八月十三日(金) 発信 nO六八 石黒大圓

Eメール ishiguro@a1.heysay.net

いつもありがとうございます。 本当に遅まきながらの「暑中お見舞い申し上げます」です。 皆様お元気ですか。 私は自炊料理で食あたりして体調不良でした。 しかし週末に岸和田の精神・神経科病院へ、釜が崎から入院している人たちを訪問しに行き、逆に気がシャッキとしました。 

ここはこの世の墓場です。 厳しい社会の動きに適応できなくて「命」を絶つ人がいる一方、 正常な「こころ」が断ち切られてしまう人。 そんな人々が集まるまるで動物園のおり。 悲しい現実です。 しかしこのような病院に入る人は厳しいこの世の現実についていけなかった「こころ」やさしい人々ではないか。 我々より高貴な魂の持ち主ではないかと思います。 抗精神剤の薬漬けとは言えすでに魂は天国に入っているのです。 詳しいことはまたいつか。 

ところでお盆はどこへお出かけですか。 私は墓参り以外は家にこもって決算の書類作りに精を出さねばなりません。 当然戦没者慰霊祭には行きますが。 我が家の新墓がある富雄の四天王寺霊園にも戦没者の慰霊塔がありました。 水子の供養像のそばにあったのに気がつかなかったというか、戦没遺族の方が参るものと言う気がしていました。 ほとんどの方がそうでしょう。  

この通信のおかげで慰霊塔に目を向けるようになり線香をそなえるようになりました。 犬死でも英霊でもいい、日本のために亡くなられた方々に感謝の意を表するのはすべての日本人として当たり前と思う。 私たちの血の一滴は多くの亡くなられた方々の汗と涙の結晶である。 その先人の労苦をしのび感謝する。 そして先祖との「いのち」の流れを感じる。 当然の子孫の勤めではないか。 そして今の日本から与えられている恵みの基礎を築いていただいた方々だ。 当然のこととして冥福を祈りたいと思います。 

左派は戦死者を犬死として見向きもしない。 中国へ、南方へ遺骨収集団を組織したこともないのではないか。 「死ねばゴミになる」「死んだら終わり」の唯物思想では慰霊も必要とは感じないだろう。 それは死者に対する冒涜ではないか。

中国のサッカーでの暴挙。 暴徒は日本人のバスを取り囲み、ホテルも包囲したという。 日本公使の車のガラスを破ったらしい。 スポーツの世界に政治をからませて、いつまで謝罪を要求する。 戦後の国際条約で賠償問題は解決している。 そのうえ膨大なODA政府援助は非公式な賠償の気持ちとして、宇宙船を打ち上げるほどにもなった金持ち国に今だに続けている。 

子々孫々まで日本人を謝りつづけさせないと彼らのプライドが許さないのだろう。 中華思想では自分たちが世界の中心でまわりはみな属国なのだ。 その属国に戦前支配されたことが彼らのプライドを傷つけたのだ。 プライドを保たないと民族として存立できないという、日本がかって歩んだ道「排外的民族主義」という狂気に落ち込んでいるのだ。 

同じことが韓国にもいえる。 古代に日本人の元の「倭」は韓国の南端にもいた。 しかし韓国人にとり「倭」とは(いやしい小人)の意味なのだ。 韓国は氏族・階級性の国だ。 出身地の血族(本貫)が一番の価値判断のもと。 自分の親類・血族をまず大事にする。 両班貴族を頂点にした階級性のなかで、日本人は最下級の血族よりまだ下。 奴隷並みの氏族。 その連中がかって韓国を支配したことが気に入らないのだ。 

以前にアジア・サッカーが韓国で行なわれた時も今回のような非常識なブーイングの混乱があり問題になった。 その頃天皇の韓国訪問に対して反対の声が上がっているときに、ある韓国人が言った。 「日本の天皇は日本へ渡来した韓国人のなかで在日として一番の成功者ではないか。 よろこんで迎えよう」と。 古代朝鮮人が天皇家を作ったと考えているのだ。 

また今の天皇も「私のなかには古代朝鮮の百済の王族の血も流れている」といわれた。 鬼の首をとったように韓国人は喜んだことだろう。

たしかに平安京に遷都した桓武天皇の生母は百済からの亡命王族の出身だからだ。 私の考えでは天皇も含め日本人の血の中には、朝鮮・中国・アイヌ・もっと古い日本原住民そして古代イスラエル人も含めた中東の人々の血も、多くの民族の血が混ざり合っている。 その中で朝鮮人の血が天皇のなかに流れていると主張して自分の優越性を一番と示したいのだ。 皮肉たっぷりの「在日の一番の成功者」とは恐れいる。 

戦前も今回の中国でのサッカーのような騒乱状態のなかで日本人居留民にたいする残虐な虐殺事件が頻発した。 そして日本の世論が怒り狂った。 そして日本国民は軍部の戦争を止めるどころか火をつけた。 今は逆に政府もマスコミも国民も抗議さえしない。 戦前とえらい違いだ。 

左派は何につけても「戦前への道」に進んでいると恐怖感を与えようとしているが、今は戦前とは全く異なる状況になっているとは見ない。 ただ「オオカミが来る。オオカミが来る」と叫んでいるだけ。 ウソも百回言ったら本当のように聞こえて、皆だまされる。 

あの混乱のなかで非武装中立思想の人が「話せばわかる」と皆の前で土下座して「武器はもっていません。 日本の過去を許してください」と謝っても吊るし上げになるだけ。 非武装など憎しみの前には無力である。 

日本の工事現場で「工事中につき申し訳ありません」と作業員が頭をさげている絵が看板に描かれている。 先に謝れば許してもらえると考える日本式の考え方だ。 「武器は持っていませんので許してください。 侵略しないでください」で許されると思っている。 外国人には理解できない日本的発想だ。 許しを請い謝れば自らの罪を認めることになり、逆に罰が加えられるのに。  

今回のサッカー事件でもし日本人が殺されていたら日本人もやっと気がつくのだろうか。 今も昔も中国は信用できないと。 日本人が数人殺されても「戦前の日本がやった虐殺に比べたらわずかだ」と中国の謝罪要求の声は止まらないだろう。 

なんでも戦時中の日本の非道を理由にして自分の悪を正当化する論理がいかに野蛮かは北朝鮮でわかっている。 拉致でもおなじ言葉が出た。 「北朝鮮は楽園」「朝鮮戦争は北がやったのではない」「北朝鮮が拉致などするわけがない」のウソが次々わかった。 今度は中国のウソが明るみに出る番だ。 NHKや朝日(北鮮・本)新聞は中国・北朝鮮のお先棒を担いでウソ報道を流して日本憎しの感情をばら撒いている。 

日本のマスコミは多くの日本人の心に自国への敵意を生ませている。 中・韓なら日本へはけ口をもとめて騒乱を起こせばよい。 日本人は自分と自分の国に敵意を持つとき、精神に不安定をきたす。 今の世の精神的な混乱は日本人が自分自身に敵意を持つようになったからだ。 自分と自分の国に誇りがもてない。 自分がよって立つところが見出せない。 日本の教育界・マスコミ界の自虐思想により日本は滅びつつある。

(「憎しみに報いるに憎しみをもってなす」もシンドイものです。 いいかげんに止めたいです)

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