いのちの風 bS53

1月26日(木)発信 石黒大圓(だいえん

 

 Eメール・アドレス gytkm947@ybb.ne.jp

 

今回のテーマ スパイ防止法署名活動/行動右翼/宮内庁が改悪主導/側室による男系維持

 

 

いつもありがとうございます。 相変わらず私は忙しくしています。 「いのちと出会う会」の2月から4月分がやっと決まり、2月の船場五月会例会の講師も決めました。 そして来月には私の野宿者支援の話や個人的体験を話しさせていただく機会が2回あり「中央区民の集い」での踊りも待っています。 1月行く2月逃げる3月去る、と今年も過ごしそうです。

 

街に出て辻説法も國のため

 

先週の土曜日に高島屋入り口前で、拉致を2度と起させないようにスパイ防止法制定請願の署名活動をしました。 「日本戦後一新の会」の主催。 朝11時から1時まで。 保守系は勉強熱心ですが、身内の自己満足ばかりの活動では世の中は変わらない。 実践活動や街頭宣伝活動が圧倒的に不足しています。 これでは左巻きに負けます。 サヨクとのケンカになるかも知れないが、書を捨て街に打って出よう。 

 

ここころざしある者はドブに倒れて死んでもいい、畳の上で死ぬなんて考えるな、というようなことを吉田松陰先生がおっしゃったとか。 公に殉ずる者がいなくては明治維新もなしえなかった。 平成維新なくしては日本は解体されてしまう。

  

 

署名活動を終えて夕方帰ってきて体が冷え切って疲れて寝てしまいました。 酷寒のなかでは3時間以内が限界なのは炊き出しで経験積み。 しかし寒風が吹く高島屋の前で大声をあげて署名を呼びかけ続けました。 しかし声は枯れるわ、寒さでアゴはこわばってしまうわ、で時々声が詰まる。 「拉致被害を再び引き起こさせないように・・」「北朝鮮スパイから日本を護るために・・」「日本を救うために・・」「スパイ防止法請願署名にご協力お願いします!」 

 

大声を上げれば上げるほど興奮してしまい絶叫になって行きました。 リーダーもマイクロホンで声をかけ続けていました。 メンバーは女性3人男性4人でなかなか女性がうまく署名を勧めていました。 中年の人が特に関心をもってくれ、なかには関心をもってくれた若者のグループに女性がうまく声をかけて話しこんでいたりしました。 若者も最近は政治的関心が増えてきて頼もしい限りです。 

 

私のところに署名に来てくれたオバサンは「日本人はおとなしすぎる。 もっと声をあげないと」と励ましてくれてカンパも入れてくれました。 中年男女中心の会のバカちからを出しました。 なかなか道行く人々の反応はよかったです。 毎日このような活動をして誰かが街頭に出て動かないと国民は関心を示さない。 スパイ防止法と拉致の関係がピンと来ない。 街頭に出て声を上げ続けることが啓蒙運動になると思いました。 昔の仏教僧の辻説法と同じ。 我々は国家護持の布教活動しているようなものです。

   

憂国の情で寒さを吹き飛ばし

 

私たちの後の街頭宣伝の時間帯にやってきたのは黒服の行動右翼らしい団体15人ほど。 彼らもチラシまきと個人演説をし始めました。 街頭宣伝車でガナリたてる活動はかえって国民の反感を招き、間違いであったとの反省から地道に街頭で意見を述べる活動に変えたとのこと。 十五分ほどの交代で次々と若い黒服のメンバーが演説を続けていました。 よく勉強していて日本を憂う弁舌をとうとうとしゃべる態度には感心しました。 

 

私たちはまったくの素人。 彼らはプロでした。 そして彼らはスパイ防止法署名活動を過去にすましていて「あんたら、遅いで」というようなことを言いたげでした。この日公安調査庁の係官が監視に来ていました。 サヨクとのトラブルを防止するためもあるでしょうし、左翼や右翼の国家破壊活動防止のために尾行することある。 私たちの会も行動右翼と見なされていたよう。 スパイから国を守る活動をするのに我々の方がスパイされていたとは笑います。 参加者皆の顔写真が警察に保存されたことでしょう。

 


  森之宮にあるピースおおさかは戦争の悲惨さを後世に伝え、平和の尊さを訴えることを目的に設立されたものです。 しかし実際の運用は平和教育の名の下に「いかに日本は悪かったか」という反日宣伝の拠点となっています。 それも大阪の税金を何十億も使って。 昨日聞いた話では、昔そこでやっと保守系の講演会にこぎつけたのに、右翼の街宣車が来てガナり立てために、以後外部からの講演依頼を拒否することとなった。 行動右翼は共産党や創価学会と同じような破壊分子です。 宗教右翼もいて真面目な宗教改革派を脅すこともしている集団です。  
  

 

そして多くの行動右翼は意外に半島出身者と聞いています。 また戦前の共産党員はほとんどが半島出身者だったとのこと。 現状も同じでしょう。 そして創価学会のトップも半島出身との情報。 その幹部も同じようなもの。 彼らには戦前の日本への屈折した恨みがある。 フランスでは植民地からの移民が流入して、差別問題から暴動が起こって、社会混乱がこれからも続く。 過去の植民地主義からの復讐のようなものです。 しかし日本はまったく異なる。 それをうまく日本国民に説明しないと、フランスと同じで「過去に謝罪しろ」と北や韓国からの要求を当然と思ってしまう日本になってしまいます。 啓蒙運動をもっとすべきです。 幸い「嫌韓流」3部作などがヒットして若者中心に啓蒙がなされつつあります。 私も通信を通して啓蒙・思想宣伝戦を戦っていきます。

 

改悪を官僚あげてお膳たて

 

  皇室典範の改悪は、宮内庁から発していたと判明しました。 平成9年から宮内庁は皇室典範の研究会を行い「女系継承・長子優先」を容認する方針を検討していた。 それが今回の有識者会議へと発展してきたのです。 宮内庁は、皇室の伝統を守り、皇室や皇族を補佐する役所である。 にもかかわらず三笠宮寛仁親王殿下の憂慮も、皇族の意見をも宮内庁は無視している。 この謀略は小泉内閣以前の橋本内閣の時にすでに始まっていた。 小泉首相は宮内庁の結論をう呑みにして、日本歴史始まって以来最悪の伝統文化破壊の「改革」を行なおうとしている。

 

また平成13年からは「内閣法制局もが前面に出て、皇室典範の改正案の起草を始めたと報道されている。 内閣法制局とは、内閣提出の法案を作成する法務のプロ集団である、と同時に政府の憲法解釈や法律解釈を実質的に決めている、日本国政府の中枢・頭脳である。 宮内庁や内閣法制局の段階で既に皇室典範の改正は決まっており、「有識者会議」の設立以前にほぼ国会での審議を待つだけという状態だった。

 

 

また皇室典範有識者会議のメンバーは反日思想家の集まりです。 座長のY氏・元東大総長は東大学生の時に共産党の青年組織、民青書記局員で、逮捕暦もある。 今も共産党員シンパである可能性。 

宮内庁や内閣法制局での研究会に出て下準備をしていた座長代理の元・最高裁判所判事・S氏と前・内閣官房副長官・F氏。 

S氏は、反日教科書を作った家永三郎氏を教科書裁判で支持判決を下し、外国参政権付与に肯定的であり、自衛隊・米軍基地反対闘争に尽力してきた。 

F氏は、アジアへの謝罪を初めて表明し、以後土下座外交へと導いた「村山首相談話」を高く評価し、靖国神社代替追悼施設建設に積極的な人物。 

そしてまたメンバーの一人のS氏・近大法科大学長はジェンダーフリー推進派で有名。 

 

サヨク官僚がわざわざ選んだ皇室の伝統について素人の有識者会議。 彼らは新しい共産革命をめざすジェンダーフリー思想によって男女同権として女系容認へと導こうとしている。 そして最後は天皇制を廃止し共和制へと日本を解体しよういう謀略を画策しているのです。 

 

 

宮内庁ばかりでなく、政府一体となってサヨク官僚がこの問題を引き起こした重大性が見えてきます。 元・全共闘の過激派が官僚のなかに多くいる。 外務省、文部科学省、そしておそらく宮内庁に。 その連中が連携して日本国家解体をもくろんでいる。 また宮内庁には反日傾向があるクリスチャンが多いらしい。 彼らは政府の内部にまで侵食して皇室解体をもくろんでいます。 皇室典範問題も外務省あたりから宮内庁に入った元・全共闘過激派の連中の仕業と思われます。 宮内庁が皇統断絶にいたる資料を作り、有識者会議はその追認をしただけ。 30時間ほどの有識者会議で何の審議ができますか。 思慮の足りない小泉首相もそれを丸呑みして天皇制廃止に行くとの認識もなしに、専門家に丸投げして国会制定をもくろんでいる。 皇室を護るべき宮内庁が皇室解体をめざしている。 それこそ君側の奸です。


  先日聞いたところでは地元議員のいる議員会館や、首相官邸、内閣官房総務官室、自民党幹事長、自民党政調会長あてに抗議電話をしたり、改悪反対のFAXを大量に流して、恐怖におとしめる。 これはサヨクの常套手段で今まで震え上がらせてきたらしいが、それを我々愛国者がやる。 もうこれしかない。 3月国会上程し4、5月で決着がつく。 国会決議で改悪が決まったら小泉首相はテロに会うだろう。 2600年の悠久の日本歴史の伝統を汚し破壊した首相を愛国国民が黙っているはずがない。  


男系が途絶えぬことを祈るのみ

 

大阪の国民会館という保守系の講演会が行なわれる所から緊急の別冊として、田中卓氏著女帝・女系反対論に対する批判と私見―原則「有識者会議」報告に賛同し、政府案に要望するという小冊子が送られてきて、びっくりしました。

 

保守系の歴史家のなかにも女系天皇賛成論者がいるのです。 田中氏は雑誌「諸君」のなかで「祖国再建」の連載をされている保守系歴史学者の重鎮です。 また同じく保守系歴史学者の所功氏も皇位継承のあり方PHP新書のなかで母系天皇支持を表明されている。 また若い歴史学者・高森明勅氏も女系支持とのこと。

 
  田中氏の小冊子のなかにも宮内庁で皇室典範改正の議論が続けられていたとあった。 田中氏の本では過去の女帝がいかに立派だったかということばかり述べて、女性天皇を支持している。 しかし愛子さまが結婚されるべき相手が民間人なのかと、またそのお子さまが継がれて神武天皇との血統が途絶える危険性については何も述べられていない。 

今の議論の一番大事なところが抜けている。 しかし田中氏は旧宮家の復活は望まれているようだ。 結論は旧宮家の男子を天皇にして、その皇后に愛子さまをおとしめるのは不遜不敬であると言いたいのです。

 


  女系論者の議論を読むと。 過去の天皇のほぼ半分が側室の子供(庶出子)であった。 明治天皇も大正天皇も側室の子供であられた。 明治天皇の父・孝明天皇も側室の子供。 そして明治天皇は父・孝明天皇の側室の子供であり、明治天皇は生まれた男子の中で生き残ったただ1人の直系男子だった。 最近百年間では昭和天皇以外は側室の子息による男系天皇(庶系継承)でした。 

 

側室がなかったら皇族が断絶する危機は幕末、明治期にもあったのです。  しかし昭和天皇はその大事な側室制度を「鬼畜にも劣る」としてやめられた。 さらに旧宮家でも側室制度がないために、ここでも男子が産まれない可能性がある。 

 

そして故・三島由紀夫氏も女帝・女系論者だった。 そして36年も前の「改憲草案」には「天皇は国体である。 天皇は神勅を奉じて祭祀を司る。 皇位は世襲であって、その継承は男系子孫に限ることはない。」と書いている。 この時には皇太子さまも秋篠宮さまもお生まれになっていたのに、三島は将来を予見してこの提案をしていた。 しかし当時は誰も賛成せず、不敬だと非難され三島は孤立無援だった。 

 

 

皇族に嫁いだ女性は必ず男子を産まないと皇統断絶の責任をもたされる。 雅子さまの憂いもその辺にあるのでしょう。 たとえ旧宮家が復活し、養子制度が新たにできたとしても、男子が将来生まれ続けなくて、男系皇統は維持できない。 11の旧宮家の中、すでに7家が絶家、または男子の跡継ぎがいない状態に追いやられている。 側室の子息による庶系継承がなければ、男系主義はいつか行き詰まるほかない。 

 

この点から考えて、側室制度のない今の皇室制度で、将来も男系維持ができるのかという困難さを保守系の女性・女系天皇論者は考えているというのが結論のようです。 

 

 

しかしこの議論は末永くすべきで、今の国会で早急に結論を出して皇室典範改悪をする必要は全くない。 これからも政府や国会、地方の国の行く末を憂う議員と連携して、こころざしある者が国民啓蒙運動をしないといけないと信じます。 これからますます「皇室典範改悪阻止運動」が盛り上がります。 私はまだまだ国家護持のために街頭に出て働き、情報宣伝戦を戦いますよ

 

 

詳しくは、以下のサイトをご参照してください。 
日本の心を育むネットワーク(皇室典範改正は「宮内庁発」だ)
http://hagukumu.exblog.jp/2562319
三島由紀夫の女系天皇論について(鈴木邦男をぶっとばせ)

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/2207/2004/shuchou0816.html

 

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