縁の花村マグマグ情報  

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  縁の花村マグマグ情報 第25号

2007年 3月23日

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信玄、山本勘助の本、紹介 野望  

 信玄、山本勘助に関しては、いろんな本が出ていますし、大河ドラマで、放送されたことで、今、本屋で、武田信玄や山本勘助、風林火山の本が並んでいます。
 皆さんも、本屋に行けば、何冊かみることができると思います。

 その中でも、有名なものは、この風林火山のドラマの原作になっている、井上靖さんが書いた風林火山です。しかし、菊は、実は、この原作は読んだことありません。正直言えば、もう何十年も経過している本なので、古い感じなので、読みたいとは思わないのです。

 でも三船敏郎が、山本勘助、信玄が、中村錦之助、上杉謙信が、石原裕次郎、佐久間良子が、諏訪の姫様、由布姫が演じた、風林火山の映画は、テレビやビデオで見ています。この映画は、大ヒットしました。あの当時、一番のヒットで、何十億円という売り上げをあげています。1969年に、三船プロが製作して、東宝で上映されているので、古い映画ですが、今でも見ることが可能です。是非、見られたらいいと思います。

 また、本としては、新田次郎の武田信玄全4冊、風林火山はいいですし、武田勝頼、全3冊もすばらしいです。菊は、この本で、武田信玄の存在を知り、大好きになったのです。
 これは、大河ドラマ「武田信玄」の原作になっていますが、是非、皆さんにお勧めしたいと思います。その上に、この原作は、漫画にもなっています。
 三国志の漫画でも有名な横山光輝の作品です。古本屋なら安く買えます。是非、読んで欲しいと思います。

 でも、もちろん、武田信玄や、山本勘助に関しては、菊が読んだこともない本や、知らない本もたくさんあると思います。山本勘助という名前でも、全何冊かという本も出ています。いい本があったら教えて欲しいと思います。

 それに、今は、本だけでなく、学研で作成されている歴史群像シリーズなどの資料もあります。詳しく書いているので、勉強になります。これを機会に、皆さんも、歴史とご縁をもって頂けたら幸せです。

 さて、菊は、そんな皆さんに、一冊だけ、いい小説を紹介して欲しいといわれたら、間違いなく、紹介したい本があります。それが、逆説の日本史という本を出していることでも有名な、井沢元彦さんが、書いた野望という本です。全4冊です。

 これは本当に見事です。菊が、読んだ本の中でも、本当に感動しました。この本の主人公は、信玄と勘助で、二人の関係を、弟子と師匠として描いていて、見事としかいいようがありませんし、いろんな新しい解釈が入っています。

 しかも原作者の井沢元彦さんは、歴史に詳しいですし、今の時代に関しても、評論できるすばらしい人です。菊は、この野望を読んで、この人は天才だと思いました。野望の本は、まだ若い頃に出していますが、こんな本を書ける人、世の中にいるのかと驚いたのです。

 今、この本は、風林火山のドラマが出た事もあって、やっと文庫本になって、本屋で出ています。大きい本では4冊だったものが、2冊になっています。値段は、980円、千円です。見事に、復活したのです。
 菊は、皆さんに、この本を読んで欲しいです。もし、菊が、プロデューサーなら、風林火山をドラマにするなら、間違いなく、原作にする本なのです。

 何故なら、特に、その中でも、最初の晴信と勘助の出会い、駆け引きも面白いです。二人で、天下を統一する話、ワクワクしました。山本勘助が、武田家の軍師として仕えたいと言ったときに、「当家には無用じゃ、当家には、すでに、日本一の軍師がいる。このわしじゃ」と言って、勘助を唖然とさせるシーン面白かったです。

 山本勘助が、そんな信玄に、「ではその軍師殿にお聞きします。軍師殿は、この武田家を今後、どうしていくおつもりですか」と尋ね、隣国を切り従えて、武田家を大きくしていくと答えた信玄に、「その程度とは、小さい、小さい」と笑って、京都に上洛して、天下を統一されなさい」と言って、信玄に、途方もないことを言う奴だと驚かせたシーン、正直、同じ物書きの端くれとして、やられたと思いました。見事としかいいようがないのです。

しかも小説を通して、だんだん軍師としての勘助が、信玄の師になっていく関係も面白いし、高坂弾正を、軍師としての後継者として育てていく話も、読む読者も思わず引き込ませます。きっと、信玄と山本勘助の関係は、単なる主君と家臣ではなく、こんな関係ではなかったのではないか。
 だったら、本当にすばらしいなあと思わせます。よかったら、皆さんも、ご縁があれば読んで下さいね。
 
野望
http://www.s-book.com/plsql/com2_detail?isbn=4396333277&jcode=

 

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 風林火山 大林勘助について

菊が知らなかったことに一つに、山本勘助が、昔、大林勘助と名乗っていたことがあります。これは、ドラマを知るまで、まったく知りませんでした。
菊がイメージしている勘助は、板垣信方の誘いで、甲斐に招かれて、晴信、信玄に会うまで、一切消息は不明です。

三河の牛窪に生まれ、今川家の家老、庵原忠胤に伝を頼って、何年も厄介になっていたことは知っていましたが、あくまでも過去は、詳しくは分かっていないと思っていたのです。たぶん、ずっと、そんな時代が続いていました。
少なくても、大河ドラマで、武田信玄が放送されていた頃、20年前までは、山本勘助の存在さえ認められていなかったのです。

 だから、風林火山のドラマで、あんなにはっきりと、小さい頃の勘助や、武者修業に行くまでの勘助の姿を描かれていることにはびっくりしました。
 正直、本当なのかと疑ったのです。

 でも菊の持っている資料で見ても、勘助が大林家の養子になっていたことは本当みたいです。勘助の場合は、伝説になっているので、どこまでが真実かは分かりませんが、山本勘助の生まれは、富士宮市山本になるそうです。駿河、富士山の近くなのです。
 しかも、お墓までも、甲斐の山本家にあるそうです。ずっとひっそり内緒で、山本家で守られていたのが、、近年発見されているのです。
 それが、山本勘助の存在を実証する大きな証拠になっているのです。

 また、父の名は、山本貞幸と言い、母親の名前は、大林入道の娘、安女で、三男二女に恵まれ、その末っ子が、源助が、勘助になります。
 というのも、源助が、後に、三河の牛窪の牧野家の家臣、大林勘左衛門貞次の養子になって、勘左衛門の勘の一字を貰って、大林勘助となっているのです。
 ここまで分かっているのです。菊は、本当に驚いてしまいましたが、きっと、武田家の御霊さん達の導きだと思います。

しかもその後も、少しは分かっています。20歳代で、武者修行に出掛けて、全国を回っていることは間違いないですし、ドラマにあったように、大林勘左衛門に、歳をとってからの実子が生まれたのも、本当みたいです。

 菊の資料では、武者修行の途中、35歳の時に、飄然と、大林家に戻って来て、実子が生まれていることを知って、養子の関係を解消して、山本に戻ったそうです。
山本勘助に関しては、実際の事はまだまだよく分からず、伝説になっている部分が多いので、よく分かっていないのが現実だと思いますが、それにしても、現在という時代はすごいと思います。隠されていた真実が、どんどん明るみになります。
勘助に関して、ここまで分かっているのかと、感心してしまったのです。

 だから風林火山のドラマでは、そういった伝説をうまく使って、物語を作っていますが、片目で、びっこの若者が、武者修行に行くはずがないので、ここは違うと思いますが、まったくの作り話ではないこと、皆さんにお伝えしたいと思います。

 そして菊が、ドラマの中で、一つ、これは御霊さんの訴え、知って欲しいと思ったのは、大林勘左衛門が、少年だった山本源助を養子にした時のシーンです。大林勘左衛門が、源助を養子にした理由は、分かりませんが、源助という少年の将来を見込んで上での話だと思います。将来、この源助は、名を成す人物だと見込んだと思うのです。

 それが、実子が生まれた為に、大林から山本になったので、大林家の名は残りませんでしたが、大林勘左衛門さんの御霊さんにとっては、それはとてもおしいと思います。
 あのまま、勘助が、大林であったら、山本勘助ではなく、大林勘助として、勘助の名は、天下に名をなしたと思います。この風林火山も、大林勘助として放送されていたと思うのです。
 菊は、大林家の御霊さんにとっては、それが残念で、残念で仕方ないと思うのです。
 それで、風林火山のドラマの中で、勘助に、「大林家の名を成さしめる為」とか、「これにてそれがし、大林の名をきっぱり捨てました。これからは、山本勘助、山本勘助の名を背負って生きていきます」と言わせたと何となく思うのです。
 是非、大林家の事も願いたいと思います。

 

風林火山第3話「摩利支天の妻」 守り役 板垣信方
 さて、平和で、平凡だけど、幸せな山本勘助とミツさんの新婚生活は置いておいて、第3話で、メインになるのは、武田信玄の若い頃です。
 実は、武田信玄、その当時は、元服する前で、太郎勝千代と名乗っていましたが、その頃の勝千代は、おおうつけとして有名でした。信玄といえば、優れた武芸に優れた優等生で、石橋を叩いても渡らないというイメージがありますが、それは違っていたのです。

 それは、第2話であった、鬼鹿毛事件という、勝千代が、父、信虎の秘蔵の名馬を欲しがって、信虎の怒りを勝ったからだといいます。信虎は、長男の勝千代よりも、次男の信繁を可愛がっていて、対立していたら、家督を信繁に譲る可能性がありました。

 だから信玄は、わざと、愚か者を演じていたといいます。馬からわざと落ちたり、和歌などに没頭したりして、怠惰な生活をしていたといいます。それで、信虎を安心させていたのです。

 しかし、ここで、菊が、皆さんに言いたいのは、そんなおおうつけといえば、もう一人の天才、織田信長の存在です。織田信長も、信玄とは、うつけぶりが違っても、大うつけとして有名でした。
 何しろ、父親の信秀がなくなった葬式で、において祭壇に抹香を投げつけるぐらいです。
 相当なものでした。

これには、信長なりに、大きな意味があったのでしょうが、信玄は、そこまで酷くなくても、おおうつけぶり発揮していました。武と文、やり方は違っても、おおうつけを演じたということは同じだったのです。

 だから、若い頃の信玄、晴信は、早くから、織田信長を警戒していたそうです。諸国を巡回しているお坊さんが、甲斐に来た時に、織田信長のうつけぶりの話を聞いた晴信は、坊さんの話に同意せず、かえって、信長を警戒したそうです。自分の若い頃と、比べて、織田信長がわざとうつけを演じていることが分かっていたのです。まさしく英雄は、英雄を知るだと思います。

 しかし、ここで菊が言いたいのは、そんな同じうつけでも、信玄と信長、一つだけ大きな違いがあったということです。それは、守役に対する対処の仕方です。
 
 というのも、この守役とは、藩主に代わって、藩主の子供を育てるお役、父親代わりになる役です。
 戦国時代、藩主は多忙です。戦もしなければならないし、家臣もまとめないといけません。とても子供を育てる余裕はありません。と言って、妻、女性に、戦国時代、大事な息子の教育を任せるわけにもいきません。特に、嫡男、信玄や信長などの跡継ぎになると特別です。

 それで信頼する重臣に、生まれてすぐ教育を任せるようになります。それで、信虎は、一番の重臣、板垣信方に、織田信長の父、信秀は、家臣の平手政秀を、織田信長の守役に、選びました。二人が、二人にとっては、父親代わりだったのです。

 でも、その対応は違いました。板垣信方も、平手政秀も、若い頃の信玄や信長の突然のうつけぶりに悩みます。自分が小さい頃から守役として教育した人物です。賢いことは分かっています。時期藩主としてふさわしいことも分かっています。

 なのに、何故、信玄にしろ、信長にしろ、うつけになったのか、その真意が分かりませんでした。ドラマ風林火山で、板垣信方、千葉真一が、晴信の母、大井婦人に、その真意を聞いたように、苦悩したこともあったと思うのです。守役として、晴信の気持ちが、わからない自分の力のなさも、痛感したのです。

 それで、ドラマでは、板垣信方は、今までしたこともなかった歌を、病欠ということで、習ってまで、晴信を諌めようとしました。信長の守役の平手政秀も、自分の死を覚悟で、諌めようとしたことは有名です。

 だけど、二人の反応は違いました。晴信は、その板垣信方の決意を理解して、板垣の話に耳を傾けます。守役の板垣信方を諫死させるわけにはいきません。板垣と晴信、二人の間では、うつけは必要なく、ますますの信頼が生まれたのです。

 でも、信長は、守役の平手政秀の諫言にも耳を貸しませんでした。信長にとって、守役の平手政秀は、自分の真意を理解してくれない愚か者だったのです。だから、結局、天文22年、平手政秀は、自らの死をもって信長の奇行を諌めようと切腹してしまいます。

しかし、この事は、後の信長に大きな影響を与えることになります。それが、どんな影響を与えたことになるかは分かりませんが、結局、家臣を信頼できず、使い捨ての駒としか見ることができなくなったのではないか。山本勘助のような軍師を持てなかった事に影響している気がします。
いえ、本能寺の変で死ぬことになったのも、家臣を大切にできなかった、この時の幼い体験が影響していたとさえ思うのです。


何故なら、これに信長は嘆き悲しみ、沢彦和尚を開山として政秀寺を建立し、政秀の霊を弔ったと言われているからです。但し、政秀の切腹は諫死ではなく、子息五郎右衛門と信長の確執のためともいわれているので、信長のうつけが、本当の原因かはわかりませんが、二人の守役の生きる道が違ったことは、間違いないからです。

そして菊は、軍配をあげるなら、晴信、板垣信方の関係にあげたいと思います。これから、二人に、どんな事があるかは、風林火山のドラマのお楽しみなので、秘密ですが、信玄と板垣信方の絆、守役の関係に、注目して欲しいと思います。
是非、これからの板垣信方さんに注目してあげて下さい。それにしても、千葉真一さん、名演技ですね。

 

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