縁の花村まぐまぐ情報  

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  縁の花村まぐまぐ情報 第98号 2007年 919

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板垣信方と甘利虎泰、二人の御霊

 第29話、逆襲で、板垣信方と甘利虎泰の御霊が、登場しました。実際に、霊として、一人は、晴信、もう一人は、信玄の母、大井夫人、お北様の前です。それぞれの背景にいて、これからずっと見守っているのだと思いますが、菊としては、実際に亡くなった人達が、御霊として出てくるシーンがあったことに驚きました。きっと、武田家の御霊の導きだと思いました。

 また、この中で、板垣信方の御霊が、ドラマの最後のシーンで、トンボの姿を借りて、晴信の前に現れ、「人は石垣、人は掘・・・・」を歌いながら、武田節を踊るシーンカッコよかったです。思わず、武田節かと感心してしまいました。守役として、最後まで、晴信を支えて亡くなった、板垣信方です。今後も、晴信が、困ったことがあったら、背景から、「若」と言って、励ましたことだと思います。

 しかし、もう一人の甘利虎泰が、何故、大井夫人のもとに、登場したのかは分からない人もいると思います。まるで、風林火山のドラマでは、二人は愛し合っているように描かれていて、真相はどうなのといった感じです。これには、菊自身も分からないのです。

 だけど、大井夫人が、信玄の父、信虎と結婚した時、甲斐国内は、統一されず、激しく争われていました。甲斐の国主、武田家といえども、下克上の波に飲まれて、甲斐国内の有力な一族や武将達と激しく争っていました。後に信虎の家臣になった小山田氏だけでなく、岩手、栗原、油川、板垣、曽根、駒井、甘利、今井、秋山、飯富、穴山、武川、教来石といった多くの武将が、時には、味方、時には、敵となって、激しく戦ったのです。

 そしてその中で、大井信達も、今川家の後ろ盾を得て、信虎に反旗を翻したものの、敗れて、人質として娘を差し出しています。信虎は、その娘を正室として向かえて、信玄、信繁、信廉の男、三人や、娘を産んでいるのです。

 だけど、もし、負けなかったら、大井夫人は、別なところに嫁に行っていたと思いますし、その中に、甘利虎泰が入っていた可能性も高いと思います。身分と言うもので考えたら、大井夫人が、結婚する話がある相手は、同じ、甲斐の一族、武将の可能性が高いからです。

 しかも、そんな話がなくても、甘利虎泰が、昔から、同じ武将の娘、大井夫人を知っていた可能性も高いですし、大井夫人も知っていた可能性があります。だから、甘利虎泰は、ずっと前から大井夫人を知っていて、密かに好いていたのかもしれません。大井夫人が、信虎の正室になってからも、信虎の使えながらも、大井夫人を心の中で愛していたのです。いえ、もしかしたら、二人は、ずっと相思相愛で好きあっていましたが、戦という時代の流れに流されて、添い遂げることが出来なかったのです。

 菊は、あのドラマのシーンを見てそう思いました。実際には分かりませんが、少なくても、大井夫人は、信玄を見事に育てたことでも分かるように、頭のいい、教養のある女性です。あの信虎が、勝利した後、無理やり正室にしたぐらいですから、なかなかの美人だったのかもしれないです。

 だから、菊自身、甘利虎泰の御霊が、晴信ではなく、心から愛している大井夫人の前に現れたこと分かる気がしますし、他にも、大井夫人を愛していた、武将達、たくさんいたかもしれないです。菊自身、もし、背景にツクとしたら、男の御屋形様よりも、愛していた女性について、応援すると思うのです。今は、そんな二人の御霊に、心から感謝したいと思います。

 

第30回「天下への道」 7月29日放送

 いよいよ、上杉謙信が、大河ドラマ、風林火山で、全面的に登場しました。信玄のライバルとして、立ちふさがることになるのです。

 また、信玄自身も、天下取りを、山本勘助に言われて、宣言します。「勘助わしには、もう迷いはない。天下を取り、都に孫子の旗を立て、仏法、王法を守り、天下の規範となる政を行いたい。それがわしの目指す道だ」信玄は、本気でそう思っていたと思います。

 しかし、信玄がいつの頃から、天下取りを目指したのかは、まだはっきりとは分かっていません。一説によれば、信長の上洛を見たときからだといわれていますし、足利義満から、信長を倒して、上洛するように、うながされた時だという説もありますが、菊自身としては、もっと早い時期だと思いたいです。それによって、信玄の天下取りの器量が決まります。

 武将の子として生まれたのですから、信虎を追放して、家督を継いだ時から思っていて、ドラマと同じように、塩尻峠の戦いで勝利して、信濃を獲得する目処がついて、自信を深めた時には、目指していたと思いたいのです。

 そしてそんな信玄の天下取りの最大の障害になったのが、上杉謙信の存在でした。天下取りの道は、上杉謙信によって、塞がれたのです。何故なら、歴史にもしはありませが、もし、上杉謙信という存在が、越後にいなかったら、信玄は、間違いなく天下を取れたと思います。

 というのも家督を継いだ天文十一年(1542年)から天文二十二年に(1553年)、村上義清を、北信から追放して、11年の年月をかけて、信濃の大半を領地にした信玄ですが、その後、越後に上杉謙信がいなかったら、二、三年、どんなに遅くても、四年から五年で領地化できたと思います。

 その当時の越後は、上杉謙信がいなかったら、まだ統一できていないはずですし、謙信の兄、長岡晴景は、病弱で、国内をまとめるとはできません。長岡晴景ではなく新たな国主が、登場していたとしても、甲斐、信濃で、およそ60万石を領地として持っている武田に対して、越後は、40万石で不利です。今川家、北条家との背後を固めていた信玄は、余裕を持って、越後と戦えたと思うのです。

 そして越後を、領地としたら、100万石の大名です。しかも、甲斐、信濃、越後という日本でも有数の強兵を動かすことができます。その後、北陸から、越中、能登、加賀と進む事もできますし、得策ではありませんが、駿河の今川と対決することもできます。

 また、そんな事をしている内に、永禄三年、(1560年)に今川義元が、桶狭間の戦いで、敗れたら、すぐに行動を起すこともできました。信濃を統一してから7年の年月があったら、信玄なら、越後だけでなく、越中も治めていた可能性がありますし、信濃の木曽を降伏させて、美濃に進行して、東美濃を治めていたと思います。

 その時に、今川義元の敵と言うことで、兵を尾張に向けたら、やっと、尾張を統一できたばかりの織田家では、信玄に勝てるはずはないです。領地で言えば、150万石、3倍の差があったら、織田信長が、歴史に登場することはなかったと思うのです。

 でも天は、そうさせませんでした。上杉謙信を、越後に誕生させました。もし、信玄や、山本勘助が、上杉謙信の力量を、早くに掴んでいて、北信の村上義清と妥協して、少し領土を残したまま、越後の侵略を諦めて、目を西、木曽を降伏させて、西を目指している今川義元と対立しても、美濃に向けていたら、面白かったと思いますが、そうはなりませんでした。

 信玄は、統一したはずの信濃で、川中島の第4回の戦いまでで、9年の年月をかけ、その後の西上野の戦いを含めると、14年の年月、上杉謙信に対して、注いでいます。その時には、もう気がついたら、信玄は、四十六歳になっていたのです。あまりにも、長い年月を、上杉謙信の為に、費やしてしまったのです。

 菊は、それが、残念です。上杉謙信がいなかったら、信玄公は、天下を取っていたと、今でも確信している多くの武田家の御霊と、その事を思いながら、酒でも飲みたいと思います。  

 

第31回「裏切りの城」 8月5日

 大河ドラマ、風林火山の主役は、武田信玄と山本勘助ですが、その次の主役といえば、間違いなく真田幸隆になると思います。

 また、この武田日記を読んで頂いている方や、縁の花の読者でも、真田家のファンはたくさんいますし、真田家の御霊も動いている感じです。前世、真田家とご縁があるという人達も、菊の前世の仲間の中にもいるのです。

 しかも、この真田家ですが、武田家が滅んだ後も、武田家の戦略、信玄公の軍略を継いでくれたのは、真田一族だと、菊は、心から感謝しています。何故なら、長篠の戦でなくなった、真田幸隆の後を継いだ真田信綱に代わって、真田家の当主となった、三男の昌幸は、小信玄と呼ばれて、信玄から直接、軍略を学んだといわれています。信玄の弟子でもあるのです。

 その上に、昌幸は、信玄公を終生敬っていて、武田家が滅んだ後、信玄公の墓を、領内に持ち込もうとしましたし、最後まで、武田家に尽くしてくれました。滅亡する運命だった武田勝頼を、岩櫃城で庇おうとしてくれました。信玄が、真田家にしてくれた恩を忘れていなかったのです。

 その上に、軍略家しても優れていて、徳川に、二度も戦って勝っていますし、領内を、見事に治めています。民衆と一緒に、暮らし、戦ったのです。まさしく信玄の思いを継いでくれた、跡継ぎは、真田昌幸であり、その息子の幸村です。きっと、武田家が滅びた後も、武田家の御霊達は、真田昌幸などの真田氏を応援していた気がしますし、主家を無くした真田家が、その後も、難しい難局を乗り越えて、江戸時代まで、真田家を繁栄できたのも、武田家の御霊のご加護もあった気がするのです。

 また、そんな真田幸隆は、忍者を使い、謀略の天才だったのも知られています。信玄が、大軍で囲んでも落とせなかった戸石城を見事に落としていますし、その後も西上野で活躍しています。ただ、そんな真田幸隆ですが、ドラマであったように、村上勢を、松尾城に引き込んで、討ち取ったのかどうかは分かりません。

 でも、真田家もまた、戦で、平蔵の父になった矢崎のように多くの兵を殺していることは間違いありません。真田家の戦いで、亡くなった多くの御霊のご冥福を祈りたいと思います。

 

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