縁の花

    (本物を目指して心のネットワーク)

   第16号

      志士とは

  第16号は、紫陽花にとっては記念号です。

 というのも16という数字は、紫陽花達、MGの人間にとっては、特別な意味があります。

 紫陽花達の数といってもいいです。

 四と四で十六

 しし、十六で、紫陽花達(志士)の言葉になる訳です。

 が、考えてみれば、紫陽花は、志士じゃ、志士じゃといっています。

 皆さんも、もう、耳にたこができるぐらい聞いていると思います。

 何とか、志士になりたいのです。

 これが、紫陽花の憬れです。

 夢といってもいいと思います。

 そしてそれは、紫陽花と一緒にガンバッテいるMGの同志の夢でもあります。

 何しろ、MGという所は、もの凄く験を担ぎます。       

 一時、6・17事件が起こるまでは、幕末の志士が京都で活躍したというので、わざわざMISを京都でおこなって、600名ちかく集めていましたし、今、現在、新大阪にある日本情報科学は16階です。

 これもわざわざ16階のあるビルを捜し、新大阪で一番大きなビルしかなかったのでそこを借りています。

 これぐらい、MGのトップから始まって、志士という言葉に拘わっています。

 皆、あの明治維新を起こした志士のように、紫陽花達も時代を見事に変えたいのです。

 幕末の先輩に負けないような平成の志士になりたいのです。

 が、紫陽花はこの平成の志士という言葉は好きではありません。

 本来なら紫陽花達の方が早かったのですが、あの大前研一さんが、平成の志士という言葉を一時乱発されたので、好きになれません。                

 紫陽花達は、大前よりも古くから使っていただけに、取られたような気がする訳です。

 でも今の世の中に志士が必要なのは間違いありません。

 浅井隆にしろ、長谷川慶太郎にしろ、本で読むかぎり書いています。

 今の日本は、官僚などによって、何も決められない幕末と同じ状態になっている。

 息詰まっている日本を変えるには、幕末の頃の志士が必要らしいのです。

 では、その志士という言葉ですが、志士とは一体何でしょう。

 皆さんは考えた事がありますか。

 言葉は溢れていても、その意味をほとんどの人は考えていないと思います。

 我々からいわせたら、ただ志士になれ、志士になれとあおっているだけです。

 そんなもので、志士は生れません。

 志士というのは、言葉だけの軽いものでは決してないからです。

 もっともっと重たいものです。

 というのも、紫陽花達が考える志士とは活動家だという事です。

 司馬遼太郎によると、幕末の頃、全国の3千人ぐらいのネットワークがあったといわれています。

 薩摩、長州、土佐だけではなく、時代が変わるという事は、越前や東北の中にも気が付いた人はいました。

 約、3千人ちかくの人が手紙でやりとりをしていたのです。

 坂本竜馬の名前も、土佐の殿様、山内容堂を筆頭にして日本のほとんどの人は、知りませんてしたが、彼らは知っていたのです。

 が、それでは、この3千人の人は、すべて志士なのかといえば、紫陽花達はそうは考えていません。

 反対に、この中で志士と呼べる人物は、30名ぐらい、百分の1ぐらいの確率ではないかと思っています。

 実際、日本の歴史の中に残っている志士の数は、たったの70数名だといわれています。 その中に、坂本竜馬、大久保利通などがいる訳ですが、そういった有名な人を除くと、ほとんどの人の名前はまったく残っていません。        

 それぐらい歴史に残るのは大変なのです。

 では、その3千人の多くの人は、何だったのかといいますと、はっきりいって活動家ではなかったのです。

 というのも、幕末の時にも、いろんな人物がいました。

 評論家もいれば、官僚、商人、旗本など、それぞれの立場、仕事を持っていました。

 そういった人達が、このままではいけない。                 

 日本は欧米の植民地になるという事で、勉強したり、仲間内で話あったりしていたのはいいのですが、多くはそれで終わりました。 

 今の地位を捨てる事も簡単ではありませんし、家族や身内の反対にあって、ほとんどの人は時代が変わるという事に気が付いても、何もしませんでした。

 動かなかったのです。

 大久保一翁などの幕府の人間は、その地位に縛られて素晴らしい考えがあっても何もしませんでしたし、3千人のほとんどの人は、明治維新に参加していないのです。

 ただ、時代が変るよ。 

 もうすぐ幕府はつぶれると心の中で思っていたり、信頼できる何人かの友人と話し合っているだけで、結局時代の波に乗れなかったのです。

 そしてそれは、残念ながら、今も変わりません。

 現在にも、竹村健一や堺屋太一のような素晴らしい評論家の方がいます。

 これからの時代が大きく変わる事を理解している、紫陽花が尊敬する人です。

 でも残念ながら活動家ではありまぜん。

 もうすぐ時代が変わると教えても、自ら時代を変えようとはしません。

 ただいうだけです。

 しかもいうのも、やっぱり遠慮しています。

 竹村健一が、今、ある大企業でも、ほとんど5年後には残らないかもしれない。

 米国は日本に対して、今後こんな動きをするなんては、本音ではいえません。

 MGの原先生に聞いた話によると、有名な評論家程、正直にいったらパニックになるから大事な事はいえないそうです。

 だから紫陽花は、竹村健一や堺屋太一は、志士とは思ってはいません。

 偉大な評論家ではあっても、活動家ではないのです。

 じゃ、今の世の中で、志士とは誰なのかという事ですが、はっきりいって紫陽花ではありません。

 MGの中には、志士と呼べる人物はいますが、それもごく一部です。

 幕末の頃に100人の中で1人ぐらいしか動く人間がいなかったように、MGの人からいわせたら、本当に真剣に動いている人間は、MGにも何人もいないそうです。

 それぐらいやはり動くというのは大変です。

 時代が変わるという事も、今、日本に早く高度情報社会が来ないととんでもない事になるという事も、MGのクルーで理解していない人はいないと思いますが、それを人に伝えても、最初から理解できる人は、まずいませんし、やはり、仕事をしながら活動するのは大変です。

 全国でも百人はいないと思います。

 皆、紫陽花同様、頭では分かっていても、足がついていかないのです。

 しかし紫陽花は、それでも志士になりたいと思っています。

 活動家として、何かをする実力がありませんが、愛する日本や家族、友人や縁のあった皆さんの為にも後悔しないようにせっいぱいの事はしたいと思います。

 紫陽花が、この縁の花を書くのも、実は志士としての活動なんです。

 そう思って頂けたら幸せです。

 そしてできたら、皆さんにも、できるだけ早い内に紫陽花と同じように、志士を目指して欲しいと願っています。

 それが皆さんの幸せにつながる、本物の生き方だと思うからです。

 またその為にも、今、一人、一人ができる範囲でいいから動いて欲しいと思います。

 紫陽花が一体何をいいたいのか、分からないのなら、自分で直接MISを聞いてやろう。

 何かMGは面白そうだから、直接紫陽花と会って聞いてみたい。

 危ない感じだけど、真剣にいっているのだから本ぐらい読んでみるわ。

 何でもいいからまず行動して下さい。

 なぜなら、自ら行動できないような人は、絶対に志士にはなれません。

 いえ、これからの激動の時代に生き残るのさえ難しいと思いますし、紫陽花も、これ以上の事はするつもりはありません。

 その人が、本物で、紫陽花達、MGに取って必要だと確信できる人なら別ですが、基本的には何もしません。

 無理に誘っても、志士や本物になりたいという意志がなかったら、意味がありませんし、何よりも皆さんの事は、自然というか、天に任せています。

 一人、一人、目覚める時期というものもあります。

 それが今日なのか、1年後なのか、2年後、十年、五十年後になるのかは、天でない紫陽花に分かるはずはありません。

 おそらく、これから急速に、本物の時代がやってくる。 

 皆さん、一人、一人が、本物という言葉に関心を持ち、目覚めると紫陽花は確信していますが、それまでいくら時間がかかってもできるだけ待つつもりです。

 紫陽花の方から、直接会って「いい話だから聞いてみろ」と無理に誘ったり、電話で「頼むから聞いてくれ」と誘う事もするつもりはありません。

 紫陽花の尊敬するシニアなら足で動けていって怒られるれうな気がしますが、紫陽花はその方が正しい生き方、本物だと思うのです。

 だから皆さんが、自らの判断で行動して下さい。

 これが、紫陽花のお願いです。

 なぜなら志士というものは、人に勧められるからなるのではなく、自分からすすんでしかなれないのですから。・・・・・・

 皆さんを信じています。

 では、これで。・・・・・・

         1995年1月3日

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