縁の花

     (21世紀に咲く智閥の花)  

          229

      子供を救う教育講演会

∞「松岡さんとのご縁」

縁の花の読者に、松岡さんという方がいます。

菊のとっても尊敬している人です。

しかも菊の一番のご近所さんでもあります。

菊と同じ、大阪府の中にある泉大津市に住んでいます。

その上に、菊の両親が住んでいる実家から、歩いて56分の距離でもあります。

隣の町です。

菊が、そんな松岡さんとご縁を持ったのは、199810月頃です。

天皇の真実の、河内正臣先生とご縁を持った時でした。

京都にある川北さんの家で、ガイアヒーリングという活動をしていた時に知り合いました。

その時に、名刺交換し、同じ泉大津市ということを知って、ご縁に驚きました。

電車で、京都から、一緒に帰り、松岡さんの家が、実家に近いのは驚きでした。

その頃は、実家に帰っていたのです。

また、その後、松岡さんは、菊の尊敬する人になりました。

今は、その会社を後輩にバトンタッチしましたが、()アスカという、家を建設したり、マンションの管理をしたりする会社を、17年間経営していました。

年商何十億という立派な会社の創業者で、菊は、とても尊敬していました。

特に、幸福をうむ、住まいづくりの活動、住まい塾の活動には、感銘を覚えました。

早速、縁の花第106号「幸福をうむ住まい塾」という題名で書かせて頂きました。

縁の花第106号「幸福をうむ住まい塾」

http://www.geocities.jp/ennohana/ennohana106.htm

松岡さん自身、大変喜んで頂いたのです。

しかもその後も、松岡さんとは、ご縁が続きました。

何しろ、今の菊の家からも、駅が一駅違うだけなので、近いというのは便利です。

お酒が好きな松岡さんが、夜、近くで、一人で、お酒を飲む時に、菊の事を思い出して頂いて、お誘い頂く事があります。

1年に、一度か、二度ある程度なので、回数はそんなに多くないですが、菊にとっては大好きな瞬間です。

ごちそう頂けるので、一度も断ったことはありません。

少しぐらい用事があっても、喜んで、自転車で走っています。

松岡さんと話をするのは、いろんな事を教えて頂けるので、とても楽しいです。

それに、お電話頂ける時、何故か、不思議と、菊は家にいます。

きっと、松岡さんと菊は、何かで繋がっていると思うのです。

また、松岡さんと、一杯飲む時、菊にとっては、大きなご縁が生まれています。

一番、忘れられないのは、縁の花の小冊子が誕生した事です。

この時は、なぜか、小冊子の値段の話になって、菊が、縁の花の小冊子、第106号「幸福を生む住まい塾」を小冊子として、千冊作ったら、引き受けてくれるかとお願いしたら、快く、引き受けてくれました。

それで、菊は、最初の小冊子、第106号を出す事ができました。

これには、今でも心から感謝しています。

全部、買って頂けたので、菊としては、大助かりでした。

これに味をしめて、第133号「天皇の真実」第150号「日本原爆開発の真実」第161号「ありがとうございます」と出す事ができました。

縁の花の恩人なのです。

また、他にも、今でも、皆さんに無料で送らせて頂いている「奇跡の水」を頂いたのも、松岡さんでした。

この奇跡の水は、縁の花のホームページを見て、欲しいという人が、1週間に一人は現れますが、菊は、喜んで送らせて頂いていますし、届いた人達からの反応もいいです。

菊は、この事も感謝しています。

他にも、タッチフォーヘルスという、オーリングニストのように、身体の筋肉を使って、身体の情報を知り、バランスをとる健康法や、中村天風先生の教えを、勉強している天風会に行かせて頂いたりと、必ず会えば、新しいご縁、面白い話を聞かせて頂けます。

菊は、松岡さんからお誘いがないかと、いつも楽しみにしているのです。

 

 ∞「奇跡の水測定値」∞

20061115日、そんな松岡さんから久しぶりにお誘いありました。

奇跡の水をプレゼントして貰って以来です。

今回も、松岡さんの話は、楽しかったです。

松岡さんは、17年間経営した潟Aスカを、後輩にバトンタッチして、今は、自分のしたい事をしています。

今は、大阪の東成区に、新しくホーミーアスカ住環境研究所を開設して、「NPO幸福な家庭環境をつくる会の活動として、「幸福を生む住まい」の提案と提供、普及活動をしています。

ホーミーアスカ住環境所 縁の花支援サイト

そのパワーには、いつも驚かされます。

菊は、とても尊敬しているのです。

また、菊は、早速、松岡さんにお会いすると、奇跡の水を頂けたお礼を言いました。

何故なら、奇跡の水がご縁で、菊自身、たくさんのご縁頂いています。

今、縁の花のHPを見た、先刻の人達から、欲しいというメールを頂き、菊は、奇跡の水と縁の花の小冊子第161号「ありがとうございます」と、縁の花、第208号「ミクシイ」と三点セットで、無料で送らせていただいています。

その上に、ミクシイにもご招待していますし、縁の花村の村民にも自動的になって頂いています。

縁の花村まぐまぐ情報も送らせて頂いているのです。

それで縁の花村の村人も増えていますし、ミクシイに参加して頂いて、マイミクにもなって頂いています。

皆さんに、とても喜んでもらっているのです。

これもすべては、松岡さんのおかげです。

深く、感謝したのです。
また、松岡さん自身も、奇跡の水、今でも、ご縁のある人に渡しています。
奇跡の水、小さなボトルに入れて持っていました。

それをいつも、水を飲む時には、入れているそうです。

お酒やビールにも入れています。

菊自身、松岡は、本当にすごいなあと改めて感心したのです。

しかも、今回も、松岡さんとの情報交換楽しかったです。

松岡さんは、今、自分がしている三つの主な活動、タッチフォーヘルスの事、中村天風先生の話、幸福を生む住まい塾の話をしてくれたのです。

  タッチフォーへルス 縁の花支縁サイト

その上に欲しかった、今流行の「鏡の法則」の本まで頂きました。

鏡の法則の本は、インターネットを通して広がり、今、50万部まで、販売されているそうですが、

本なので、千円程度します。

それをポンとプレゼントできる松岡さん、すばらしいです。

きっと今までに、たくさんの人にプレゼントしていると思います。

菊自身、いつ松岡さんのようになれるかとつくづく思ったのです。

そんな松岡さんと、中村天風先生の話や、タッチフォーヘルスや、幸福を生む住まい塾の現状の動きもお聞きしました。

タッチフォーヘルスでは、身体だけでなく、精神面の問題に対して、カウンリングもしているという話や、メンバーの一人が、船井幸雄先生と親しく、実際に、船井幸雄先生に体験して貰って、とても好評だったそうで、すばらしいと思いました。

幸福を生む住まい塾でも、仕事は順調で、住む人の運命改善の住まいづくりをしているそうです。

菊自身、そんな話にワクワクしたのです。

ですが、菊が、一番驚いたのは、パワー測定の話です。
何でも、米国のホーキング博士という心理学者が、どんなものでも、パワーが計れるパワー測定の方法、20年間かけて発見したそうです。

これは、本も出ているそうですが、実に簡単で、松岡さんは、身につけています。
少しそれを皆さんに紹介しますと、何でも、1から1000の数値にして、200未満のものは、エネルギーを奪うパワー、200以上のものは、エネルギーを与えるパワーと呼ぶそうです。

この測定は、一人でもできるそうですが、二人でする場合は、オーリングテストなどを使います。
まず、これを計っていいですかと、もう一人のパートナーの人に尋ねて、オーリングテストで計
って、従来の力よりも強い場合は、Okが、天、潜在意識から許可が、出たということで、計ります。
まずは、奇跡の水のパワーを調べました。
松岡さんの持っている奇跡の水の小さなボトルを、菊が左手で持って、右手の親指と中指で、オーリングを作って、松岡さんが、「この奇跡の水のパワーは、100ですか、200ですかと」尋ねていきます。
それでオーリングが、弱くなった前の数値が、パワーだということになるのです。
それに寄れば、奇跡の水のパワーは、「300400500600」と進み、「700」で弱くなりました。

つまりは、600台ということだそうです。
後は、「650ですか、655ですかと数値を聞いていき、657のところで、再び、オーリングが弱くなりました」
奇跡の水のパワーは、656ということが分かったのです。
しかもここで、菊が驚いたのは、松岡さんが、この方法で、何人かの人に測定した時も、つ
ねに656になるという事です。
そう教わって、本当に驚いてしまいました。
奇跡の水、あくまでも松岡さんが持っているものですが、それを入れた水のパワーも、656になります。
今度、機会があれば、松岡さんから頂いた菊の奇跡の水も、パワー測定したいと思いますが、
たぶん656になると思います。
また、この656という数値ですが、非常に高いそうです。
何でも、最高の数値、千が、キリストやブッタの意識になるので、これになるのは、とても難し
いです。
意識の高いもので、600700ぐらいだと言うのです。
その上に、普通の水道水の数値は、3だというのですから驚きです。
それが、奇跡の水を、少し入れるだけで、656になるのです。
まさしく「奇跡の水」です。
菊は、とてもとても嬉しくなりました。
そんな奇跡の水のご縁を頂けた松岡さんに改めてありがとうございますしたのです。

 しかも、松岡さんに、その後、母校の先輩の人がしている子育てセミナーの話をして貰いました。

 何でも、松岡さんには、高校から大学にかけて、お世話になっている先輩がいるそうです。

 九州の確か熊本県で、名前は西山知洋さんです。

 その西山先輩にタッチフォーヘルスの会場で、講演して貰うので、聞かないかとお誘い頂きました。

 大阪に来てからも、何十年とご縁が続いているそうです。

 菊自身、高校、大学を通して、今もご縁が続いている先輩、尊敬できる先輩なんて、いないので驚いてしまいました。

 そんな先輩がいる松岡さんが、羨ましかったですし、そんなご縁がもてる、松岡さん改めて、尊敬しました。

 何故なら、松岡さんには、他にも、九州の地元のお友達、今でも大阪で交流する人がいる事を菊は知っているからです。

 ですから、菊は、縁の花を通して、ご縁を大切にする者として、そんな松岡さんをすばらしいと思いました。

 そんな松岡さんには、なれないなあと思ったのです。

 しかも、その西山先輩の話す話、元小、中学校の先生で、今は、フリースクールで、子供達に、教育している人のお話、その時の菊には、とてもタイムリーでした。

 菊自身、縁の花村の村人さんから、子供の事で相談受けていたからです。

 それで松岡さんが、尊敬する先輩の話だったら、取材させて頂いて、縁の花で書きますと、

お酒の勢いもあって約束しました。

 菊は、2006122日、久しぶりに、地下鉄、千日前線、今里駅の近くにある、タッチフォーヘルスの会場に行ったのです。

 

     ∞「西山知洋先生のお話」∞

 西山知洋先生のお話よかったです。

 タッチフォーヘルスの会場に、来た人は、そんなに多くありませんでしが、菊は、いい話を聞けたと、心から満足しました。

 まずは、菊が感心したのは、西山知洋先生の人相です。

 とても穏やかで、すばらしかったです。

 しかもエネルギーを感じました。

 西山知洋先生は、今でも、大阪の四条畷市で、フリープレイスなわて遊学場というところで、不登校といった、学校にいけなくなっている生徒さんを教えています。

 でも、今は、そういったことを感じさせない、すばらしい人相しています。

 菊も、松岡さんや、西山さんのように、後、20年したら、こんな人相になれるだろうか。

 修羅場を越えた人の人相になれるだろうか。

 そんな事を考えてしまったのです。

 また、そんな西山知洋先生を紹介してくれたのは、司会を務めた松岡さんでした。

 松岡さんは、西山先輩は、高校、大学で、一級先輩で、西山先輩を知ったのは、大学の時だった

と教えてくれました。

 何でも、その当時、コピー機はなかったのですが、ASニイルという教育者を知った西山先輩は、

ASニイルが書いた本の中で、絶版になった本が何冊かあって、それを全部、大学のノートに写つ

したというエピソード紹介してくれました。

 今では、とても考えられませんが、西山先輩はしていたというのです。

 しかも大学を卒業した後は、学校の先生になって、小学生、中学生を教えていましたが、それを

辞めて大阪の四条畷市で、フリースクールをつくったそうですが、とても苦労したそうです。

 資金難から、夜は、廃品回収の仕事を、していたそうです。

 そんな苦労してきた方というのです。

 これには、菊も、改めてすごいなあと思ったのです。

 また松岡さんは、そんな西山さんとは、大学を卒業した後も、ご縁があって、教師としての

西山教師、教師を辞めた後、夜リヤカーを引いていた西山先輩、夢を叶えて、フリースクールで、

13年間不登校の生徒達と、寝起きを供にした西山先生をずっと見てきている感じです。

 たぶん、松岡さんは、そんな西山知洋先輩を、いろいろと支えてきたのではないか、菊はそう感

じましたし、今でも、講演会の場を何回も作っています。

 そんな二人の友情はすばらしいです。

 少なくても、松岡さんは、そんなこと、一言も言いませんでした。

 菊は、そんな二人の先輩、後輩のご縁に、何か本当に大きなご縁、繋がりを感じてしまったので

す。

 また、そんな西山先生が話す内容もよかったです。

 西山先生には、今までに二つの、大きな、大きな影響を受けたご縁があるそうです。

 その一つが、大学の頃、手書きで写していたASニイルとの出会いです。

 残念ながら、ニイルさんとは、生きている間に会えなかったそうですが、ニイルは、1883年から

1973年まで生きていたイギリスの教育者です。

 生前は、「サマーヒル学園」という学校を創設した人で、教育界では、自由教育の大本の一人とし

て、西洋諸国や日本でも、大きな影響を与えた教育者だそうです。

 戦後の日本は、この自由主義という考えを、取り入れたのです。

 それを、皆さんに頂いた資料で、説明すると「子供は生まれながらにして善である」

「子供の時代は、遊びの時代である」

「愛は愛を育て、憎しみは憎しみを育てる。何人も愛によらずして救われたためしがない」

こういったことになります。

西山知洋さんは、こういった考えを一つ一つ丁寧に教えてくれました。

たとえば、最初の「子供は生まれながらにして善である」というASニイルの考えは、西洋、キ

リスト教の「人は生まれながら罪を持つ」という考え方とは違って、ニイルも、「サマーヒル学園」を創設した時は、なかなか理解されず、苦労したそうですし、「子供の時代は、遊びの時代である」では、子供が、勉強させてというまで、遊ばせさせるそうです。

 今までの規制で縛っている学校とは違って、やりたいことがやれる、やりたくないことはしなくていいという自由さがあって、のびのび健康的にできた学校だったのです。

 だけど、そんな学校でも、寮生制度なので、お金が掛かるとかいった問題はありますし、日本でも、全面的に取り入れている数少ない学校でも、やはりお金かかるそうです。

 大学を卒業した新人の西山知洋教師は、そんな学園で、お金があまりかからない学校をづくりたいという志を持っていたというのです。

 しかしここで、菊が驚いたのは、大学を卒業して、教師になれた西山知洋さんは、公立の小学校で、早速それを実践したことです。

 ハチャメチャなことを始めたのです。

 それが、他の人の迷惑にならないかぎり、何をしてもいい。

 教室から出る、出ないも自由にしたことです。

 そうすると、三日間で、生徒の3分の1が、教室からいなくなり、1週間後には、生徒の一人が、学校の外で、いたずらを起こし、校長に苦情が来た事で、できなくなったそうです。

 でも、それでも若い西山知洋さんは、めげませんでした。

 教室の外に出てはいけないけど、教室内では自由にしていいとしたそうです。

 そうしたら、最初は、授業にならなくても、二学期から落ち着いてきて、三学期には、クラスの中で、勉強のできる子、できない子、強い子、弱い子がいても、いじめはなく、自然にリードしてくれる生徒さんも現れて、仲良くなる理想のクラスができたそうです。

 今でも、西山知洋先生は、そのクラスで教えることが理想だそうですが、その話、とても面白かったです。

 特に、このクラスには、となりの学校の校長の娘が、生徒にいて、よく母親さんから、「どんな授業をしているのか」と怒られていたそうですが、最後には、褒めて貰ったそうです。

 今から考えたら、時代もよかったのだと思います。

 また、そんな西山知洋教師に対して、天が味方したのは、翌年から、過疎の山の分校に行く話があった事です。

 そこで教師するなら、正式に教師に採用してくれるという話があって、西山知洋は、山の分校に行きました。

 そこでは、1年生、二人、二年生、4人といった程度で、事実上、西山知洋さんが、校長先生でした。

 自分の好きなことができたそうです。

 西山知洋さんは、山の分校にいた頃は、楽しい教師時代を過ごしていたのです。

 でもやがて、町の学校に戻ることになります。

 その頃から、学校も荒れだしました。

 60年代は、人間的交流、わきあいといったものがありましたが、70年代になるとなくなり、校内暴力、憎しみ、とげとげしいものになったそうです。

 それが、80年代では、登校拒否が出て、校長を刺す、生徒が刺されるといった事件も起きました。

 それまでは、恐喝、暴力、シンナー、ボンド、男女問題はあっても、殺人事件はなかったそうです。

 西山知洋さんは、そういった事件を、はっきりと覚えていて、具体的に話してくれました。

 新聞やテレビに、一つ事件が報道されることで、教育の現場で本当に大きな影響を与えること、自由の教育ができないようになるか、菊自身も、よく分かったのです。

 

                  ∞「内観」∞

 そんな時代になって、ASニイルの理想の教育、自由主義の教育ができなくなって、心の中で、苦しみ、悩んでいた、西山知洋先生を救ってくれたのが、「内観」だそうです。

 これは、正式には、内心の観察と言います。

 内心の内と、観察の観をとって、内観といいます。

 自己発見法、自分を知る技法だそうです。

 大和郡山にいた吉本伊信師、1919年から1988年に活躍された人が開発した方法で、今でもお弟子さんたちによって行われ、今は、全国で、道場があるそうです。

 何でも、浄土真宗の中にある、悟りを得る方法で、秘事だったそうですが、それを、一般の人でもできるようにしたそうです。

 浄土真宗では、飲まず、食わず、眠らない中でするそうですが、それを優しくして、宗教の枠を外して、今では、宗派も、宗教も超えて、されているというのです。

 西山知洋先生は、それを、ビデオ「内観療法」を見るというもので、映像を見せて説明してくれました。

 それは簡単に言えば、過去の自分を思い出す、過去、自分がしてきたことを見つめることから始まります。

 具体的にいえば、1、してもらったこと 2、して返したこと、3、迷惑をかけたことを、3つの観点から、母なら母に対しての自分を、小学校低学年から、3年〜5年で、区切って、具体的な事実を思い出します。

 例えば、中学校の学生なら、小学校一年生の時、二年生の時で思い出すことができても、大人になると難しいです。

 だから一年生から3年生、4年生から六年生というように、3年〜5年単位でするようです。

 ビデオでは、部屋の中に、廟のようなもので、小さな空間をつくり、その部屋に、早朝から夜まで、たった一人で入って貰って、3つの事を思い出して貰うそうです。

 それを1週間の間、道場で寝泊りするそうなのです。

 しかも、ここで重要なことは、思い出して貰う事は、両親が一番重要だという事です。

 それも父親よりも、生んでくれた母親が重要です。

 ですから内観でも、まずは母親から始め、父親、兄弟、親戚、親友、友人となるそうです。

 これには、菊は、松岡さんから、頂いた「鏡の法則」の本の内容を思い出して驚いてしまいました。

 何故なら、「鏡の法則」では、子供が、いじめられている事に悩んでいる母親が、登場します。

 母親は、子供が、友達から仲間はずれになっているのに気が付いていますが、子供が、その事を母親に相談してくれない事に、イラついていました。

 そんな時に、学歴がないと少しばかにしていたご主人から、剣道の先輩である経営コンサルタントを紹介され、電話で、いじめの相談する事になります。

 その時に、経営コンサルタントから、子供がいじめにあっている原因は、子供にあるのではなく、母親である自分にある、母親の心に原因があるといわれて反発します。

 そんな現実を作っているのは母親だ。

 何かを気づかせるため、映し出す為に、起きているといわれるのです。

 しかも、それは、母親の一番、大切な両親との関係にあると指摘されて、唖然としてしまいます。

 あなたが両親、特に、昔、自分に厳しかった父親に対して、今も反発していること、憎んでいる事が、原因で、いじめがおき、子供さんは、それをあなたに気づかせようとしている。

 そんな現実が、鏡の法則、宇宙の法則で、現実に起きているというのです。

 でも、母親は、最初は、そんな経営コンサルタントのいう事に反発していましたが、いじめは解決しないので、わらにもすがる思いで、経営コンサルタントのアドバイスに従います。

 過去、父親にしてもらったことや、恩を受けたことなどを、ノートに書き出し、最後には、父親に、電話口から、棒読みでいいので、感謝を述べるようになります。

 そのことで、母親が、無意識に、自分のお父さんにしていたことが解消されました。

 母親の心の中の原因が消えたのです。

 すると子供のいじめ、今まで子供をいじめていた友人も、子供さんを遊びに誘うようになり、母親に対しても、心を開くようになったそうです。

 簡単に、菊が説明したら、こんな話になりますが、今、菊の友人の精神世界の人達には、流行っているのです。

 菊は、西山知洋先生の話を、聞いて、どうしても「鏡の法則」の本を思い出しました。

 内観とは、鏡の法則でいっていること、それを実践でしていることだと思ったのです。

 しかもつい最近、菊の友人である人のお誘いで、聞いてきたペストというところでも、両親の大切さを聞きました。

 ペストでは、どんな親でも、どんな酷いことをする親でも、徹底的に感謝させられるそうです。

 今まで、育てて貰ったことは、本当にすごい恩があり、その事を認識して、感謝しないと何をやっても駄目だというのです。

 菊は、その事も思い出して、両親とのご縁の大切さ、絆の強さを改めて認識して、もう反省してしまったのです。

 また、そんな菊ですから、内観は経験していなくても、そのすばらしさ、十分に分かった気がしました。

 内観したことで、西山知洋さんには、鏡の法則と同じようなことが起きたと思うのです。

 というのも、内観とご縁を持った時の西山知洋先生は、大いに悩んでいました。 

 教育の現場で行き詰っていました。

 その動機、三つの壁が、1、問題生徒の指導に限界を感じた 2、教育組合の内部対立 3、自分の心の差別意識といったものですが、それを内観することで、本当の自分が見えてきたそうです。

 どうしようもないおそまつなばかな自分、周りからいっぱい愛を受けてきた自分が分かったというのです。

 内観が終った後、家に帰った西山知洋さんは、まず、妻に、両手をついてお詫びとお礼をしたり、胃潰瘍になるほど、悩んでいた問題児の生徒さんに対しても、その生徒が居たから、内観とご縁が持つことができたと、心から感謝する気持ちが生まれたそうです。

 それで、元気を取り戻した西山知洋先生は、道場での研修を終った後も、自宅で、起きたら、1時間、寝る前も、1時間、必ずするようになったそうです。

 その日、一日、誰かにしてもらったこと、して返したこと、迷惑をかけたことを、内観することで見つめたというのです。

 そうすると、妻は、あなたの態度が3ヶ月続いたら、私も内観、体験してみるといってくれたり、胸ぐらをつかんで、「お前が辞めたら卒業する」なんていっていた問題児との関係も、感謝して接することができたことで、改善したそうです。

 大きな効果があったのです。

 だから、早速、自分の妻や、生徒さんには、両親に了解を得て、内観を少し教えたそうです。

 子供達に、母親に、今日一日、してもらったこと して返したこと、迷惑をかけたことを、書かせるといううまい方法で、生徒に、毎日、ノートに書かせていたというのです。

 そうすると、ここでも効果が出たそうです。

 生徒の中でまとまりができて、内観に非常に関心を持ってくれる生徒も何人か現れたそうです。

 西山知洋先生は、そんな生徒さんは、自宅に呼んで、本格的に内観を体験させたら、クラスは、自然にまとまり、本当にすばらしい理想の学級ができたそうです。

 しかも、問題児なども、自分だけでなく、学校としても、内観法が話題になって、生徒が、内観の道場に送られるようになったのです。

 そこでも効果があったのです。

 しかし西山知洋先生は、そんな内観法でも、効果がないケースもあると教えてくれました。

 内観を指導してくれる人は、本来なら自分の考え、意見は言わず、内観させないといけないのですが、どうしても完璧でないので、自分の考えを押し付けてしまうケースもありますし、合わないこともあるみたいです。

 3割程度の人には駄目だと、正直に教えてくれました。

 今、西山知洋先生は、なわて内観研修所という内観道場を作って、内観を教えているそうですが、すべてを正直に話して、その上で、一度は内観をすることを勧めてくれました。

 菊自身も、鏡の法則の本で書いていることが、実践の場で体験できるのなら、ご縁かもっとあればしたいと思いました。

 内観すること、間違いなく、すばらしいと思ったのです。

 

       ∞「フリープレイスなわて遊学場」∞

 内観する事で、教員として元気が復活した西山知洋先生ですが、結局、それから四、五年後に、学校を辞めています。

 教員としては、内観に出会う前の、十五年間のチャランポランで、いいかげんな教師をしていた反省とお詫びのつもりで勤め、1981年に辞め、1098年に「フリープレイスなわて遊学場」を開設しているのです。

 たぶん、その当時の学校では、西山知洋先生が理想とする、ニイルの思想も、内観の方法も、できなかったのだと思います。

 しかし資金面から、なかなか「日本的なフリースクール」「フリープレイスなわて遊学場」はできませんでした。

 西山知洋先生は、運営の為に、夜は、廃品回収業をしています。

 待望の「フリープレイスなわて遊学場」ができても、経営的には苦労があって、ずっと続くことになります。

 1998年当時と言えば、まだ、不登校とか言った問題も、世間的に知られていない時期だったと思います。

 生徒さんも、なかなか来なかったのです。

 それに来たとしても、不登校の生徒です。

 たくさん引き受けられません。

 西山知洋先生は、そんな苦労話は、一切しませんでしたが、菊は、想像できました。

 菊には、できないと心から思ったのです。

 また、西山知洋先生は、引退するまでの13年間、遊学場で、仕事していますが、「ニイルの思想と内観の方法」を主軸に据えて、具体的に3つの方針を立てたそうです。

 それが、一番目が「体罰を始め一切の暴力は否定する」というものです。

 西山知洋先生は、どの学校でも最終的に大人である教師が力を持って抑える。

 もちろん体罰もありますし、校内暴力事件で警察に頼るのが現状だと教えてくれました。

 だけど、どこまでも「非暴力」でやりたいという思いがありました。

 だから、もし万が一子供に体罰、言葉による暴力もありますが、そういうことをやったら、辞職するくらいの気持ちで働いたそうです。

 次に二番目の方針ですが、それは「活動内容と方法は、子供とスタッフが対等の立場で話し合って決めていく」というものです。

 酒やタバコの悩みは、フリープレイスなわて遊学場でもあったそうですが、生徒とスタッフが、何度も話し合い、何度もルールが変更されたそうです。

 最終的には、こどもたちは、西山知洋先生達よりも、厳しい提案をして、いったん決まったルールは、厳格に守ったそうです。

 そして最後の3つ目の方針ですが、「活動への参加・不参加は自由である」というものです。

 これも、この自由が勘違いされて、わがままになって、フリースクール全体が、混乱することもあって、ミーティングが重ねられた結果、「但し、いったん決まった活動には迷惑を掛けないようにする」ということが付け加えられたそうです。

 たとえば、フリープレイスなわて遊学場は、1992年、開設した4年後、読売テレビで「フリースクールの子供達」という事で、取材を受けて、放送されたそうですが、テレビに出る、出ないも、皆で決め、一旦取材を受けることが決まったら、テレビに出る、出ないは、各自の意志で決められ、出ない人は、放送されないようにカットして貰ったそうです。

 その代わり、皆で協力して、見事に放送されたそうです。

 西山知洋先生は、そんなビデオを見せてくれて説明してくれたのです。

 見事に、ニイルが理想とした、理想の自由教育を実践しているのです。

 また、西山知洋先生は、匿名の名前で、生徒さんとの体験も、教えてくれました。

 たとえば、Sさんという女の子は、相当なストレスが溜まっていたのか、最初の一ヶ月は、お母さんと一緒に来ていたそうですが、一人に来るようになった日、二階の部屋に、西山知洋先生を連れて行き、いきなり殴る蹴るの暴行にでたそうです。

 しかもそれは翌日も続き、二週間と続き、いつも身体にあざがあったそうです。

 相当なストレス、今までの怒りが溜まっていたのです。

 それで、見かねた西山知洋先生の奥さんが、ボクシングのサンドバックを探して来て、それに「ともひろ」という西山先生の名前を書いて、叩いて貰いましたが、三日もすると、面白くないと言って、再び、暴行するようになったそうです。

 さすがに、この時は、西山知洋先生も困ってしまって、1ヵ月後、「Sちゃん、内観して、あなたの態度が変わったら、正式入会を認めます。でも変わらなかったら、止めて貰います」という条件を出したそうです。

 それで、内心はやっと行き場を見つけたことが分かっていたSちゃんは、しぶしぶ承諾して、内観したら、それが治ったそうです。

 しかもそれに感動した母親も、夏休みに一週間、研修所で実習したら、すばらしい内観の体験があったそうです。

 その後、Sちゃんは、いろいろありましたが、元気になり、推理短編小説を十遍も書いたり、絵を描いたりして、愛らしい顔つきの明るい女の子になったそうです。

 また、他にも、怒りっぽくて、他の子たちと一緒に遊べない子、T男くん(14)とか、ちっとも人と交わろうとせず、西山知洋先生が、飼っている犬や、猫としか交流できないK子ちゃん(10)

も内観で治ったそうです。

 特に、K子さんの場合は、母親が、一週間の研修を受けただけで、子供さんも変わったそうです。

 これにはびっくりです。

 鏡の法則と同じです。

 K子さんの現象をとおして、母親が何かを悟る必要があったのだと思います。

 研修後、母親が、反省して、子供の対応が変わったからだと西山知洋先生は、言いましたが、もうKちゃんが、動物とだけ、心を開く必要はなくなったのだと思いますが、内観を親がするだけで、子供が変わることは、よくあるそうです。

 ただ、それは子供が小学生ぐらいまでで、中学二年生になると、子供自身も、しっかり内観しないと、自己変革は難しいそうですし、本人の自覚、内観する動機、「自分の存在理由を追及したい」などがあって、熱心だと効果が大きいそうです。

 読売テレビでは、そんな内観をしている子供の体験談も放送していたのです。

 これには、菊自身、考えてしまったのです。

 また、そんなフリープレイスなわて遊学場では、毎日のミーティングの前に、三〜五分間、「内観の時間」を設けて、「昨日一日を振り返って、お母さんにしてもらったこと、してあげたことを思い出してもらい、発表しても貰うそうですし、一日の終わりに、「ふりかえりタイム」を設けて、全員参加で、「今日一日をふりかえって、1ありがとうのこと、2、ごめんなさいのことを、二つ思い出し、全員が、小さな紙切れに、一、二行書いて貰い、翌日のふりかえりタイムの冒頭に、司会者が、発表してもよいことを発表するそうです。

 菊は、そんな「フリープレイスなわて遊学場」すばらしいと、心から思いました。

 今、不登校、いじめの問題など、子供の問題は、深刻です。

 本当に悩んでいる子供さんを持っている親御さんは、是非「フリープレイスなわて遊学場」は、今でも、後継者の人達によって行われていると思うので、ご縁を持ったらいいと思いますし、西山知洋先生は、教育の現場は、体力的なことがあって、引退していても、内観はしています。

 今は、大阪の四条畷市で、なわて内観研修所を設立して、面接者として内観の指導や、子供の問題相談もしています。

 是非、ご縁を持って欲しいと思います。

 では、皆さん、縁の花第229号「子供を救う教育講演会」読んで頂いてありがとうございます。

 2007(平成19)16

 

追伸、子供を救う教育講演会では、質問の時間もたっぷり頂けました。

菊は、今の教育界の現状、お聞きしました。

安倍政権の教育改革、規制ばかりだと、ますます悪くなると思います。

また、菊は、子供さんが、自分の財布を取ることで悩んでいるある人のことを質問したら、あっさり内観されることを勧められました。

自分の小さい頃、自分も母親の財布からお金を盗んだ過去があったことなどを思い出したら、考え方が変わると言われました。

これには、菊自身も納得しました。

内観というもの面白いと思います。

        縁の花 トップページに戻る

        縁の花村 トップページに戻る