。

でも、そのアテネオリンピックで、日本選手団が、金メダルを16個も取る活躍をするなんて、たぶん専門家でも想わなかったと想います。

 紫陽花自身、よくて5個ぐらいだったと想うのです。

だから日本が、東京オリンピックと同じ、史上最多の金メダルの数16個と、合計37個の最大のメダルが取れた事は、本当に驚きでした。

 この何年間、金メダルが、3個とか4個の世界なので、奇蹟としか想えないのです。

 しかし紫陽花は、それが「ありがとうございます祭り」の成果とは言うつもりはありません。

 実際は、オリンピックで、勝つ為に、国も科学トレーニングセンターのようなところを造ったり、強化種目に的をしぼって、予算を組んだりした事や、なによりも本番に力を出し切れない日本選手が力を出せるイメージトレーニングのようなものをした事が大きかったと想います。

 そんな人達の努力のおかげさまなのです。

 でも、この日本人の活躍が、世界を驚かせた事は事実です。

 スポーツ大国の米国の衰退と中国の前半の苦戦と反するように、日本選手は柔道でメダルを次々と取って、世界に、日本人のすごさを証明しました。

 中国の新聞でさえ、サッカーで、亜細亜大会の時に、中国を破って、優勝した時の日本人の冷静さをダブらせて、日本人を誉めた記事を載せたぐらいなのです。

 しかも、それは柔道が終わった後も続きました。

 体操や水泳などの昔強かった種目の復活です。

 日本は、前回の5個の金メダルの3倍以上を獲得して、あのドイツを抜いて、世界で5番目の金メダル獲得した国になりました。

 今回のオリンピックで勝者の国があるとしたら、間違いなく日本になったと想います。

 ですが、その中でもガンバッタのは、女性選手です。

 野口みづき選手のマラソンの金メダル、まさか、マラソンの発祥地でもあるアテネで、優勝するとは、夢にも想いませんでした。

日本の女性は、レスリングの活躍と言い、すごいです。

さすがは天照大御神様、女性が神様な国だと感心しました。

そして紫陽花は、何よりも嬉しかったのが、天照大御神様を称える「日の丸・君が代」が、15回も、オリンピックの場で流れた事です。

これは、いよいよ「天の岩戸」開きの一つではないかと、紫陽花は想っています。

本当に、「天の岩戸」が開くには、まだ時間が必要かもしれませんが、世の中の流れは、「岩戸開き」に向かっていると想います。

これからも「天の岩戸開き」を信じて、「ありがとうございます」を唱えたいと想います。

  縁の花 第195号表紙 (表紙は、縁の花にとって大切な花になります。感謝と祈りで魂を込めて作成しています)

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