九月十日(金) 発信 nO七六 石黒大圓

今回のテーマ 失われたものを数えるな/道は開かれる/妻子のこと/恨みと謝罪/赦し

 

失われたものを数えるな

いつもありがとうございます。 最近ラジオ深夜便で中途失明者の話がありました。 毎日予約録音して月曜日は炊き出しのおにぎり四十個をにぎりながら、またいつもは食事中に聞いています。   

昭和五十二年は「国際障害者年」。 その時のスローガンは「失われたものを数えるな。 残されたものを生かす工夫を」だったらしい。 最近歴史的なことを書いている私の通信と同じ主旨がこのスローガンの中で述べられています。

 

道は開かれる

  昔、次男を亡くした後、新規顧客開拓のため車で近隣をまわっていた時、道は開かれる(副題「悩みを解消する方法」)のテープを聴いていました。 D・カーネギーの書いたこの本はビジネスマンのバイブルとして一流の経営者から毎年必読本として推薦されている名著です。 

その本の朗読テープを車のなかで、いつも感動して涙を流しながら聴いていました。 読書よりテープや生の声はより大きな感動を与えてくれます。

 

「思いわずらうな。つまらない悩みが多いのだ」

「自分の不運や親しい人の死を天命として受けとめよ。 耐え忍べ」

こぼれたミルクをくやむな

「良い思いや良い心がまえが良い運命を生む。 人は心で考えている通りの人間になる」

「感謝の心。不足しているものを数えるな。 恵まれているものを数えよ」

「マイナスをどうプラスに変えられるか考えよ。心がまえを変える。 悪条件が成功の元」

人助けで忙しいので悩むひまがない。 どうしたら人を喜ばせられるか考えよ。 他人を喜ばせることに興味をもて」

祈り、信仰が心から来る病いを癒す。 人にしてほしいと思うことを、人にもそのようにしてあげなさい。 求めよ、さらば与えられん」

「悩みを追い出すためにはリラックスが大切」

  

この本は東西の具体的な体験談の中から集められた英知にあふれている。 またキリスト教の真髄にもふれている。 この本が教科書として世界中で読まれ、皆がこの真理を実践したら、世界はどんなにかすばらしい世の中に変わるか。

  このなかで今も記憶に残る内容

『つらい人生を歩んできた母子が生きるのに疲れてガス管を開ける。 「お母さんもう寝るの」という子を泣きながら抱きしめている母。 シューというガスの音。 薄れいく意識の中で、遠くのラジオから賛美歌の歌が聞こえた。 「あっ! 私は何をしているんだ」とガス管を閉じに飛び起きた。 苦しくともこの子たちとともに生きよう。 神はそれを教えるために讃美歌を聞かせてくださったのだ』

  

あの頃は次男の死をどう受け取ったらいいのか。 私はどう生きたらいいのかを求めていた。 自分自身が生きながら死んでいた

 

『真珠湾攻撃を受けた時ハワイの町に心臓が悪く一日中ベッドに伏せていた婦人がいた。 そのとき皆がパニックになっていた。 自分だけ呆然としてはいられない。 電話での情報交換所となるように依頼され情報を配信し、戦死した人々の未亡人を慰め、気の毒な人々を助けることに気をとられて、自分の心臓のことも自分自身のことも忘れていた。 それ以来彼女は一生、半病人としてベッドに伏せることもなく、自分のことや体のことで気を使って悩むこともなくなった』

現在の心境の元になったのはこの本の影響が心の底にあったのだと思います。

 

次男のこと

私の次男の最初の主治医は若い女医で、彼は彼女が大好きで慕っていた。 だが次に来たインターン上がりの若い主治医は最低だった。 休み明けは酒の匂いをただよわせ、処置も不器用で看護婦より下手だった。 こんな若造に死に行く我が子の命をまかせていいのかと私たちは思った。 

そしてこの男は器具の消毒をする液で次男の皮膚のキズの消毒をした。 次男は強烈な痛みで痙攣した。 末期の我が子に何故こんなつらい思いをさせるのか。 人間としての思いやりもないのか、と妻は泣いてナースセンターへも抗議したと聞いた。 

人の痛みを感じられる医師の養成が日本ではなされていない。  

 

妻のこと

また妻が胃がんを宣告され近くの病院で手術した。 まったく何もなかったかのような回復ぶりだった。 しかし「手術で取り残しがあった」と言われ十日後に再手術をされ胃を全摘された。  

その後はみじめにも体力は落ちこみ、別人のような病人そのものになってしまった。 自宅療養中には逆流性食道炎で苦しみ、修繕手術をした時に腸に転移発見、一年の命といわれた。 

再手術さえなかったなら、妻はガンを克服できていたかもしれない。 無念だった。

何故手術をしながら取り残しがないかどうか並行して検査してくれなかったのか。 そのような設備がないなら、何故転院を勧めてくれなかったのか。 優秀だが自信がありすぎたその主治医に妻は一抹の不安を以前からもらしていた。 

妻の死後その主治医を訪問し、このようなミスが二度とないように懇願した。 それにもかかわらず病院のカルテに妻死亡が転載されていなかったのか「奥さんはお元気ですか」との問診書類が後日に来た時には驚き怒った。

 妻も三度目の手術後の夢のなかで、この病院の前で病院に抗議するビラを撒いていたと言っていた。 しとやかな妻でもよほど無念でつらかったのだろう。

 

くどくどと家族の恨みつらみを書いてきて読まれた方に嫌な思いをさせてしまいました。 このような憎しみで医師や病院に当り散らし、医師家族の子々孫々、病院関係者すべてを何十年も呪い続ける人、謝罪を求め裁判をおこす人もいます。 しかし私にはそんなことはできない。 

もう「こぼれてしまったミルクは悔やまない」。 妻子の死は天命として受けいれる。 残された者がその人にできなかったことを代わりにする。 この世を憎しみや恨みの渦巻く世界から、慈悲と愛に満ちたすばらしい天国のような世界に築くように働く。 

天国に住む亡くなった人々は、下界の恨みと憎悪の声を聞いて「もういいよ。 傷つけ合わないで」と悲しむはずだから。 

 

恨みと憎悪

しかし恨みと憎悪の抗議の声を亡き人々の代わりだとして称して今だに発している人々がいる。 「日本人はアジアで殺された民衆の恨み、悲しみの声なき声を聞け」 「謝罪しろ」 「無残に殺された日本人民や他国人民の無念の思いを子々孫々まで記憶にとどめよ」 「それが生き残った者とその子孫の務めだ」。 

中・韓の愛国ナショナリズムに乗せられて百年にもさかのぼって祖国を恨みつづける日本人。 そのような行動で死んだ人々が浮かばれるのだろうか。 墓場の下へ行った共産主義者の怨霊に乗り移られた如き振る舞い。 それに聖職者・信仰者でさえ乗り移られている。

 キリストは十字架上で自分を殺そうとしている人々さえ赦された。 「神よ! あの人々をお赦しください。 彼らは何をしているのかわからないのです」。 

憎しみのあるところに愛を、傷あるところには赦しを・・」聖フランシスの祈りの言葉をかみしめてほしい。


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