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                  縁の花

   (魂が成長する正直な心と心のネットワーク誌)

             第196号

          トキオ「時生」

         ∞「イチローと時を一緒に生きる」∞

 イチロー選手が米国ですごいことをやりました。

 平成16年(2004年)10月に、生きている日本人で、その事をまったく知らない人はいないと想います。

 ニュースでも、新聞記事でも、この事で大騒ぎです。

 日本だけでなく、全米までも巻き込んで、一人の日本人のスポーツ選手がこれだけの話題になったという事は、たぶん今迄の日本の歴史を見ても、一度もないと想います。

 イチロー選手は、本当にすごい事をやったと想います。

 また、紫陽花自身、イチロー選手の活躍に対しては、心から祝福したいと想います。

 84年ぶり、日本でいえば、大正時代に、ジョージ・シスラー選手が、記録したという年間257安打を、5安打を抜く262安打を達成するなんて、誰も予想しなかったと想います。

 確かに試合数で言えば、ジョージ・シスラー選手が達成した時の方が、少ないですが、ストレートとカーブしかなかった頃の野球と、今の近代野球を、比較をする事の方がおかしいです。

 実際に記録をみても、安打を重ねている選手は、ジョージ・シスラー選手が活躍した頃に集中しています。

 イチロー選手が、歴代の大リーグの選手でも、もっとも達成が不可能だと想っていた記録をあっさり抜いたということは、やはり全米で評価されるのが当然だと想うのです。

 しかもイチロー選手は、打率が3割7分で、断トツの首位打者で、足が速くて、盗塁は36個もしていますし、レーダービームで有名なように肩もよく、守備でもファインプレイをして観客を沸かせます。

 走攻守がこんなに優れている選手は、全米でもなかなかいません。

 ボーンズ選手に代表されるように、ホームランのような長打ばかりが注目されている中で、ヒットを打って、盗類して、ホーム上に滑り込んで点を取るという、本来の野球の醍醐味を想い出させた事の貢献は、大きいと想うのです。

 その上に、イチロー選手は、米国の選手とは違って、日本人らしく、バットやグラブなどの道具を大切にしますし、どんなに活躍しても、チームプレイを重んじて謙虚です。

 そんなイチロー選手が、体格で言えば、まだまだ小さい中で、厳しい練習と、何よりも、まだまだ進歩したいという向上心で、大リーグの中で、成長している姿は、米国人に、日本人に対して、好印象を持たせたと想います。

 日本人として、本当にイチロー選手には、感謝しないといけないと想いますが、紫陽花は、この時期に、イチロー選手を誕生させてくれた天に感謝したいです。

 何故なら、これは笑顔共和国の福田純子大統領に聞いた話ですが、イチロー選手は、バッターボックスに立った時に、その意識は、上空に行っているそうです。

 ちょうど2階からピーチャーが投げるのを見ているような感じです。

 これが、どういった感性なのかは、野球には素人の紫陽花には分かりませんが、好調な時に、川上選手や王選手が、ボールが止まって見えたと言いましたが、そういったものだと想います。

 それが好調な時以外でもできるイチロー選手は、人間というよりも、もはや宇宙人だと想いますが、今、紫陽花は、このイチロー選手と同じをこうしてきている事に、心から感謝したいと想います。

 小さい10歳の時とか、50年後、伝説としてではなくて、今、一緒に、生きて、一日本のファンとしてでも、この感動を味わえたことに「ありがとうございます」したいのです。

 イチロー選手、日本人だけでなく、全米にまで、感動を与えて頂いて、本当に「ありがとうございます」

 

          ∞「ドラマ トキオ」∞

 イチローが活躍していた頃、もう一つ、紫陽花を釘付けにしていたものがありました。

 紫陽花が、応援している鈴木伸太郎プロデューサーのドラマです。

 皆さんの中で見た事がある人も多いと想いますが、8月30日〜9月30日まで、月〜木の間、夜の11時から11時15分までの15分間、「トキオ(時生)」が放送されていたのです。

 このトキオという番組は、原作が、映画「秘密」などでも有名な、東圭吾さんで、紫陽花と縁のある鈴木伸太郎ドラマでお馴染みの福田靖さんが脚本、星田良子さんが演出しています。

 去年の宮部みゆきさんのR・P・G(ロール・プレーイング・ゲーム)のように、結構有名な原作を上手に、脚本、演出するのは、鈴木伸太郎チームのすばらしさですが、今回も楽しめました。

 原作はまだ読んでいませんが、NHKの「トキオのホームページ」の掲示板で見ていると、原作ではないトキオの母になる麗子役で、大河内奈子(牡丹)が登場したり、トキオが死んだ一年後、ドラマで考えたら26年後の登場人物の姿を見せたりといろいろしてくれました。

 原作を読んでいる人達にとっても、大満足のすばらしいドラマになったと想うのです。

 しかも紫陽花には、普通の視聴者の人が感じる事ができない「無限の無限の幸せ」を得る事ができます。

 まずトキオのドラマがある事を知ったのは、鈴木伸太郎PSが送ってくれた、トキオの絵柄のハガキからですし、同じ鈴木伸太郎PSのファンが作っている続「太陽と雪のかけら」のHPで、いろんな裏話を読む事もできます。

 鈴木伸太郎PSは、いろんなファンが、掲示板に書き込んでいる質問に丁寧に答えているのです。

 その上に、ドラマの登場人物も、鈴木伸太郎PSのお馴染みのメンバーも多いです。

 今回は、鈴木PSのファンの間では、小山先生で有名な飯田基祐さんは、ホテルマン役で1回しか出ませんでしたが、いつもコメディーで楽しませてくれる菊池均也さんも、悪役のイシハラの部下として登場して笑わせてくれましたし、巧実の父親、漫画家の柿沢巧(かきざわ たくみ)役の、春田純一もあいかわらずの名演技を披露してくれました。

新しく「R・P・G」からの、イシハラ役をした伊武雅刀さん、巧実の母親役をした風吹ジュンさんもベテランらしく、見事な演技をしてくれました。

今回登場した医者役の片岡鶴太郎さん、巧実の恋人、早瀬千鶴役の富田靖子さん、看護婦役の高橋ひとみ、井上和香さんを含めて、次回の鈴木伸太郎PSのドラマには、誰が出演するのかと、紫陽花自身、今からとても楽しみにしています。

ものすごく無限の無限の幸せなのです。

また、トキオのドラマ自体も良かったです。

紫陽花自身は、鈴木伸太郎PSと始めて縁を持った2000年に、昼の花王劇場で放送された「永遠の1/2」があまりにもよかったので、どうしても厳しい目で見てしまいますが、よかったです。

ただ、15分の20回は、花王の昼ドラマ、25分、60回に比べたらあまりにも短いので、紫陽花自身は、「永遠の1/2」「ラブ&ファイト」「太陽と雪のかけら」の方が好きですが、すばらしい作品に間違いはありません。

鈴木伸太郎PSにとっては、久しぶりの連続ドラマです。

紫陽花自身、自分の事のように嬉しいのです。

しかも今回の「トキオ」は、紫陽花にいろいろ考えさせてくれました。

物語は、2004年、半導体の会社の社長と活躍していた50歳の宮本巧実が、経営難から会社を無くそうとしている上に、妻の麗子と別居し、今、一人息子の時生が、先天的な遺伝病・グレゴリウス症候群によって、命を無くそうとしている時に、25年前に、19歳の息子として現れた時生とすごした2週間を想い出して、立ち治るという物語です。

というのも、簡単にドラマの内容を言えば、あの当時の25歳の宮本巧実は、母親に捨てられたと思い込んで、何もするにも真剣になれず、恋人の千鶴の世話になっていたのですが、突然に理由も告げずに、謎の男イシハラなどに追われている、失踪した千鶴を、別な人の身体を借りた時生と、東京、名古屋、大阪を探す旅で、母親と会い、父親の事を知って、立ち直るのですが、再び、25年後、時生が危篤になった事で、そのことを想い出して、仕事ばかりで、時生や妻の麗子との家族の絆を大切にしなかった事を反省して、無一文になった中で、妻の協力も得て、スタートをきるという物語です。

これを宮本巧実が、医者役の片岡鶴太郎さんに、最初は、頭がどうかしたのではないかと想われても、昔を語るという形式で、ドラマは進んでいたのですが、三浦友和と結婚する前の山口百恵や、将来は、2時間ドラマの女王になる片平なぎささんの話題が出て、楽しかったです。

ベルリンの壁が崩壊する事や、インターネットの普及する、今の世界を、時生に言われたら、あの頃の人が、見て来たように言われたら、どう感じるかという事を紫陽花自身、考えてしまったのです。

いえ、もし、紫陽花にも将来子供ができるという奇蹟が起きて、その息子のトキオが、縁の花を始める、12年前や、紫陽花の転機になった15年前にあらわれたら、あの頃の自分や、今の自分をどう評価するだろうかと考えてしまいました。

正直そう想うと、少しドッキリしたのです。

何故ならドラマの「トキオ」のように、両親が原因の先天的な遺伝子病で死んでも、両親の元で生まれて来てよかったと時生のように紫陽花は言って貰えるだろうか、今のお金との縁があまりない中で、縁の花を書いている自分を、息子がいたらどう評価するだろうかと考えましたし、何よりも、12年前や15年前に、今の自分が戻れて、アドバイスしてやり直すことができるとしたら、何をアドバイスしてくれるだろうか、そんなことをあれこれ考えてしまったのです。

またそんな紫陽花が、冒頭に書いたように、ちょうど同じ時期に活躍している、イチロー選手の活躍を見ていて、一つ悟った事は、今、紫陽花は、縁の花の読者の皆さんとは、トキオ、時を供に生きているという事です。

だって、大リーグ一つで考えてみても、最初に大リーグに行った、パイオニアの野茂選手の時に、後にノーヒットノーランを2回も達成する程の活躍をすると予想した専門家は殆どいませんでした。

日本で、最優秀の勝ち投手だったのにです。

長い間、日本選手は、大リーグには通用しないという神話に縛られていたのです。

その上に、野茂や大魔人の佐々木選手が成功しても、今度は、日本で七回連続首位打者になっているイチローが、いく時には、投手は通用しても、バッターは無理だと言われていました。

まさか、1年目に首位打者と盗塁王をとる活躍をするとは、誰も想いませんでした。

去年ヤンキースに入団した松井秀喜選手にしても、さすがにもう失敗するとは言われなくなりましたが、ホームランは難しいだろうと想われていました。

今年、イチロー選手の活躍で目立ちませんが、松井秀喜選手も、世界一の球団、ヤンキースで、チームただひとり全162試合出場して、打率.298、31本塁打、108打点という一流選手として活躍しています。

もう、日本選手が、大リーグで通用しないとは、誰もいえません。

昔、長島選手、王選手、落合選手が行っても、ある程度、活躍したと想いますし、日本選手が通用しないと想われていたのは、日本選手を、大リーグ行かせたくない、野球界の陰謀ではないかと疑いたくなります。

野球界や、サッカー界では、イチロー、松井秀喜、中田選手や、中村選手だけでなく、これからも、どんどん外国に行って、活躍する選手が出てくると想います。

これからどんな日本の選手が、国内で活躍して、海外に出て、大活躍をする事になるかは分かりませんが、皆さんとは、時を一緒に生きるものとしてワクワク・ドキドキしながら感動したいと願っているのです。

そして、実は、今回、紫陽花が、トキオという題名で、縁の花を書く気になったのは、冒頭に書いたイチロー選手の活躍が大きかったです。

何故なら、4年目に入る事で、マークされ、年々打率が落ちる中で、まさか、イチロー選手が、もはや不可能だと言われていたジョージ・シスラー選手の年間安打を更新するとは、誰も直前まで信じなかったと想いますし、紫陽花に、もしトキオがあらわれて、言ったとしても、専門家でない紫陽花には、その価値さえ分からなかったと想います。

マスコミが大騒ぎして、忘れられていたジョージ・シスラー選手が脚光をあびて、その記録を抜く事の偉大さを詳しく解説してくれてはじめて理解できると想います。

それがなかったら、時生に「もうすぐ、イチロー選手が、ジョージ・シスラー選手の年間安打の記録を抜くのだ」と言われても、「あっそう」で終わっていたと想います。

その価値が分からないのです。

でも、そんな紫陽花でも、9月になってから、直前に言われたら、例え、結果が分かっていたとしても、時生と一緒に熱くなったと想います。

それが、時生(トキオ、)時を生きる事だと想うのです。

また、そう想うと、紫陽花は、もうすぎ42歳になりますが、気が付かないだけに、特に同年代を中心に、37歳〜47歳の人とは、同じ時を生きていると想います。

同じように、スポーツや、ドラマなどで感動してきたと想うのです。

だから今回の縁の花では、そういった皆さんと、改めて、時を生きる事で、縁を深めたいと想います。

是非、皆さんも、「そうそう」と心の中で頷いて、いろいろと懐かしんで読んで頂けたら幸せです。

 

 

    ∞「紫陽花と時生、アイドル・アニメ・漫画編」∞

紫陽花の誕生日は、昭和37年(1962年)12月23日です。

おかげさまで、もうすぐ42歳(43歳)になります。

しかし、それではよく分からないので、いつも皆さんに、歳を聞かれて、紫陽花が答えるのは、「松田聖子さんと一緒です。虎です」という事です。

松田聖子さんは、1962年3月10日(土曜日)で生まれで、紫陽花は、ファンという訳ではありませんが、同じ歳だという親近感があります。

それで何となく皆さんにも、イメージしやすいと想うので、そう答える事にしているのです。

また、そんな紫陽花が、皆さんと、では、どう今迄、時生、時をどう生きて来たかという事ですが、まずはアイドルで考えたいと想います。

何故なら、アイドルで考えたら、皆さんも、一人や二人、ファンがいたと想うのです。

それで、紫陽花が、昔、一番、最初に、芸能人で覚えているアイドルは、誰だっただろうと考えていたのですが、やはり天地真理や、アグネスちゃんになると想います。

特に小学校六年の頃は、アグネスちゃんのファンだった記憶があります。

ですから、それよりも前の歌手に関しては、あまり記憶はありません。

よく、ビートルズが、日本に始めて来た時の、多くの人のすごい熱狂が、テレビなんかで紹介されていますが、紫陽花には記憶がまったくないのです。

残念ながら、紫陽花は、その頃の人達とは、芸能界では時を一緒に生きていなかったのだと想います。

でも、アグネスちゃんや、浅田みよこさんが、デビューした頃なら分かります。

何故か、丘の上「ひなしげの花」でという、「ひなしげの花」という歌の事は、今でも覚えていますし、「あの子、どこの子」と、赤い風船を歌った、今は「釣りばか日誌」の映画で、浜ちゃんの奥さん役をやっている、天然ボケの浅田みよこさんの可愛らしさと、歌の下手さも覚えているのです。

だけど、紫陽花が、本当に、時を生きたといえるのは、もう少し大人になった、中学生ぐらいで、山口百恵さんや桜田淳子さん、森昌子さんの御三家が活躍した頃のような気がしますし、男性で言えば、西条秀樹、郷ひろみ、野口五郎さんが活躍した頃だと想います。

その頃だったら、記憶として、鮮明に覚えているのです。

だから紫陽花は、山口百恵さんが、スター誕生でデビューして、三浦友和と噂になって、赤いシリーズや東宝の映画に、三浦友和とゴールデンコンビーとして登場して、やがて結婚して、隠退した事が、大きなニュースになった事も覚えていますし、桜田淳子さんの統一教会事件、森昌子が、森進一と結婚した事なども覚えています。

同じ時を生きたものとして、何か親近感があって、3人のいろんな幸せを願っているのです

またその後も、高校の頃ならキャンディーズや、ピンク・レディーですし、同じ歳の松田聖子さんや、中森明菜さんが、ぶりっ子やそれを否定して出て来た事も覚えています。

オニャンコも、興味はありませんでしたが、何となく覚えているのです。

しかし、紫陽花のアイドル時代は、そこまでです。

もともとアイドルというものに興味はあまりなかったので、これ以上になるとついていけない気がします。

今もパート7で放送されている人気番組、最初の金パチ先生でデビューした田原俊彦さんやマッチとかいう人の時代になると、もう興味がなくなりました。

女性もウインクーとかなると分からなくなりましたし、今のモーニング娘になったらもうチンプンカンプンです。

とても時を一緒に生きられなくなっているのです。

また、次に、アニメですが、紫陽花は、このアニメは、アイドルなんかよりも、皆さんと時を生きるには、とても大切だと想っています。

何故なら、以前務めた事のある会社の新人研修で、全国から20代〜30代の人が集まって、勉強した事がありますが、そこで縁を深める事ができたのが、アニメの話でした。

 男の人も女の人も、酒を飲みながら、いろんなアニメの主題歌を歌って、盛り上がった記憶が、鮮明に残っています。

 たぶん、皆さんとも、アニメの話をすれば、ある程度、時を生きる事ができると想うのです。

 そしてそのアニメですが、紫陽花の記憶にあるアニメといえば、小さい頃だと、ジャングル大帝レオとか、リボンの騎士、などの手塚治虫さんのアニメだったと想います。

 しかし、実際に、紫陽花が「あらすじ」を鮮明に覚えているアニメ、時を生きたアニメと言えば、最初は、宇宙戦艦ヤマトになると想います。

 実は、宇宙戦艦ヤマトは、小学校6年の時に、10チャンネルで放送されたのですが、第1話から注目して見ていたと言うのが紫陽花の自慢です。

 宇宙戦艦ヤマトは、初回に放送された時には、もう一つ人気がなくて、再放送された時から人気が出て、映画までになったのですが、紫陽花は、先見の目があったという事で、とても嬉しかったのです。

 また、それはガンダムでも同じです。

 ガンダムは途中からでしたが、高校の頃、金曜日の夕方やっていて、友人と密かに注目していた事があります。

 ガンダムも、再放送で人気が出て、今でもシリーズ化していますが、紫陽花は、その初代を見ていたのです。

 ただ、その後のZや、ZZに関しては、社会人になった事で、見ていませんし、もう今のガンダムには、ついていけない気がしています。

 今、紫陽花が熱心に見ているのは、紫陽花が見ていた頃から驚異的に続いている漫画、両さんが活躍する「こち亀」ぐらいですが、後は、もう40歳を越えたので、さすがに見ていないのです。

 でも昔は、いろんなアニメを熱心に見ていました。

 紫陽花の見ていたアニメは、アルプスの少女ハイジ、フランダースの犬、エースを狙え、バビル二世、キャンディキャンディ、あしたのジョー、ルパン3世などですし、怪獣ものでは、ウルトラマンやウルトラセブン、仮面ライダーも見ていました。

 これらのアニメならまだ主題曲をある程度歌える自信がありますし、最後に見ていたアニメは、あだち充さんの「みゆき」「タッチ」までだと想いますが、同じ時を生きている皆さんがいれば、是非、アニメの話を通して、親交を深めたいと想います。

 また次に、アニメの事を話したので、次は漫画の話をしたいと想います。

 紫陽花が、初めて漫画と縁を持ったのは、今でも本屋さんで新しい形で売られている今は亡き、ちばあきおさんが書いた漫画キャプテンです。

 これも忘れもしません。

 キャプテンの3巻で、優れた才能はなくても、キャプテンに選ばれた以上、努力と言う言葉で、何事も解決していく谷口タカオ少年の生き方に紫陽花は、感動してしまいました。

 何回も何回も読んでしまいました。

 漫画とは、こんなに面白いものかと想ったのです。

 だから紫陽花は、それからはいろんな漫画を読んでいます。

 少年ジャンプ、少年マガジン、少年チャンピオン、少年サンデー、全部目を通しています。

 特に少年ジャンプに関しては、紫陽花は高校の頃からは、毎週買って読みました。

 ドーベルマン刑事、コブラなど、あの当時は、ジャンプの黄金時代でした。

 どの漫画も読む事ができました。

 それに比べたら、今の漫画は、紫陽花に言わせたら、質が落ちたのか、殆ど読む事ができません。

 これは、紫陽花が大人になったからといった問題ではないと想うのですが、紫陽花と同じように、漫画を熱心に読んでいた、時を一緒に生きている皆さんの意見をよかったら、聞かせて頂きたいと想います。

 ですが、そんな偉そうな事をいっている紫陽花ですが、アニメとは違って漫画は、今でも卒業できません。

 紫陽花が、中学生から、大学の間に、熱心に読んだ漫画は、ブラックジャック、ドカベン、タッチ、みゆき、プレイボール、キャプテン、俺の空・・・など、一杯ありすきで困ってしまいますが、それは大学を卒業して、社会人になってからも変わりませんでした。

 興味のある漫画は、立ち読みで読むか、買って読んでいました。

 それが、シテイハンター、ドラゴンボール、サラリーマン金太郎・・・・などですが、今でも本宮ひろしの「国燃える」(ヤングジャンプ)や、あだち充さんのKATSU!(カツ)(少年サンデー)、ジパング、課長島耕作(モーニング)などは、立ち読みで読んでいます。

 しかもそれは、男の漫画とは限りませんでした。

 キャンディ・キャンディに始まって、深見じゅんさんの悪女、「ガラスの仮面」などの女性向けの漫画も一部読んでいました。

 ですから紫陽花は、この時代に、時を生きた人とは、女性とでもある程度、話をする事ができると想いますし、一体、ガラスの仮面の結末は、どうなったかでは、神事をするようになった美内すずえさんのおかげさまで、時を止めて頂いているみたいなので、結構盛り上がると想います。

 いつか、皆さんとそんな漫画談や、アニメに対して、話ができる事を楽しみにしています。

 

      ∞「紫陽花の時生 スポーツ編」∞

 紫陽花が、スポーツで、時生(皆さんと時を生きる)になれたのは、たぶん長島茂雄選手が、読売巨人、ジャイアンツの監督になった時だと想います。

 この時、長島監督は、ジャイアンツの歴史始まって以来の最下位になって、マスコミに猛烈に叩かれていました。

 それでかえって長島監督に興味を持ちましたし、長島選手を偉大だといっておきながら、成績が悪いと手のひらをかえして叩いているマスコミに対して、反感の気持ちもあって、応援するようになりました。

 これが、今から考えたら、紫陽花がスポーツを、ただするとか、見るといった事ではなくて、もっと深く見られるように最初だと想います。

 というのも、それまでも、もちろん、野球は小さい頃から好きで、草野球はしていましたが、ただ、するだけで、特定の球団や選手が、特に好きと言うことでもなかった気がしますし、何よりも時生にはなれませんでした。

 多くの人と一緒に、熱くなれる事はなかったのです。

 ですから、紫陽花は、長島選手が引退して「我が読売巨人軍は、永遠に不滅です」という宣言をテレビで見ても、あまり熱くなった記憶もありませんし、2歳の時の東京オリンピックも、記憶にありません。

 紫陽花が、熱くなったのは、長島監督が、1年目の断トツの最下位だったのに、翌年、トレードで、張本選手などを獲得して、見事にリベンジを果たした時からのような気がします。

 この時は、本当に嬉しかったのです。

 ただ、そうは言っても、ものすごく熱くなったかと言えば、疑問です。

 球場にわざわざ行って、ジャイアンツ、長島監督を応援したという訳ではないからです。

 また、その後も、紫陽花にとって、ものすごくスポーツで、熱くなったという事はありませんが、それでも時生にはなれたような気はします。

 オリンピックでいえば、ミュンヘンの、次のモントリオールの体操選手のウルトラCに歓喜しましたし、その後も少しずつ低迷している日本選手の活躍を見ては、日本政府が、スポーツに力を入れない事に憤慨していましたが、それでもオリンピックは楽しみました。

 他にも、スポーツの記録で言えば、紫陽花の時には、王選手の世界最高のホームラン数や、千代の富士の連続最多勝利、柔道の山下選手の、無差別級の連続勝利や、F−1でのホンダの勝利など、日本中を捲きこむ画期的な事がありましたが、紫陽花自身も、それはそれなりに見ているからです。

 イチロー選手のように、全米までも巻き込む事はなくても、いろんな大記録は、見届けているのです。

 ですが、紫陽花自身は、今から考えたら、そんなには周りの人と一緒に、熱くなった事はないと想います。

 大阪でいえば、阪神タイガーズが、吉田監督と星野監督の2回、優勝したことを見届けた事は、本当にすばらしい事だと想いますが、阪神のファンではなかったので、周りの人と絶叫したというところまではいきませんでした。

 掛府、バース、岡田選手のバックスクリーン3連発や、優勝した時の、多くのファンがした道頓堀の飛び込みも、にわかファンとして、少し距離を置いてみていた気がするのです。

 しかし、だからと言って、紫陽花が、スポーツに無関心という事ではありません。

 2004年も、近鉄・オリックスの合併問題や、ストの問題から始まって、落合中日の優勝なども関心がありますし、アテネオリンピックの日本選手の活躍には熱くなりました。

 紫陽花自身は、その競技自体よりも、どうして優勝できたのか、どう指導したら選手が強くなったのかというような、野球でいえば、野村監督や星野監督の指導方針に興味がありますが、これからも日本選手や日本の国の活躍を応援したいと想います。

 それが、今を生きる事、時生だと想うのです。

 また今後、イチロー選手や、中田選手で分かるように、日本選手は、日本国内だけでなく、海外に行って、大活躍する事になると確信しています。

そんな世界に活躍できるスポーツは、ゴルフ、卓球(愛ちゃん)、テニスといろいろあるのでしょうが、紫陽花が特に注目しているのはサッカーです。

 というのもJリーグが、誕生する前の日本のサッカーを知らない人、紫陽花とは、同じ時生に生きていない人には、分からないと想いますが、本当に惨憺たるものでした。

 アジアでもまったく相手にならず、ワールドカップの出場など、夢の夢でした。

 紫陽花は、その中で、ジーコやマラドーナなどの、外国選手のワールドカップの活躍などを見たりして、サッカーの国際的にしめる地位が高いのに、どうして日本は、力を本気でいれないのか、プロ化しないのかという事で、密かに憤慨していたのです。

 だからJリーグ構想ができた時には、本当に嬉しかったですし、ジーコ選手が、2部の住友金属(鹿島)に来てくれた時には、恩義も感じました。

 今、Jリーグは、バブルが崩壊した後、いろんな事があって、苦戦した事もありますが、日韓のワールドカップ開催や、中田選手や中村選手の海外での活躍で、着実に進んでいます。

 紫陽花としては、夢みたいで、本当に嬉しいです。

 しかも、2050年には、再びワールドカップを、日本単独で開催して、見事にワールドカップで優勝するなんていう百年構想も出てきたそうです。

 紫陽花は、それを、Jリーグが誕生していなかった頃を知るものとして見守りたいと想いますし、これからの時代は、日本だけでなく、世界も狂喜させる記録を出す日本選手が、どんどん出てくると想いますが、その時には、皆さんと一緒に、時生になって、応援したいと想います。

 是非、一緒に、時を生きましょう。

 

 

        ∞「紫陽花と時生 政治編」∞

 政治の世界で、紫陽花が、時生になれたのは、田中角栄元首相のロッキード裁判の頃です。

 紫陽花自身は、小学校6年の頃には、政治に関心があって、新聞記事を読んでいたので、ものすごく早かったと想います。

 どうして社会や歴史を勉強するのだろうとなんていう事を真剣に考えていた記憶があります。

 ただ、何も疑問を持たず、暗記している学生とは違ったのです。

 しかしこの頃の紫陽花は、まだ時生にはなれていませんでした。

 ロッキード事件にしても、「記憶にございません」「黒いピーナッツ」という言葉を、中学校の頃、テレビで国会中継を見ていても、はっきりとした記憶にはなかったからです。

 あの当時の紫陽花は、マスコミの報道を鵜呑みにして、目白の闇将軍と言われていた田中角栄元首相に対して、けしからん奴だと想っていただけなのです。

 しかしそんな紫陽花も、高校生になって、政治にますます持つようになったのか、いろんな本を読むようになった時に変わりました。

 小室直樹さんの田中角栄に関する本を読む事によって、このロッキード事件は、単純に、田中角栄が悪いと言う問題ではなくて、米国が仕掛けた謀略の可能性もある事を知りました。

 何故なら今になれば、評論家の田原総一郎が、アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」(中央公論1976年7月号)という記事で書いた、石油やウランなどの何の資源もない日本の為に、田中角栄首相が、アラブやヨーロッパなどを訪問して資源を確保しようとしたことが、米国の支配層が激怒ざせて、CIAの罠を仕掛けられたという説がある事は、多くの国民もうすうす知るようになっていますが、そういった説は、ロッキード事件が起きた時からあったのに、マスコミは一切報道はしようとしませんでした。

 紫陽花は、中学、高校生の時から、そこにきな臭さを感じました。

 何か、マスコミが、田中角栄という人物を必死に、無理やりにでも抹殺しようとしているとしか想えませんでした。

 マスコミは、目白の闇将軍といって、日本を支配している人物だといっていましたが、紫陽花には逆に、マスコミが日本を支配しようとしているふうに見えました。

 日本の各テレビ局、各新聞は、日本の国益よりも、あの当時から、何か、別な組織に操られていて、真相をわざと国民に隠している気がしていました。

 今から考えれば、学歴がない田中角栄をよくない日本の官僚やマスコミのエリート達が、米国の仕掛けた罠に乗ったと言うのが、真相のような気がしますが、紫陽花は、本当に悔しい気持ちで、ずっとロッキード裁判を見つめていました。

日本の元首相が、日本の裁判で、日本の法律で認められている証人喚問さえ、相手が米国のロッキード社のコーチャン氏だったら、認められずに、一方的に証拠として採用される裁判なんて、どう考えてもおかしいです。

ロッキード裁判の最終的な結審が、出ないまま、田中角栄が85年に脳梗塞で倒れた事で終わって、最高裁判所の長官達は、ほっとしたそうですが、日本という国を歪めてしまった事になったと想います。

これ以後、米国の日本の政界による支配は、水面下でますます進み、日本の国会議員も、田中角栄でさえ失脚させられた事で、逆らうような人はいなくなった気がするからです。

紫陽花は、政治の世界に関しては素人ですが、今の小泉首相のやっている事を見ていたら、裏で、米国が支配しているという噂は、本当だと想っています。

是非、紫陽花と同じように、ロッキード事件の頃から、時を一緒に生きている人と、この事を話したいと想います。

また紫陽花は、もし紫陽花自身が、時生になれて、ロッキード事件が判明した直前の田中角栄元首相に会って、話をできる事できたらと、トキオの番組を見ながら想ってしまいました。

実は、ドラマでも影の政治家が登場して、トキオ(時生)と未来の情報、インターネットが世界に普及する事などを教える事で、取引するのですが、紫陽花が、時生になって、田中角栄氏に未来をアドバイスする事ができるのなら、脳梗塞に倒れる事や、信頼している部下に裏切られる事は隠しても、裁判には絶対に負ける事は伝えたいですし、2000年頃には、日本の政治が、米国によって、大きく支配される事も伝えたいです。

その上で、ロッキード事件が騒がれ出した時であれば、長い裁判はさけて、疑惑を持たれている事を認めて、一端衆議院議員をあっさり辞職して、その後立候補する事を勧めたいですし、裁判になったら、テレビなどに出て、堂々と元日本の国の首相が、証人尋問さえ認められない裁判を受けないといけない怒りを、訴える事を勧めたいです。

その当時は、今とは違って、政治家がテレビに出る事は簡単でなかったとしても、2004年の今なら、国会議員が、ドンドン出て、自分をアピールするようになっています。

2004年は、キャッチフレーズだけで、マスコミ戦略が得意な人が、首相になっていると話してあげたら、頭のいい田中角栄氏の事だから分かると想います。

米国の支配に対して、田中角栄氏が、礎となって、排除できる時の流れになるのではないか、そんな事さえ想うのです。

しかし、この世に起こる事は、すべて必然なので、言っても仕方がない事ですが、ロッキード事件という時を生きてきた紫陽花としては、やはりどうしても想ってしまいます。

是非、皆さんと一緒に、時生になって、そんな話をしたいと想います。

また、紫陽花としては、もう一つ、時生に登場して欲しい時期があります。

それは、ベルリンの壁が崩壊する1989年11月9日の少し前です。

この時に、紫陽花の前に時生が現れたら、紫陽花はどうしただろうと想います。

年齢でいえば、27歳ですが、時生と一緒に、ドイツやソ連を旅する事ができたら、どんなに楽しいだろうなんて考えてしまうのです。

何故ならベルリンの壁の崩壊による東西ドイツの統合や、その後、1991年8月に起きるソ連の崩壊は、日本とは離れているヨーロッパの話なので、ピーンと来ない人が多いと想いますが、紫陽花は、関心がありましたし、20世紀で考えても大事件です。

紫陽花と時を一緒にした人も多いと想うのです。

しかも冷戦と言うものが、ソ連が崩壊した事で終わりましたが、これが殆ど無血で終わった事は、今から考えても奇蹟だと想います。

だって、1991年8月、多くの政府高官をふくむ保守派によるクーデターが発生して、ペレストロイカ(情報公開)をしていたゴルバチョフ書記長が監禁されましたが、この時に保守や、軍部は、ゴルバチョフ書記長に、核兵器が使用できる暗証番号を求めたと言います。

結局、このゴルバチョフはそれを頑固に拒否して監禁され、監禁は、43日間でエリツィン・ロシア大統領を中心とする改革派がゴルバチョフを奪回した事で終わりましたが、もしこの時に、核兵器を保守派に握られていたら、大変な事になったと想います。

保守派が、政権を握った可能性も高いですし、内乱が起きて、核兵器が使用される可能性もあったと想います。

保守派の人達も、命がかかっているので、何をするか分からないと想うのです。

でも、幸いに、ソ連も、殆ど無血でロシアに変わることができました。

紫陽花としても、冷戦が無血で終わった事で、これからは米国も軍事費を減らし、世界が平和になるのではないかと想って、喜んだことを覚えているのです。

しかしその後、米ソの冷戦が、米国の一方的な勝利に終わった事で、米国の一国支配の時代になり、日本は1990年バブル景気の崩壊で、米国に第2の敗戦と言われる事が起こったりする事が、未来だと時生に教えられたらがっかりすると想います。

しかも、米国の軍事費は殆ど減らない上に、新しい敵が必要だという事で、2001年9月11日、アメリカの象徴であるニューヨーク世界貿易センターのツインビルが、ハイジャックされた民間航空機に突っ込みで、崩壊した事で、テロとの戦いが始まると教えられたら、失望すると想います。

ましてやアフガニスタン、イラクと戦争が続き、今のイラクの状態を教えられたら、どうでしょうか。

きっと、信じなかったと想います。

是非、その事も、皆さんと一緒に考えたいと想います。

 

 

       ∞「紫陽花と時起子 本当世界編」∞ーヨーク世界貿易セン 

紫陽花と時生という事で、紫陽花が、皆さんと生きたいろんな時代に戻っています。

こういった試み、企画は、書き始めた時は、正直どうかと想いましたが、今は結構楽しいと喜ん

でいます。

しかし、その反面、2004年に、時生が本当に現れて、今の紫陽花をどう評価するだろうかと

想うと少しドキッとします。

 トキオが、25年前の父親を、「僕の会いたかった父親は、こんな奴でなかった」と言うように、紫陽花も時生に言われてしまうような気がするのです。

 でも、紫陽花は、それでも未来の息子が現れてくれたら、とても嬉しいと想います。

 息子が誕生するということは、愛する妻がいるという事ですから、もうそれだけでも、もう「無限の無限の幸せ」で、にゃにゃだと想います。

 でも現実は、もう42歳ですから、少し厳しいと想います。

 だから、紫陽花の子供といえる、縁の花さんに、2012年12月23日以後、フォトン・ベルトに突入した後、地球がアセンションできた後から、過去に来て頂けたらと想います。

 その時なら、きっと縁の花は、次元上昇した事で、ある人の夢に出てきた、今のように精神があるけど、目に見えない存在から、目に見える存在になっていると紫陽花は信じています。(笑)

 縁の花もアセンションするのです。

 ここは、めちゃくちゃこじつけのようですが、皆さんの中で、呆れている人も多いと想いますが、何しろ、この号は、紫陽花のトキオという、時を生きると言うドラマなので、縁の花さんに参加して頂くようにしたいと想うのです。

 しかも、どうせ出て頂くのであれば、男性よりも、女性の方が断然いいです。

 トキオに出ていた宮本巧実の恋人早瀬千鶴役をした、富田靖子の笑顔と、時生の母、麗子役をした大河内奈子さんの美しさを持った、イメージでは、フジテレビの昼の1時半から放送されていた、「牡丹と薔薇」で、牡丹役をした大河内奈子さんの感じで、出て来て欲しいと想います。

 そんな女性で、名前は、時起子(トキコ)さんで、紫陽花より3つ年下程度の女性に、何故か突然付きまとわれたら、紫陽花の人生でも、画期的な奇蹟で、紫陽花はもうおかしくなってしまうと想いますが、まあドラマだからいいと想います。

 また、そんな時起子さんには、最初は、紫陽花が本当の世界での時を生きるようになった、平成3年6月頃に、1991年頃に、出て来て欲しいと想います。

 何故なら、その時に紫陽花は、人生が大きく変える転換期を迎えたからです。

 忘れもしません。

この時、日本経済時代も、前年にバブル景気が崩壊して、後に失われた10年といわれる時期を経験する事になりますが、紫陽花は、この時、MG(高度情報科学セミナー)というところで、全国にいる多くの仲間と縁を持つ事になります。

 早い話、まだインターネット言う言葉もない時期に、もうすぐインターネットと言うような高速通信網が出て来て、楽天などのショップが出て、いろんなものが、コンピューターのネットを通して、売買されるようになるという事を、MGの人達から教わって、成功者になる事を夢見てMGに参加したのです。

 これが、紫陽花が、本当の世界に入った最初の時です。

 と言うのも、実は、MGというのは一種の異業種団で、変な人というか、変わった人が多くて、紫陽花は、ここで、船井先生の事を知ったり、いろんな本当の人達と縁を持ったりした事で、本当の世界に目覚めてしまったのです。

 でも、これは結果的に考えれば、見事に失敗します。

今から考えたら成功して、ある程度のお金持ちになったら、たぶん自惚れてしまって、今の紫陽花はないと想うので、良かったと想いますが、その当時の紫陽花には、そんな事をいう余裕はありませんでした。

夢にかけたといえば、カッコいいですが、長年していたサラリーマン生活を辞めて、就職難の為に、今でも正社員にもなれない中で、縁の花を書いて人生を楽しんでいる紫陽花の第2の人生が始まったからです。

だけど、これは今だから言える事で、11年前にその事が分かっていたら、たぶん夢なんか諦めて、縁の花なんか書かずに、普通の平凡な人生を選んでいたと想います。

たぶん、もしすてきな時起子さんが、紫陽花の前に現れて、「未来は、確かに紫陽花さんのいうように、インターネットと言うものが、世界中に引かれるようになって、様々な情報が送られるようになる。ネット上には、バーチャルの世界で、いろんな店が誕生して、IT産業で、大きなお金を得る人達も現れる」といわれたら、調子に乗っただろうけど、次に、「だけど紫陽花さんの所は、結局成功しない」と言われたら、奈落に落ちたと想います。

コンピューター自体にそんなに知識がなかった紫陽花にとっては、MG以外で、IT産業の道を開くルートがなかったからです。

しかも、その時には、縁の花を書く事もなかったかもしれません。

縁の花は、MGの存在を多くの人に伝えると言うのが、目的で始めたからです。

だから、時起子さんに、「私の知っている紫陽花さんのこれからは、お金とはあまり縁のない中で、多くの一般の人からは、なかなか理解されないものを書くけど、ずっと独身で、嫁の来てもいない」と言われたら、紫陽花はショックで、縁の花は書き始める事はできなかったと想うのです。

しかし、たぶんそんな事にはなっていないと想います。

何故なら、紫陽花が縁の花を書かなかったら、時起子さんは、誕生しません。(笑)

たぶん、時起子さんは「未来の日本は、銀行の不良債権がなかなか解消せず、不景気が何年も続くことによって、大きな企業でも、大規模なリストラがされるようになって、豊かな人でも生活に不安を持つようになる。ダイエーやそごうも倒産する。でも、貧しい人にとっては、デフレの時代を迎えて、100円ショップで何でも買えて、不景気でも結構困らない社会になる。私の知っている紫陽花は、お金を必要としない生活の中で、文章を書くのを生きがいにして、無限の無限の幸せよ」

 そういって、平成5年の10月頃、縁の花を誕生させる前までに姿を隠していると想うからです。

 いえ、勝手な願望ですが、紫陽花とデートしたり、一緒に二人だけの夜を過ごしたりして、最後には恋人として愛を確かめ、最高の思い出と、快楽(セックス)をプレゼントして、いなくなるのです。

 是非、そうあって欲しいと想います。

 しかも、時起子さんは、紫陽花に、「1999年7月のノストラダムスの予言も、たぶんこれから騒がれ出すコンピューターの2000年も、見事に外れる。でも世界は、平和になる事もない。戦争やテロとの戦いも起き、世界的な異常気象はますます増えて、日本も気温が熱くなって、台風が、どんどん来るようになる。でも紫陽花さんが、そんな中でも、将来の地球の為にやろうとしている地道な本当の活動は、私は好きだ」という言葉を残してくれています。

 少なくても、紫陽花がプロデューサーなら、そんなドラマ、トキオを造ると想うのです。

 そしてドラマのトキオでは最後に、時生を亡くした中で、立ち治った宮本巧実に、謎の占い師が原作ではない言葉を、宮本巧実に「再び、いいこと(時生)が未来に起きる(会える)かもしれない」と言わせていますが、紫陽花のドラマでは、2004年の今、再び、綺麗な時起子さんに会いたいと想います。

 いえ、実は、多くの皆さんは、25年前に、息子の時生にあっているという宮本巧実さんの話をなかなか信じようとしなかったお医者の役の片岡鶴太郎さんと同じように、これからの紫陽花の話を信じないと想いますが、紫陽花は、本当に時起子さんに会っているのです。

 ただ、その時に、怖かったのは、再び現れた時起子さんが、今の紫陽花や「縁の花」をどう評価するかでした。

 正直言って、自信がありませんでした。

 40代にもなって、まだこんな状態なのと言われてしまうのではないかと少し不安だったのです。

 でも時起子さんは、そんな事は言いませんでした。

「私の言ったとおり紫陽花さんは、無理しなくても、今のままで「無限の無限の幸せ」を得ているでしょう。縁の花も、ホームページが誕生して、インターネットを通じて、多くの人が見て、何人もの同志、村人さんも現れてよかったね」と時起子さんは、そう祝福してくれたのです。

 しかもその上に、ご褒美に、紫陽花に最高の快楽、(セックス)を通して心から愛し合うと、紫陽花のこれからの未来に対しての質問に、ある事を、紫陽花や、「縁の花村」の皆さんの為に伝えてくれました。

 それは、2012年12月22日〜23日のフォトン・ベルトに対する情報です。

 紫陽花は、2012年12月23日以後の未来からやってきた時起子さんに、「本当にファトン・ベルトは存在するの」「それはマヤ暦やインカ文明で、予言している火で人類の文明が終わると言う2012年12月23日なの」「その時にどんな事が起きて、多くの人の中で、アセンションについていけない人がたくさん出るの」「フォトン・ベルトの世界になったら、本当に誰もが、超能力を持って、幸福な社会を得る事ができるの」

 そんな事を聞いて、時起子さんは、優しく答えてくれているのです。

 しかし紫陽花は、残念ながら、それを皆さんにいう訳にはいきません。

 時起子さんに止められていますし、やはりこれを言うと、皆さんもパニックを起こすと想います。

 だから今は、秘密と言う事で、この号は、意外な結末でトキオは終わりたいと想います。

 最後は、皆さんには何が、何だか分からないと想いますが、あくまでも「ドラマ」ですからお許しお願いします。

 では皆さん、縁の花 第196号「トキオ」(時生)読んで頂いて「ありがとうございます」

 是非、紫陽花と一緒に、これからの時を生きましょう。

2004年10月16日

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