諸法無我
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「水口清一」40年間の東洋思想、人間の超意識、不思議現象の研究成果
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 仏教の三法印のひとつに「諸法無我」という教えがあります。

 他の二つは「諸行無常」と「涅槃寂静」です。この三法印が仏教の根幹を成す教えです。 

 仏教の教えに「諸法無我」という教えがあります。

宇宙根源の深い教えなのだが、日常生活の中で少し立ち止まって静かに洞察してみましょう。

 父母の存在がなければ自分はこの世に存在していない。これは当たり前ことですね。
当たり前のことが当たり前として深く認識されているでしょうか?

 また、あなたが存在しなければ、誰かも存在できない。逆の立場に立てば、誰かが存在しているからあなたも存在できるのです。

 それは、家族かもしれないし、会社かもしれないし、国家かもしれないし、人類社会かも知れません。


 今、私はある田舎町の小高い丘の上にある小さな喫茶店でこの原稿を書いています。

 空は夕焼けで真っ赤に染まり、窓から見える遠くの山々はシルエットのように黒い影を落としています。

このような美しい自然に護られながら自分は生きているのだなあ!とあらためて実感しているところです。

 ふと、我に返って店内に意識を戻すと、20歳前後の娘さん(店員さん)が優しい微笑を私に投げかけてくれました。

先ほとコーヒーを運んでくれた店員さんだ。心の中で何気なく「ありがとう」とつぶやいた。

 そうだ、このコーヒーはカウンターのマスターが入れてくれたんだ。

そして、誰かがこのお店にコーヒーを運んで来たに違いない。
このコーヒーはどこかの会社が製造し、そしてその向こうにコーヒー豆を栽培した人たち
がいる。そのコーヒー豆も太陽や大地や水という自然の恩恵を受けて栽培されたことで
しょう。


私の飲んでるコーヒーは大自然や多くの人の手を通して存在しているのだ。コーヒーだけ
ではなく、私が座ってる椅子もテーブルもカップも…そう考えると自分は何もしていない
ことに気づく…

「諸法無我」とは、こういう心境を言っているのでしょうか。

どのぐらい時間が過ぎたのでしょうか、窓の向こうの景色はもうすでに夕闇に消えていま
した。

「自分はじっとしていても万物は動いている」

時代は多くの人を飲み込みながら前に進んでいく、無我の自分に一体何ができるのでしょ
うか。

心が洗われた気持で店を後にした。空には綺麗な一番星が輝いていました。


★★編集後記★★

新聞の社会面は、信じれらないような事件が勃発していますね。

かけがえのない、たったひとつの命を、ムシャクシャしたからという理由だけで人を殺めてしまう。

ここまで来ると、教育とか道徳心、倫理観の範疇を遥かに超えて、人間が人間でなくなってしまっています。

こんな事件が続くと人間不信に陥り、お互いに疑心暗鬼になってしまいがちですね。

                                 ★ ★ ★



◎「未来をいかに読み解くか」新時代の発想とヒント
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