縁の花

                (本物を目指して心と心のネットワーク)

                          第94号

                               時の分析

                              ∞「時間の流れ」∞

時というものがあります。

 紫陽花にしろ、皆さんにしろ、この一つの時間を共有して生きています。

 過去から現在へ、現在から未来へ、一つの「時間の流れ」の中で生きているのです。

 又この時間、時というものはすべての人に対して平等だとされています。

 1日を25時間過ごすという人はいません。

 どんなに金持ちだろうと貧乏人だと与えられている時間は一緒なのです。

 ですからあの世からこの世をみたら、共通の時間の中で、今回はどんな事を経験するか。

 どう意識を高め、どう人生を楽しむか、一種のゲームをやっている感覚で楽しんだらいいといいますし、紫陽花もそうやって過去も未来もなく、今を一番大切にして生きているつもりです。

 しかしこの時間というものは考えれば考える程不思議です。

 何故なら例えば地球です。

 地球は皆さんもご存じなように24時間と何々で寸分狂わずに、何億年もずっと回っています。

 これが毎回2、3分ずれるだけで、地球上には生物が住めないといわれていますが、絶対にそんな事は起こりませんし、それは心臓一つ取っても同じです。

 1時間に何回、心臓や脈拍が動くというのはある程度決まっています。

 それがおかしくなった時に生物は死んでしまうのです。

 だからある意味では生物は時間という存在に支配されているといえばいえます。

 時間というものを人間以外の存在、天というものがもし動かしているのなら、やはり紫陽花達はその存在の手の中にいるといえるのです。

 しかも時間には周期、波動があるといわれています。

 というのが、今、本物の世界で騒がれている60年周期とか100年周期と呼ばれているものです。

 これは縁の花で以前ちょっとだけ書いた事もありますが、経済でいえば60年ごとに経済恐慌が起こり、100年ごとに世界を覇権する覇権国が変わるといわれているものです。

 が、今話題になっているのはそんな周期よりももっと大きい800年周期と呼ばれているものです。

 この800年周期とは、日本の村山節博士が発見したもので西洋文明と東洋文明が800年ごとに変わりばんこに発展しているというものです。

 そしてそれによれば今の時代は、800年栄えた西洋文明が没落していき、東洋文明が栄えていくちょうど分岐点だといわれており、これに60年周期説や100年周期説を加えて考えていくと、次の時代は経済恐慌を経験した、西回りからみたら東洋の端にあるこの日本が覇権国になるといわれています。

 今日本に起こっているさまざまな問題は、そんな新しい日本が誕生する産みの苦しみといえるのです。

 ですから紫陽花は、人類の歴史も考えたら、この時間の周期にある意味では支配されていると思いますし、その周期を理解している人が、次の時代をリードできると思います。

 その人達が次の時代の勝者になれるのです。

 でもそんな周期も人間の人生に対してははっきりとは今まで分かりませんでした。

 植物の世界では桜が春に、菊が秋に花が咲くように、人間にもこの人は今運が付いて乗りまくっているとか、あの人は何をやっても運がないなあというように、人それぞれに咲く時期があるのですが、その因果関係。

 周期と呼ばれているものが分からなかったのです。

 しかし今、それが、誰が見ても簡単に分かるような時がやってきました。

 それが素質蘇生学ですし、紫陽花が仲間とこの素質蘇生学を世に広めようと思ったのは、人間の人生にもこの周期があるのですよという事を、一人でも多くの人に早く知らせてあげたいと思ったからです。

 それが多くの人の幸せづくりに役立つと紫陽花は確信しているのです。

 というのも改めていうまでもありませんが、この素質蘇生学の時は、本当にすごいです。

 大げさではなくて、紫陽花自身も素質蘇生学の時を知って目から鱗が何枚も落ちました。

 縁の花の読者である二人の人のおかげで、紫陽花の誕生した時から80歳までの周期を電子手帳から出して貰いましたが、それを知った時に紫陽花は救われた気がしたのです。

 

                    ∞「紫陽花の時の分析1過去」∞

 ですが、そんな事をいっても皆さんにはピーンと来ないと思うので、今から紫陽花の今までの人生を素質蘇生学の時でみれば、どうみえるか出してみたいと思います。

 その上で説明するので、まずは今までの紫陽花の35年の人生に少しお付き合いして下さい。

                紫陽花の人生の周期

  西暦    歳  ペース  年  好調度 体調度   

1962年  0歳  検討  検討年         昭和37年12月23日誕生           

1963年  1歳  検討  難問年

1964年  2歳  検討  消耗年

1965年  3歳  検討  離陸年

1966年  4歳  検討  トラブル年

1967年  5歳  難問  気楽年

1968年  6歳  難問  収益年         上条小学校入学

1969年  7歳  難問  友好年

1970年  8歳  難問  結実年

1971年  9歳  難問  変動年

1972年 10歳  難問  検討年

1973年 11歳  変動  難問年         ノストラダムスの大予言に興味

1974年 12歳  友好  消耗年         東陽中学校入学

1975年 13歳  友好  離陸年

1976年 14歳  友好  トラブル年

1977年 15歳  消耗  気楽年         大阪商業大学付属堺高校入学

1978年 16歳  消耗  収益年         いろんな世紀末の本を読み始める

1979年 17歳  消耗  友好年         (ケンシー・聖書予言)

1980年 18歳  消耗  結実年         大阪商業大学入学

1981年 19歳  消耗  変動年         

1982年 20歳  収益  検討年

1983年 21歳  トラブル  難問年      

1984年 22歳  消耗  消耗年                某タイヤ販売会社入社

1985年 23歳  消耗  離陸年           経済関係にも関心を持つ

1986年 24歳  消耗  トラブル年   

1987年 25歳  消耗  気楽年   株テラオカ(2月)・株IWF(9月)入社         

1988年 26歳  離陸  収益年      株デイリースポーツ広告社入社(4月)

1989年 27歳  離陸  友好年

1990年 28歳  離陸  結実年

1991年 29歳  離陸  変動年        MG構想参加 本物の世界を知る

1992年 30歳  消耗  検討年           6・17事件 デイリー広告社退社

1993年 31歳  消耗  難問年          現在の職場 清里研修知花先生の縁

1994年 32歳  離陸  消耗年          縁の花1号作成(10月)

1995年 33歳  離陸  離陸年        河内先生の縁 2月金沢初参加

1996年 34歳  離陸  トラブル年        素質蘇生学の縁(10月) 

1997年 35歳  トラブル  気楽年     

 さてこれが素質蘇生学からみた紫陽花の時ですが、たぶん素質蘇生学との縁がない人にはよく分からないと思います。

 でも「縁の花の読者」の中には、素質蘇生学のセミナーを受けてくれた人や素質蘇生学が縁で読者になってくれた人もいます。

 その人達なら「きっとうおー」というと思います。

 これで紫陽花の人生がある程度、今、成功しているか、成功していないか分かるのです。

 が、ではその紫陽花の今までの人生はどうなのかという事ですが、残念ながらあまりよくありません。

 というのもこの表の中で一番問題なのは3番目に書いているペースが一体何かという事です。

 何故ならもう一つの年というのは10個単位の年で順番に回っているので、すべての人が平等に回っており、その年にどんなペースと合わさるかで運勢が決まるからです。

 しかしこのペースが紫陽花の場合はっきりいって悲惨です。

 皆さんもみて頂ければ分かりますが、検討とか難問、消耗や離陸のオンパレードで、腹がたつ事に収益とか友好なんてすぐに終わってしまいます。

 しかもそんな好調ペースの時でも、年が消耗やトラブル、検討と重なるので結局よくはありません。

 こうして考えたら、詳しい事はコンピューターから数値を出してみない事には分かりませんが、紫陽花の35歳の人生の中で、好調な年が一度でも合ったのかといいたくなるぐらい悪いのです。

 ほんと嫌になります。

 ただ紫陽花がこんな事を書いたら、皆さんの中にはそれは成功していない理由を、素質蘇生学の時の責任にして逃げているじゃないか。

 もっと努力をしたり、実力を蓄えないといけなかったのに、それをしなかったいい訳に素質蘇生学を利用しているという人も出て来ると思います。

 だけど紫陽花はそれを否定するつもりはありません。

 紫陽花自身精一杯努力したとはいえないし、何をやっても上手にやれる人間ではないからです。

 そんな器用さは紫陽花にはありません。

 しかしそれでも紫陽花は、ずっと前から何か変だな。

 いろんな友人や多くの人と比べてみても運勢的に自分はよくないなあとは漠然と思っていました。

 これは本能的なもので、うまくは説明できないのですが、いくら努力してもフォローの風が吹かない気がしていたのです。

 でも紫陽花はその理由がやっと素質蘇生学との縁のおかげで分かりました。

 どおりで小学校から始まって、高校、大学でも、もう一つ心からエンジョイできた記憶がないはずだ。

 紫陽花は妙に納得できたのです。

 これ紫陽花の本音です。

 ですが、紫陽花が、素質蘇生学が本当にすごいと思ったのはそんな事ではありません。

 紫陽花がやっぱりびっくりしたのは1984年の時を知ってからです。

 というのも紫陽花はこの年、大学を卒業して、社会人として会社に就職しました。

 親の元を放れ、紫陽花の器量で人生を進み出したのです。

 だからこの時から紫陽花の人生ゲームが始まったのですが、正直いって紫陽花はスタートの時点で躓きました。

 これは決して愚痴でも悪口でもないのですが、入った某タイヤ販売会社の給料があまりにも低かったのです。

 ただそれも二部上場の会社の名前を信頼して、よく給料を確かめずに入社した紫陽花が悪かったのですが、紫陽花は入ってすぐにその事に気が付きました。

 まさしく素質蘇生学の時からみて、消耗ペースの消耗年というのは、人生の中でも一番最悪で (1・1)お金などはどんどん減っていく年なんですが、紫陽花はもろにその周期にぶつかってしまったのです。

 だけど紫陽花はそれでもしばらくは我慢していましたが、2年後の1986年のトラブル年には、我慢できなくなっていました。

 このトラブルの年とは何か焦りを覚えて、平静我慢できる事も我慢できなくなって、会社なんかも辞めるケースが多いのですが、今から考えたら紫陽花もこの年の6月頃から辞める決心をして、翌年の1月に、何も次の事を考えないまま辞めています。

 素質蘇生学の時は見事に当たっているのです。

 しかもその紫陽花の決断は正しいといえませんでした。

 というのも数字で示している好調度・体調度は、単にその年が好調だったり、体調がいいという事を示すのではなく、その年の直感力がどれぐらい有るかを指しますが、やはり消耗というのがペースで有る以上そんなによくありませんでした。

 次に就職したテラオカはノルマばりばりの営業会社でN遺伝子の紫陽花では体質的に合いませんでしたし、IWFという会社も、社長との相性がまったくよくなくて共に半年ぐらいで辞めているからです。

 ですから紫陽花が何とか安定したのは翌年の1988年からです。

 この年は素質蘇生学の時からみると、今まで努力してやってきた事の収益が取れる年で、10年単位の年でみれば、結実年と並ぶ最高の年です。

 紫陽花もこの収益年にデイリースポーツ広告社に入り、ここで人生の花を少し咲かせる事ができました。

 営業の仕事も順調でしたし、給料も世間並みにはありました。

 その上紫陽花は1991年、外に向かって拡大したくなる変動の年に、まさしく紫陽花の人生を大きく変えるMGとの縁を持つ事ができたのです。

 今から考えたらこの時期が、紫陽花にとって一番運が付いていたと思います。

 でもそんな紫陽花の人生も長くは続きませんでした。

 追い風の変動の年が終わって検討の年になった時、ペースも再び離陸から歓迎したくない消耗になり、その年の1992年、平成4年6月17日に後に紫陽花達MGクルーが、6・17事件と呼ぶものと出会いました。

 忘れもしません。ある目にみえない勢力のマスコミを使った誤報で、それまで飛ぶ鳥を落とす勢いだったMG構想は一気に崩壊の危機を迎えました。

 大試練の時を迎えるようになったのです。

 と同時に紫陽花自身もこの年の後半にデイリースポーツ広告社を辞め、MGが作ったNGO出版という会社に縁合って入る事になりました。

 この事に対しては今から考えたらいろんな事が重なってつくづく、デイリースポーツ広告社を辞めるようになっていたのかなと思いますが、MGとの縁を持ってから紫陽花自身急速に本物の世界に目覚め、今まではこんなものかと思っていた会社員としての生活に疑問を感じていた事も大きな理由で、一つの大きな決断をしたのです。

 しかしこの紫陽花の決断は大失敗でした。

 紫陽花やMGの予想よりも遥かに6・17事件の後遺症は大きく、MGは5年後の平成9年になっても,今だに紫陽花同様完全に立ち直れていません。

 鳴り物入りで創ったNGO出版社はすぐに発展的に解散し(平成5年)紫陽花は軌道に乗れたら復帰できるという約束で(もう諦めています)そこをやめているからです。

 ですからそれからの紫陽花は悲惨です。

 もしこの決断をする前に素質蘇生学と出会っていて,5年以上も厳しい向かい風が自分に訪れる事を事前に予測していたら,もっと慎重に判断して,こんな失敗をしなかったかもしれませんが,残念ながら紫陽花はそんな運命が待っているとは夢にも思っていませんでした。

 もろに厳しい向かい風,30歳代という年齢と不景気による就職難という現実が重なって,紫陽花は皆さんにとても自慢できる仕事を,現在もしている訳ではないからです。

 

                    ∞「紫陽花の時の分析2将来」∞

 ですが,その事もこのさいはっきりと皆さんに正直にいっておきます。

 というのは素質蘇生学でいうフィードバック型,何事も全体像,終着点を理解していないと前に進めない人達には,たぶん紫陽花が一体,何の仕事をして縁の花を書いているのか,ずっと気になっているはずです。

 それが分からないと無意識にでも紫陽花と一緒に進めないのであれば,紫陽花も困りますからいいますと,紫陽花は今,ある会社で働いています。

 ここでわずかだけどボーナスも,有休も貰っていますが,正社員ではなく,アルバイトよりも少し毛の生えた身分でがんばっています。

 こんな生活をもう考えたら4年近く続けているのです。

 だから恥ずかしい話,時間はたっぷりありますが,本当にお金がありません。

 特に去年までの3年間は悲惨で,皆さんも消耗ペースの難問年とか,離陸ペースの消耗年(1・1)を一度経験したらいいですが,よく縁の花をボランティアで書いて来れたと自分でもほとほと感心しています。

 きっと必要な分だけは天から与えられていたのでしょうが、それだけでなく独身だから続けられたと思います。

 ですからかっこ悪い話ですが,紫陽花は貧しいという経験を十分に今も味わっています。

 皆さんには恥ずかしくて、営業の仕事をしているサラリーマンといって済みませんでした。

 でも皆さんに紫陽花が是非知って欲しい事は,それでも紫陽花は、今はよかったと思っている事です。

 まさしく「私は幸せです」

 何故なら以前縁の花第65号,「生きがいの夜明け」の中で書いたように,人生とは生まれる前に,あの世で計画したあみだくじ形式になっているゲームです。

 しかも誕生日はその中でも,一番最初に自分自身の魂が選択するものです。

 だから素質蘇生学の時からいって,紫陽花がこの何年ずっと大変だったのも,紫陽花自身が計画した事だと思えば諦めもつきます。

 紫陽花は素質蘇生学のおかげで,その事が分かって救われた気がしたのです。

 と同時に,長年人にはいえない自分の悩みも解消しました。

 それは特に6・17事件以後の4年間,自分はやっぱり判断力がないのではないだろうか。

 それとも縁の花を書いている自分の生き方自体が間違っているのか。

 いやそもそも自分には運がないのではないか。

 こういった事は心の片隅にあっても,なかなか人にいえませんでしたが,それが素質蘇生学で紫陽花の人生の時を知った瞬間「そうか。紫陽花の35歳までの人生はまだ花が咲く時期ではなかったのか。これからぜっかく咲くように大器晩成型に計画していたのか」と分かって目から鱗が落ち、俄然「よし、一丁やってやるか」とやる気になったのです

 物凄く単純でしょう。

 又紫陽花はそう思えた時に,このつらい4年間の意味がはっきり分かった気がします。

 だって素質蘇生学のいう向かい風の難問年,1993年から始まって,94年消耗年,95年離陸年,96年トラブル年というのは決して悪い意味だけではなく,次に大きく人生の花を咲かせる為の準備の時期でもあります。

 よく,ソニーなんかでも景気が悪い時に開発していたCDや8ミリビデオなどが会社の業績を大きく伸ばしたというように,素質蘇生学の考えでは,つねに人間の人生はスパイラル上に発展しており,悪い年ほど,追い風になって上昇する時の芽を育てていたら,一気に飛躍できるとなっています。

 もしそうだったらこの4年間に縁あって出会った河内先生や素質蘇生学,または書き始めた縁の花やずっと続けているMG活動こそが,紫陽花をもうすぐ上昇させてくれる事になるからです。

 しかも考えてみればこれらの縁は,紫陽花が成功していたら出会えていたか分からないものばかりです。

 きっと縁の花でさえ,会社員としての仕事が忙しかったら書いていなかったと思いますし、河内先生や素質蘇生学の縁でも、今ほどは大切にしていなかったと思います。

 そう考えるとこれまでの事はつくづくすべて必要で、紫陽花自身が計画していた事だと納得できたのです。

 しかしそうはいってもただ納得できたらいいというものではありません。

 やはりこれからどうするかが大切ですし、紫陽花は今から一気に浮上するつもりです。

 お待たせしました。いよいよこれから紫陽花の大逆転サクセス物語が始まります。

 是非皆さんにも楽しみにしておいて欲しいと思います。

 というのも紫陽花にはもうすぐ追い風、ビックウエーブが迫っています。

 それが以前に皆さんにみせた事がありますが,紫陽花の来年の1998年の時です。

 この1998年は紫陽花にとってはこの5年間待ちに待った収益の年になります。

 追い風の始まりです。

 ただ残念な事にベースがトラブルなので、4年間続かないといけないものが、来年(5)と再来年(4)の2年間しか吹きませんが、この2年間が紫陽花にとっては勝負の年です。

 素質蘇生学でみたらこの2年間でどれだけ頑張れるかで、紫陽花の未来が決まる事になるのです。

 何故ならその時に浮上できなかったら、紫陽花は次の収益の年である2008年まで待たないといけないからです。

 だから紫陽花も必死ですが、確かに気楽年の今年の後半から(8月)紫陽花にフォローの風が吹き始めています。

 やっと運が向いて来たなあと思える事が出て来ましたが、まず縁の花や素質蘇生学はこの2年間で大きく羽ばたくようにしたいと考えています。

 そうすれば紫陽花の人生はずっと安泰なんです。

 というのも実は紫陽花は80歳までの紫陽花の周期を電子手帳から出して貰って、先程の表のようにして持っています。

 素質蘇生学ではこのように自分の一生涯の人生設定ができるのですが、それによれば紫陽花の後半は、前半とはまったく逆にいいベースが続きます。

 気持ちがいいのでちょっと自慢しますと、紫陽花の場合は97年から5年間トラブルで、その後離陸(1年)難問(1年)と続きますが、悪いのはここまで、後は収益(3年)、気楽(5年)、収益(1年)、結実(2年)、トラブル(2年)、収益(5年)、トラブル(2年)、友好(1年)、気楽(2年)、友好(5年)、気楽(2年)となり80歳までは安泰です。

 しかも2018年(56歳)は収益ベースの収益年といって最高の年があります。

 それを含めてどうやら紫陽花の人生は55歳から59歳までがピークになりますが、こういった事も事前に分かっているのです。

 ですから紫陽花は皆さんも、少しお金はかかるけど、是非みたらいいと思います。

 千円で3年間の時が、コンピューターから出して、数値とある程度起こる事を文章で知る事ができますし、ベースと年だけでいいというのなら、縁の花の読者に安く出してくれるように頼んであげます。

 そうすれば自分の一生涯の運勢が分かりますから、長期的な計画を組む事が可能になります。

 紫陽花はこれを知るだけでも、特に経営者の方なら3万円ぐらいの価値はあると思います。

 しかしそんな事をいっている紫陽花自身、実は2010年以後はあまり意味がないと思っています。

 だってもうすぐ地球自体は3次元から5次元へと次元上昇します。

 その時には何憶年と同じ軌道を回っていた地球の軌道が全く変わるので、たぶん素質蘇生学を持っている膨大なデータがまったく意味をなさなくなります。

 しかもその時には素質蘇生学のようなめんどくさいものを使わないでも、本物社会になっているので、テレパシーのようなものですべての人がコミュニケーションをとれるようになっています。

 素質蘇生学なんか必要のない素晴らしい時代が来るのです。

 早くそんな時代を皆さんと一緒に創りたいです。

 では皆さんこれで。・・・・

             平成9年9月13日

 

追伸、すべての年は必要ありませんが、1997年から2005年ぐらいの時は、物凄く大切になります。

 その時に果たして自分の運勢はどうなのかは、是非皆さんに知って欲しいと思います。

 又ちなみに紫陽花が皆さんの時を検証したかぎりでは、やはりこれから大きな使命を持っているのか、5とか4の人や結実ベースの人が多いです。

 これぐらいの間なら、そんなにお金もかかりませんので、是非参考にして欲しいし、悪い人は時のいい人に乗ったらいいので気にしないでいいです。

 ではこれで。・・・・・

 

 ご報告

 縁の花、第79号「素質分析」は、平成8年に書いています。

 もう10年ぐらい前になります。

 昔、素質蘇生学という呼び名ではない、○○○というものを学んでいたのです。

 それを今度、「なんでんかんでん村」の原裕一郎先生のおかげさまで、2005年(平成17年)5月20日に、名称を全部変更して、新たに誕生させる事にしました。

 いろいろあって、○○○との縁は離れていたのですが、原先生を通して、皆さんに素質蘇生学のデーターを出せる事になったからです。

 これで昔のように、皆さんの素質を分析して、アドバイスする事も可能になりました。

 本当に嬉しいです。

 是非、皆さんも、料金は必要ですが、分析して欲しい人は言って下さい。

 


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