11月5日(金)発信 bR88 石黒大圓

  Eメール ishiguro@a1.heysay.net

今回のテーマ 香田さん/風見鶏/ブッシュ再選/国民の責任/9.11/戦争のルール

 

クライン孝子さんからの情報

いつもありがとうございます。 先日メール通信の方にだけお送りしましたクライン孝子さんからの情報は古いので、現場が混乱するとの苦情が孝子さんに来ているようです。 

現地の今の情報を確認した上で送信すべきでしたが、混乱している時に電話で手数をかけては、と思い私もしなかったのも悪かったです。 余計なものが送られてきて仕分けに人手と時間がとられて全く無駄になることがあった、との話を聞きました。 

 

私のところにも女性ものの古着などが次々と送られてきます。 ミニコミ誌に載った私の女性野宿者についての古い記事を読んで送られてくるのです。 女性野宿者は500人に1人くらいで、めったに会わないので渡しようがないのですが。 

阪神大震災の経験から義援金が1番いいと言われます。 送料を払って物資を送るなら、その金そのものを送る方が粋に行くとの忠告をいただきました。 ありがとうございました。 また今回皆様にご迷惑をお掛けしたかもしれません。 申し訳ありませんでした。

 

香田さん

香田さんが殺害されました。 イラク入りの前にイスラエルに行っていて、スパイと疑われたのか、本人がクリスチャンなのでそのことが原因なのかもしれない。 ご冥福をお祈りします。  

今回、新聞は「自衛隊がいるからこんなことになった。 撤退しろ」とは言わない。 「テロリストの蛮行は許さない」と変化した。 「テロリストの気持ちもわかる」という論調だったのに。  

 

風見鶏

日本人の感情の風向きを見て、論説を変える日本の新聞の風見鶏気質は戦前も戦後も変わらない。 朝日も毎日も中立から左よりの人々の思想に合うように紙面作りをしている。 その人々が気に入らない情報は握りつぶしている。 紙面でご機嫌取りをしている。 

たとえば拉致問題は新聞報道ではなく家族の運動で世論が動いた。 とたんに世論に合わせるように今まで左派が好み、また正式名称だと強弁していた「朝鮮民主主義人民共和国」を、「北朝鮮」と書き変えた。 

 

戦前のマスコミは「勝った、勝った」と舞い上がっていた日本国民の論調に合わせて記事を書いていた。 政府や軍部の顔色ではなく、まず国民の顔色を見て新聞を発行していた。 

戦前に「今の勝った、勝ったのムードはおかしい」など書けば、暴徒に新聞社は襲われていた。 

戦後も「北朝鮮は楽園ではない」「北朝鮮が拉致をしている」「文革は毛沢東の権力奪取闘争だ」「ベトナム戦争は北の侵略だ」などと書けば、左翼の暴徒に襲われていた。 

また祝日に世界の常識として自国の国旗・日の丸を揚げれば右翼と今でも言われる。 日本人はそのときのマスコミや言論界や市井の大きな空気の流れに流されて、自分で調べず、自らの頭で考えず、そのうえ行動さえしない。

 

帰国子女が言う「日本では私の個性や人格が消し去られてしまうような気がする。 恐ろしい底なし沼のような所だ」と。 世間の空気に合わせる国民性、主体性のない民族性、個性的意見を尊重しない全体主義的民衆。 (しかしその一致団結しやすい国民性が明治以来の建国と経済発展を支えてきたのだが) 

教室や集会で回りの様子を見ながら手を上げる日本人。 まわりと違ったことをするのを遠慮する。 異物は排除しようとする。 「いじめ」も異物排除の例です。 そして変わったことを言う私も異物と思われている。 

日本国民のなかに「出る杭は打たれる」の風潮が今もある。 しかし今後、皆が日の丸を揚げるようになったら、揚げない人は非国民と言われる空気が支配するだろう。 このように風向きが変わったら一気に右へなれ!、左へなれ!となるのが我々です。 

 

日本人は政府・軍部にだまされていたと被害者のように言うが、だまされるような情報を望んで発行させ「勝った、勝った」と狂気・歓喜の時代を楽しんでいたのは国民自身だった。 

それが戦争が負け戦になりだして、自分たちに被害が及びだしたとたんに、政府・軍部にだまされた、と陰口を言い出した。 そのときには国家が滅びるかどうかという国家総動員体制になっていて後の祭り。 

暴徒に襲われてもいいと考えて、毅然と真実の報道をするマスコミが日本に育ってほしいと思う。

 

ブッシュ再選

ブッシュが勝ちました イラク戦争は「ブッシュの戦争」ではなくアメリカ人の大多数が承認した戦争になったのです。 

国民は政府と対立している。 国民はいつも政府の政策の犠牲者という古いマルクス主義の教条を信奉する人はこの選挙結果をどう説明するのでしょうか。 犠牲を払ってでもアメリカン・デモクラシーをイラクに教えるというのがアメリカ人の考え方。 

しかしこのイラク戦争はベトナムと同じ様相を呈してきた。 北ベトナムが南の民族解放戦線を組織したように、外国のアルカイダが前政権残党の抵抗勢力を支援している。 共産主義が国際テロ組織と変わっただけで、アメリカは外国勢力と代理戦争を戦わなくてはならなくなった。 

昔は共産主義という教条主義・政治宗教と戦うアメリカン・デモクラシーという教条主義・政治宗教。 今は聖戦をかかげるイスラム教条主義者と戦うアメリカ十字軍。 

インデアンと騎兵隊の戦いをアメリカは今もやっているのです。 アメリカ人の多くは世界のことなど詳しく知らない、やさしい田舎者です。 

 

国民の責任

しかしイラク戦争を継続するブッシュや共和党を選んだということは、アメリカ人の多くがブッシュの政策に賛成してその責任は国民が取るということです。 戦前の戦争の責任も今回のアメリカと同じで日本国民が取らなくてはならないのであって、軍部や天皇だけに責任がある、国民は無実だ、ではあまりにも身勝手と思う。 

そしてそのアメリカの力で中国・北朝鮮からの脅威から安全が確保されている日本は、親分・アメリカに協力しなくてはならない。 拉致された人々を救うためにもアメリカの力がいる。 

アメリカの核の傘から抜け出て、自国の安全を保障しようとするなら、中国・北朝鮮そしてアメリカ(一転、日本を仮想敵国と見なす)の核に対抗して日本も核兵器をもたなくてはならなくなる。 そのような危険な選択はしてはならないと思う。

 

9.11テロ

9.11テロはビンラディンがやったと白状した。 アメリカの自作自演だったと言っていた人はどう返答するのでしょうか? 本もたくさん出ていた。 自分に都合がいい事実を並びたてれば、自作自演と言いくるめられる。 

裁判の検事と弁護士のやり取りと同じです。 自分に都合の悪いことを隠して裁判をすれば有罪も無罪となる。 真理とは人間によって変えさせられる。

 

昔、大学の英語クラブに所属して「ディベート」なるものをやったことがあります。 「米(こめ)の食管制度の存続」について反対・賛成の立場から相手を論破するという経験をしたことがあります。 

自分の立場にとって都合の悪い事実は、知っていても相手から隠すことで勝つことができる。 裁判によって白黒の決着をつける風潮の欧米の趣向に合っている知的ゲームです。 

真実を隠したり証言者が偽証したりすることで、いくらでも真理はこちらの都合で書き換えられる。 今までの過去の歴史の真実はいつも勝者によって書き換えられた。 

 

勝者・中国が日本は虐殺ばかりしていたと言えば、歴史的な事実かどうか、現地調査もせずに「そうだ。 そうだ。」と声をあげる日本人がいる。 別の事実を調べればそうではないと証明されることもあるにもかかわらず。 

国民もマスコミも、大きな威嚇する声になびいてしまうのは戦前も戦後も同じです。 日本の本当の歴史がどんなものだったのか、マルクス主義歴史学者が書いた日本の教科書やマスコミの情報だけで判断しないでください。 

弁護士の立場からの情報も入れて考えてください。 たとえば書店に多く並んでいる「黄文雄さん」の本などが手軽です。 

 

ここで私の立場を言っておきますが、日本は中国を侵略したといわれるが、たまたま日本が強かったので中国本土奥深く日本軍が攻め込んでいった。 

しかし中華民国軍の方が強くて日本が負け戦を続けていたら、中国軍が朝鮮半島まで攻め込んでいた。 そして欧米の戦艦の支援も得て、日本へ上陸し日本を占領していたかもしれない。

その時には残虐行為も頻発して中国軍による戦争犯罪も各所で発生していただろう。 戦争とは善悪も正邪もない。 状況によっては被害者にも加害者にもなる。 侵略国にも被侵略国にもなる。

そして日本だけが残虐行為をやる国だと断定するのは歴史の真実からほど遠い先入観による。

その先入観を生んだのが「日本だけが悪い」と断罪した東京・極東軍事裁判である。

 

ある所で日本のことを話したらアメリカ人は戦争で日本人に殺されたことを怨みに思っている。 だから日の丸など恥ずかしくてアメリカへ持って行けないという人がいた。 何をかいわんやである。   

アメリカは広島・長崎に原爆を落とし、大都市爆撃で無垢の婦女子もろとも日本国民を百万人以上も殺している。 また軍用艦以外の一般船舶を攻撃することは国際法上禁止されているというルールがあるにもかかわらず、アメリカは日本の一般市民、婦女子を乗せた何百もの日本船舶を無差別に沈めていった。 

日本が戦争に勝っていたらアメリカこそ国際法上の軍事法廷に引きずり出して「人道上の罪」で処罰され、原爆投下や無差別攻撃を命令した罪で大統領以下軍人をA級戦犯として絞首刑に処していたはずだ。 このような残虐な戦争行為を行なったアメリカこそ自分に恥じるべきだ。   

 

戦争のルール

国際法で一般市民殺害は禁止されている。 戦争にもルールというものがある。 こう言ったら「あなたは戦争をゲームのように思っているのか」と非難された。 

しかし多くの戦争を体験してきた欧米では冷静に戦争でさえ法律で裁こうといた。 戦争を始める時もルールがあり、戦争中もルールがあり、終わってからもルールがある。 そして賠償と責任者処罰をして貸し借りなし。

恨みと復讐の繰り返しを除いて再発を防ごうとした。 反戦平和イデオロギストは戦争学を毛嫌いして学ぼうとせず、戦争による被害ばかりを説いて真実の戦争の歴史を自ら知ろうともしない。  

世界は憎しみを持ち続けて再び戦争が起きることのないようにルールを決めた。 戦争を何百年もやり続けた欧州に比べて、日本人はその感覚がうすいから「ルール」と聞いたら怒り出す。 

欧米人はルールによって「うらみ」を持ち越すことを止めてあっさり忘れる。 しかしこれに比べて日本人は「うらみ」を残して未だに右も左も、日本憎し、アメリカ憎し、で後の世代に「うらみ」を引き継がせようとしている。

自分の国の被害だけは強調するアメリカ人。 そしてそれに同調して日本の罪業をことさらあげつらう日本人。 日陰者の気分をいつまで持ち続けるつもりなのか。 

60年も前の戦争のことを未だに「うらみ」に思っている人間は異常だ。 日本の戦争犯罪を根掘り葉掘り調べている人がいるが「過去の歴史から学ぶ」といって結局は「日本憎し」の感情を高めているだけだ。

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