三月十五日(月)発信 nO二八 石黒大圓

          (手書きと比べいかがですか?)       

  いつもありがとうございます。春の雪が舞ったと思ったら、例年より十日早く桜開花の予測。 暖かくなり、もう春です。

  今回の件でつくづく私は業が深い人間なのだと思い知らされました。 次から次とやって来る。      

しかしいつも助けられる。 その都度試されているのです。 次々与えないと目が覚めない人間なのです。 すべては内からの呼びかけと思います。

  

ラジオで『体はミステリー』という話がありました。 ある有名女性ミステリー作家に痛みが襲ってきた。 椅子にも座れないほどの激痛が一日中やってくる。 医者に診てもらっても体のどこも悪くない。 

自殺も考えたほど。最後に心療内科医の門を叩いた。 話を聞いて医者は「それは心からきている」という。 「そんな馬鹿な!」しかしだまされたと思いながらも断食療法をうけた。 半月間何もせず寝たきりで点滴のみの断食。 だがもっとひどい激痛がくる。 医者を罵倒していた。

  

しかし退院はせず我慢していると痛みが少しづつ薄れてきた。 椅子にも座れるようになって来た。 「これは何だ」。 医者は言う。 「忙しい忙しいと体と心をこき使ってきて、体が悲鳴をあげていたのに、あなたは長い間気がついてやれてなかったのです。 

だから体は気がついてほしい痛みをつくり出し続けていたのです。 全ては心の底からの叫び忠告なのです」。 体は推理小説以上にミステリーな存在、摩訶不思議なものだと知る。

  

病気は天からのメッセージと言われますが、人生にもいつも天からメッセージが来ていると思います。 それを私はいつも取りそこなって、これでもか、これでもかと来るのです。 彼女は主婦として人間としてあるべき道を歩んでいなかったと気づいた。 

この方は「クリエイティブ、イルネス」創造的病いといわれました。 この放送で、試練は人生を新しく創り変える機会を与えてくれるのだと改めて思いました。

  

滋賀県の山奥にある「ありがとう村」をご存知の方も多いと思います。 そこの「布袋さん」のような風情の村長、別名「ありがとうおじさん」のお話を聞こうと全国から人々がやって来ています。小林正観さんと村長との対談以降、全国にその存在が知られるようになったのです。

 

お二人とも「ありがとう」を唱えつづけることで人生を切り開くことができるといわれます。 「ありがとうございます」シールや雑誌「致知」の連載でこの方は全国的に有名になって来ました。残念ながら私はまだお会いできていませんが手元にこの方の『ありがとうカレンダー』があります。そのなかに村長の言葉が載っています。

 

  「自他の不幸・すべての苦しみの原因を、環境や他人のせいにしている間は、いつまでたっても本心の自分に戻ることはできないのです。一刻も早く本心の自分に戻りたければ、すべての責任は自分自身にあるのだと大きく認めることです」。

 

「本心のじぶんの「与えて与えて与え尽くす生き方」というのは他の全てを自分と観て一切の責任者・中心者として不可能に挑戦し、困難に戯れ苦労を楽しむ生き方なのです」。

 

3「『思う通りに成る』『言葉通りに成るのです。これは宇宙を貫く、厳然たる法則です。誰一人として、この法則の外にでることはできないのです。法則というものは、常に厳正かつ公平無私なのです。現在の自分の心境・運命・境遇というものは、過去の自分の言葉・思いの総決としてあらわれているのです」。 

 

昨夏以来、私は左派やキリスト教への悪口の言いたい放題だった。しかし義憤とは言え怒りの感情は人生に傷をつけると思った。天罰かな?。


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