いのちの風 bS51

1月12日(木)発信 石黒大圓(だいえん

 

        【Eメール・アドレス gytkm947@ybb.ne.jp

 

今回のテーマ 日本の夜明け/道端の神への奉仕/ザアカイ/やさしさ/四天王

 

いつもありがとうございます。 皆さま新年はいかがおすごしですか。 私はまた年賀状書きの年始となりました。 長男は神戸の湊川神社で年末年始と恒例のバイトをしていて今年も会えずじまい。 それでも年始から我が家のものが日本の神様にご奉仕する神事に仕えさせていただいていること、ありがたいと思います。 

 

来年は早めに年賀状書きを終えて、終夜列車でお伊勢参りをしましょう。 今年は今秋の靖国神社参拝が空前の人出であったように、復古調となっているのか、伊勢参拝も空前の人出だったとのこと。 これもうれしい限りです。

 

 

今年は皇紀2666年。 珍しくぞろ目です。 ユダヤ暦では5766年。 仏教暦では2550年。 イスラム暦では1426年。 民族・宗教によって独自の暦をもち誇りとしている。 日本では最低平成を使うべきでしょう。 しかしこれは天皇と関連する年号として拒否する連中がいる。 彼らがいる限り祖国に誇りに持てない国民ばかりになる。 平成18年が日本国にとり、よりよき年となることを切に祈ります。 

 

 

新年早々の深夜に、近くの氏子になっている坐摩神社へ初詣に行きました。 ビルの谷間にあるひなびた神社ですが、大阪で最古に近い、全国の渡辺氏の宗家にあたる由緒正しい神社です。 敷地には大阪府神社庁があります。 新年早々ここから「家に日の丸を掲げましょう」と、御堂筋を日の丸を掲げて歩く行進がスタートします。 

 

中年男女が自転で集団参拝に来ていました。 神社とお神酒のはしごをしているのか! 若者の集団も参っていました。 うれしいね。 多くの若者が都会の鄙びた神社にまで来てくれるとは。 なにか新しい日本の夜明けのような気がします。 映画「男たちの大和」が日本映画観客動員数の最速記録を破って上映館を増やしているとのこと。

 
  中共や韓国への反感が高まってきました。 政治に無関心な若者も日本のアイデンティティに目覚めつつある。 国家の危機に日本国民の遺伝子がONとなったのか。 OFFにさせていた連中の洗脳の化けの面がはがれたのか。 

家族のなかに重病人が出たら家族が結束する。 我が家もそうだった。 危機意識が高まる。 今の日本が重病状態であることに皆が気づき始めてきた。 中共や韓国が善意の隣人ではないことがやっとわかってきたのです。

 
神仏の足を捧げて奉仕する

 

先週の寝袋配りに関西テレビの取材の同行を依頼されました。 ここの女性テレビ・ディレクターへのメールにマスコミ批判を書いて、取材などどうでもいい、ような失礼な書き方をしたのに、来ると言ってきました。 ありがたいことです。 

路上で寝ている人々の悲惨な姿や、寝袋配りの意義が大阪の人に映像を通じて理解してもらえたら、本当に助かります。  彼女は應典院での「いのちと出会う会」50回記念の取材をしていただいた方です。 炊き出し参加の契機となったこの会が、ご縁とはより意義深いです。 

 

 

釜が崎の山王商店街に入ってすぐの所で寝ている人がいました。 この辺はまだ道もアーケードもきれいで明るく、こんな所で寝ている人を見たのは初めて。 つえが横にあり、どうも足が悪いらしい。 顔は傷つき、みにくい状態。 服は軽装で、うすよごれたジャンパーのみ。 

寝袋の使い方を知らないので、チャックを開けて体を持ち上げて中に入ってもらう。 靴下をはいていない! この寒風の吹くなかのこの姿に驚く。 小さなダンボールと毛布だけの粗末な寝床。 風呂に長い間入っていないのか異臭がする。  

  

この商店街の奥のいくつか場所をめぐって、ここでの寝袋配りを終わって戻ってきたら、さっきの彼が立っていた。 はだしで道路の横で用をたしていたよう。 足の指はゆがんで汚れ、哀れをもよおす。 

仲間が「誰か靴下を余分にはいていないか!」と叫ぶ。 「あ、そういや。 俺今日は2枚はいてるんや」と私。 立ったまま脱ぐ。 彼を抱きかかえて座らせて「これは裏起毛やから暖かいで」と履いてもらう。 その自分の姿に胸が熱くなりました。 

 

まるで路上で寝ているお釈迦さまかイエスさまに、私が地面にかしづき御奉仕しているような気がしました。 

 

すぐ横に臨在されし姿見よ

 

今週の日曜日に「キリストの幕屋」へ行きました。聖書講話はルカ福音者の「取税人ザアカイ」の話でした。 

徴税人のかしらで金持であった彼は、憎きローマ占領軍の手先であり、罪人である異教徒ローマ人と接触して汚らわしいと見なされていた。 しかし彼は神を求める人でした。 メシア・イエスが来られると知って、会いたいと熱望し雑踏の中から木に駆け登り、イエスと目が合った。 

その時点で彼の魂は宗教的回心で燃え上がっていた。 その心の炎がイエスには見えた。 イエスは「ザアカイよ、急いで下りて来なさい。 今日あなたの家に泊まることにしているから」。 

 

 

人々は驚いてつぶやいた。 イエスは予定まで変えて「罪人の家に入って客となった」と。 イエスに対して落胆した人もいただろう。 ザアカイは立って主に言った。 「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。 また、もし誰から不正な取立てをしていましたら、それを4倍にして返します」。

イエスは彼に言われた「きょう、救いがこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。 

                 

ザアカイは親しい友もなく人からは嫌われていたようです。 たとえこれまでの人生での歩みがめちゃめちゃであったとしても、もし彼が心を開いたなら、神はこれまでの彼の歩みのことは問われない。 自分がみじめだと気づいて、悔い改め、神を求める真剣な思いの者のところには神は来てくださる。 人生は必ずやりなおせる。 

 

たとえすぐに生活が変わらない人でも、心が変容した人は、人の悲しみを知り、心に人を思いやる気持ちが芽生え、きっと変えられていく。 どれだけ裕福で、どれだけ健康であっても、もし神仏がその心の内においでにならないなら、その人は失われている

 

 

ザアカイは神を求めているように見える。 しかし事実はすでに神が彼を探しておられたのです。 この人はダメだ、滅んでしまった心をもっていると思われている人にも、救いは来ています。 

 

ターミナルケアでも末期患者の元に宗教者が救いとろうと行く。 しかしその前にすでに神仏はその人の元に来られていて心の平安を与えようとされている、といわれます。 宗教者の役割はその人の中にすでにある、神仏からいただいた心を呼び覚ますこと。 

いつも私たちの頭上には神仏の愛と慈悲の救いのシャワーが降り注いでいます。 決して見捨てない、しっかりとお前をすくい取るぞ。 そのように天から願われ、四六時中その人は神仏から祈られているのだ、と思いました。  

 

やさしさは恵みなり神に感謝す

 

いつも夜中4時からのNHKラジオ深夜便「こころの時代」をラジカセで自動録音して時々朝から聞いています。 今月6日の早朝は言語学者で万葉集に造詣の深い中西進氏でした。 

 

彼が言うのに「やさしい」の語源は「やせる。 色々なつらい思いを持つ人や悲しいこと、世間の不条理に接するたびに身が細る思いがする、ということ。 そしてそのことに何もできない自分が恥ずかしいという思いになること、だと。 「やさしい」は恥ずかしいにも通ずると。


  中西氏は語られる。 ホームレスに「何がほしいか」と尋ねた調査によると、飯や家は何とかなる、それよりも、人から見られる視線だと。 こんな状況になって神も仏もないものかと、神仏からも無視されている。 そのうえ世間からもまた無視され、やさしいと思った子供にまで石を投げつけられる。 

その孤独感、疎外感が最大の彼らの苦しみ、つらさの原因なのだと、この番組を聞いてはっきりわかりました。

 

 

日本では「やさしさ」はつい「甘えさせる」と同意語とみなされ、野宿者に対する無視の態度となって現れています。 しかしそのような野宿者にも神仏は身が細る思いで見つめ続けておられ、何もできない自分を恥ずかしく思っておられると思うのです。 

靴下をあげた先の野宿者はおそらく障害で医療保護をしてもらい、アパート代や生活費ももらっているはず。 それが路上で寝る羽目になったのは、もらった金をいいかげんな使い方をしてアパートから追われたのでしょう。 このような罪人とでもいえる人がいるから野宿者は非難される。 

 

 

しかし私たちは目の前で溺れている人を高みから非難して見過ごす、というわけにはいかない。 そしてそのような人の元にも神仏は救いのシャワーを毎日流しておられて、見捨ててはおられない。 私たちの活動はその神仏の手足となって働くこと。 

たとえ小さな寝袋一つ靴下一つであってもその人の心が動いて、明日への希望と立ち上がる勇気が生まれたら、それはそばに神仏がおられる証拠と信じています。 いつか彼も神と目と目が合って、霊的回心が炎のように燃えさかる日がいつかきっと来ることを信じます。 

 

四天王國をば護り身を捨つる

 

大阪の四天王寺を建てられた聖徳太子は孤児、未亡人、病人、困窮者などの「貧しく小さくされた人々」を救済されました。 また聖徳太子ゆかりの法隆寺にある救世観音はまさにこの世を救わんがために来られた観音。 聖徳太子そのもの。 

 

またここの夢殿にある「玉虫の厨子」には、釈迦の前世であった薩タ王子が崖下の飢えた虎の親子を憐れみ、飛び込んでその身を捧げようとする姿が描かれた捨身飼虎図がある。 釈迦が前世に幾度となく人間、動物に生まれかわり善行を施した説話。 「大いなる菩薩心を発して他人を利益しようとするなら、衆生のために身命を捨てることなど難しいことではない」という意味である。  

 

聖徳太子の息子である山背大兄王が蘇我入鹿に襲撃され、法隆寺で太子の一族20数人とともに自決した事件があった。 山背大兄王は入鹿と戦えば必ず勝つと思ったが、自分ひとつの身ゆえに百姓を損なうことはしたくない、おのが身を捨てることで国が安定するならばと、一族と共に自決された。(645年)。 

血で血を争う古代の政争の時代。 仏教伝来して百年も経たないのに、このような崇高な思想の持ち主が日本にいたことは日本の歴史上空前絶後の驚きである。

      

そのことに日本国民として誇りを感じ、私の夢は「四天王」の1人となること、と祈願しました。 四天王寺の仏の守護神、四天王。 邪鬼を足元に踏みつけ遠くをにらんで敵を寄せ付けない。 仏法最初四天王寺を守護し、日本国を守り続ける誓いをされた聖徳太子。 

私も武の神、四天王となって反日外国邪鬼をにらみ続け、祖国の安泰と民の平安を祈ります。 私は神仏の敵、唯物思想を踏みつけ、祖国を崩壊から護るために国内邪鬼とも今年も戦う決意であります。 


            いのちの風通信  縁の花支縁サイト

            縁の花 トップサイトに戻る

            縁の花村 トップサイトに戻る