いのちの風 bS38―1
10月13日(木)発信 石黒大圓(だいえん)
今回のテーマ 交流分析/在宅ホスピス医根性/高杉晋作/生死を度外視/3つのほうび
いつもありがとうございます。 今回はすこし歴史や政治を離れて閑話休題。 この週末の3連休の間は超忙しかったのです。 朝から晩まで3日間出づめ。 いつも帰宅は夜11時ごろ。 8日土曜日は別記載の3つをこなし。 9日日曜日には神社清掃と「神州正氣の會」の例会の司会、夜は「右脳開発の極意伝授セミナー」とやらに出かけて、ブッち切れて「能書きたれてばかりで詐欺セミナーや」とまでは言わなかったが他の聴講者と共に抗議。帰りに通信仲間と一緒に食事して、今日のセミナーをさかなにして人生論で盛り上がり、それがその日の収穫となったのでした。
「大圓」という名前に変わったら自己主張が激しくなるから気をつけろと言われていました。 mixiのなかでも言論闘争をし始めていました。 性格を判定する交流分析(TA)のエゴグラムでも、今判定したら変化しているはず。 昔の私の性格判定では、心のなかにある5つの性格類型のうち「CP」という「厳しいけれど正義の味方のお父さん」としての評価が低く、「NP」という「暖かくやさしいけど、少し甘やかし気味のお母さん」の性格が高かった。 今はCPは高くなっているはず。「FC」という「自由奔放でワガママだけど創造力のある子供」ではなく、「AC」という「従順で協調性のある、少し引っ込み思案な子供」だった。 今FCも高くなっているはず。 踊り子体験でバカ殿的に変身する機会をもらったので。残りの「A」の「合理的な思考をする大人」は今も普通のはず。内的変化は体験や心も持ち方の変化によっても生じる。 また呼吸法やリラックス法などの修行によっても変わる。 私は全てを体験しました。
10日月曜日祝日には「大阪メチャハピー祭」へ行き知り合いの4つの踊り子連の写真を取り廻り、そして空手5段のユダヤのサムライ、コーヘン・イスラエル大使の講演会へ、夜は大阪駅前炊き出し。 3日間の「よくやりました」に対して最後に書きます3つのごほうびをいただいたのでした。以下はmixiに今週初めに書いた私の日記です。
幼な子の悲しむ如く世を見つめ
『8日土曜日夜11時半、ただいま帰宅。 疲れて帰りの車のなかで半時間以上も仮眠しまう。今日のお昼には枚方の病院に入院している南先生へのお見舞い。 9月22日に倒れて救急で病院へ。 左半身不随かと思ったけど、今日は元気に左足も少し動くし、左手の握手も強い。 もう大丈夫。 後はリハビリと食養生。 「この機会にダイエットやね」というと「そんなこと言うために来たのか」とすねた。 可愛い先生。
医者の不養生。 大きな肥った体をトドにようにベッドに横たえて、知人の女性にもらった黒ブタの可愛いぬいぐるみを抱いてゴロリンしゃん。 「叔父さんは母恋し人なんよ」と亡妻が言っていたが、実母を昔亡くしてから永遠の幼な子になっているかのよう。 それがまた可愛い。 だからファンも多い。 病室で、しゃべるわ、しゃべるわ、途中に見舞いに来たアメリカ在宅ホスピスへ昔、研修に行った元・女学生ともしゃべって、しゃべって1時間も長居。 「僕はね車椅子の医師奮戦記1、2、3・・と書くよ、またこの経験を在宅ホスピス紙芝居1、2、3・・にして学会で発表する。 この試練をムダにはしないよ」 在宅ホスピス医の根性をまた見せてもらった。
それから南先生の「在宅ホスピスあおぞら」を会場にした「大阪生と死を考える会」の遺族会例会に行った。 仏教紙芝居を病院や老人ホームに持って行って仏教伝道「お寺の出前」をされている大崎さんのお話。 ハーモニカの音色で前景気をつけて話が始まる。 内容はまたいつか。』
『夜は野宿者への衣類をもらいに車で豊中の2ヶ所へ行く。 大阪駅前でのおにぎり炊き出しの時にチラシを配っているが、それを見て自分の衣類の古いのを取りに来て、といわれて2人で取りに行く。 そして阪急インターナショナルホテル前のカトリック北野教会で月曜の昼におにぎりを作ってくれている信者のオバサンの家へ。 近所の人から集めた衣類などを車一杯もらって帰る。 そして駐車場に帰って来る間にショップ99で食料品の買出し。 それでもうバテた。 仮眠。 オートバイで帰宅。 猫がエサほしいと泣いている。 俺の方がエサほしいわい』
おもしろき死さえ生さえ眼中になし
『いつも15分の仮眠でゾンビが息を吹き返すので、大丈夫。 テンツクマンの映画のときに買ったTシャツの背中には「おもしろきこともなき世をおもしろく」とある。 高杉晋作の遺作の句。 晋作さんは「三千世界の烏を殺しぬしと朝寝がしてみたい」という都都逸を三味線引きながらよく唄っていたそうですね。
面白い。
「この世をば手毬と遊ぶ心なりけり」。 ギターを弾きながら、そんなことでも唄える男になってみたい。 しかし圧倒的な実力不足があるねん。 楽譜オンチやし。 残念。 来世でもう一度やり直そか。 明日もまたがんばるぞ。 日本のため大阪のため。 そして自分や亡き妻子のため。 南先生に習って中年奮闘記を書かねば。 それが日本救国活動となる。 それが私の癒し。 イヤシイね。 大げさやね』
『元治元年、巧山寺での高杉晋作の、生死をものともしない挙兵によって明治維新が決したと思っています。 晋作の死を覚悟のあの挙兵がなかったら明治政府は公武合体派の軟弱な政府になっていた。 あの晋作の行為に昔、身震いがしました。 今の「いのちを大切にしましょう、人権が大事です」といった柔な精神では日本は魂の復興はしない。「吉田松陰が晋作に教えた死生観」がyahooの検索で「高杉晋作」から出てきました。
「君は問う。 男子の死ぬべき所はどこかと。小生も昨年の冬投獄されて以来、そのことを考え続けて来たが、今ついに、死の一字について発見するところがあった。
死は好むものでもなく、また、憎むべきものでもない。世の中には、生きながら心の死んでいる者がいるかと思えば、その身は滅んでも魂の存する者もいる。 死して不朽の見込みあらば、いつ死んでもよし、生きて大業をなす見込みあらば、いつまでも生きたらよいのである。つまり小生の見るところでは、人間というものは、生死を度外視して、何かを成し遂げる心構えこそ大切なのだ。」
「巧山寺挙兵」および「吉田松陰が晋作に教えた死生観」
http://www2.nkansai.ne.jp/users/syura/kouzanji/kozanji.html#kouzanji
この言葉に身が震えます。 これこそが日本が明治維新の偉業を成し遂げ、戦後の驚異的な復興を可能にした日本精神です。 これを「いのちと出会う会」のテーマにします』
『長州藩討幕派が消滅の危機にあった時に撃って出たこの挙兵こそ高杉晋作の歴史上での最大の功績。 これをもって明治維新回天の偉業となす。 この挙兵が維新たらしめる原動力となり、公武合体の天皇・徳川・薩摩・諸大名の連合政府から薩長急進政府へと激変した。 当時は公武合体が新政府の本命だった。 それでは新日本は「船頭多くして船、陸を進む」の状態となり、西洋列強の餌食になっていた。 晋作のいのちを賭けた挙兵が日本を救ったと信じる。
いのちを惜しんでは大事はなし得ない。 法華経にいう「不自惜身命」の精神。 源義経も命を惜しんで合戦にのぞんだか。 大東亜戦争を戦った日本軍将兵の武勇にアジア諸民族が驚嘆の声をあげた。 その精神を今も持つ日本に誇りを持とう。 人間一人のいのちを賭けた働きが天下を変える! これが歴史に学ぶ人間のすごさだ。 この精神がこれからも日本を救っていく。 そのために今後も日本精神復興のための檄文を「いのちの風」や「いのちと出会う会」で飛ばしていきます』
同胞に今年も夢を配らんとす
『11日。 週末3日とも3つの用事でフル回転。 風呂に入るのも忘れていた。 夜遅く風呂に入ったら寝苦しいと思って、昨日の朝に入るつもりが時間がなかったのです。 10日祝日月曜の昨夜、大阪駅前炊き出しでうれしいことが3つありました。
その1。 以前からおかしい中年女性が時々炊き出し現場にきて、すみでタバコを吸って突っ立っていた。 まるで自縛霊みたい。 話もしたくない風情。 私たちの手伝いをしたという様子は感じられるが何か攻撃的。 手伝っていると思ったら、炊き出しのリーダーの1人と口論していたり。 結局彼女は精神を病んでいるらしいと知る。 昨晩は久しぶりに姿を見せて笑顔で皆に接して衣類を配る手伝いをしたり、掃除を自主的にしてくれていた。
以前に北野教会の聖書研究会に来て訳のわからないことを口走って、時々会合をドッチラケにした時もあったよう。 またこのリーダーの携帯に電話して「好きです」と告白したりして、ようわからん人物。 昨日聞いた話では彼女を教会関係者が面倒を見て、医者に紹介して薬を飲んでもらって正常になったとのこと。 医療保護でアパートにも入れてもらったという。
「えっー、薬で精神分裂が治るの?」とびっくり。 それにしても嬉しい。 1人の人生の将来に展望が見えた。 これから大阪駅前炊き出しや清掃の大きな戦力になってくれる。 精神を病んでいても、ここのことが気になって来てくれること自体がそもそも嬉しかったのだから』
『その2。 大阪駅前の炊き出し現場に立てている「この寒空に老人がダンボールのなかで震えています。 寝袋一個800円です。 皆様の心を形にしてください」という看板の前で男女2人が立ち止まって見入っていた。 声を掛けると中国人なまり。 驚いたことに、台湾人で大阪城のブルーテント村での炊き出しの支援をしているらしい。 色々私からほしいものを聞きだして、来週から仲間に働きかけて支援物資を提供してくれるという。 ありがたい。
また彼らはチベットで貧しい子供たちのために学校を建てる準備で鍬入れ式をしてきた所という。 台湾人がチベットに入ることに中共政府は嫌がらせしなかったかと聞くと、政治的に動いていないから大丈夫という返事。 感心する。 日本での貧民救済にカトリックなどや台湾人という外国人が率先して動いている。 日本国民は何をしているのか。 恥ずかしい。 外国からの支援で日本での貧民救済がなされているこの現状を国憂うる愛国者はどう考えるのか。 行政や左巻きが動く前に、日本人同胞の困窮を救おうと、慈悲の魂ある日本精神を発揮してほしいと思う。
その3。 阪急高架下で真っ黒になって座っていた野宿者2人が生きていた。 昨晩掃除をしていて発見。 涙が出そうになった。 大きな髪の房がカチカチになっているその内の1人は、お初天神の前で靴なしで座っていた、と知人に聞いていたところ。 もう1人は可愛らしいオランウータンの子供の髪の毛が伸びきったような状態。 汚れているが憎めない姿。
2人ともじっと座っているので炊き出し現場には来ていない。 道ゆく人が何がしかの食べ物や飲み物を置いて行ってあげるから、いのちを永らえているのです。 また気をつけて梅田に行く時には2人の所に寄ろう。 今年は来週あたりからカンパを募り、大阪駅前からまず寝袋配りを始めようと計画しています。 大阪駅前を先に済まして釜が崎や天王寺周辺を11月から始めます。 例年通りにまずは自腹を切って先に寝袋を買って行きます。 よろしくければカンパのご協力をいただければ幸いです』
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