縁の花

     (21世紀に咲く智恵の輪)  

            第255号

硫黄島は、生きるヒント-4

 

冷水一杯運動

硫黄島は、生きるヒント3

http://jp.youtube.com/watch?v=4hBUGxDmcik&feature=related

 

 

硫黄島から帰ってきた、青山繁晴さんは、

今度は、自分の考えが、正しいのか、どうか、確かめる為に、

翌日、硫黄島から生きて帰ることができた人で、

戦後、ずっと硫黄島に行っている、

ある一人の人に、会ってきたそうです。

 

 

というのも、日本の国は、

厚生省、外務省、防衛省は、

戦後、遺骨を回収しようとしている人達に、

飛行機を出したり、回収作業を認めるたり、することで、

少しは協力しても、殆ど何もしません。

実費で、お金は、出さないのです。

 

 

だから、青山繁晴さんが、会った

硫黄島から生き残った84歳のある男性も、

自分の負担で、硫黄島に入って、

遺骨を回収しているそうです。

それで、まだ、まだ、遺骨は、回収できませんし、

滑走路のようなところは、入れないので、

遺骨を回収する作業は、進んでいないのです。

 

 

でも、84歳の男性は、そんな事に、

大しても、一切、文句はいわないそうです。

それに対して、青山繁晴さんの話だと、

米国では、政府が、死んだアメリカの遺骨は、

全部、故郷の州に返すそうですし、

生き残った人達に対しては、

国費で、硫黄島にいけるようにしているそうです。

慰霊の為にです。

 

 

それで、青山繁晴さんが、その84歳の老人に、

その日本と米国の違いは、何ですか。

私達は、何故、硫黄島の英霊のことや、

硫黄島で戦った人達のことを、

忘れたのですか。

日本軍は、わるものだからですかと尋ねたら、

「そのとおりだよ。

俺たちのどこが悪者だよ。

あなた方を守る為に、

皆も、死んだんだ」

と熱く言ったそうです。

 

 

その時に、青山繁晴は、硫黄島は、

亡くなった英霊達でなく、

生き残った人達を、

今も苦しめていることを、知りました。

私自身も、真実を、日本の人に、

早く伝えないといけないと、

とても勉強になったのです。

 

 

また、そんな84歳の男性が、

次に言ったのは、一杯の水の話でした。

「青山繁晴さん、この60年間、

ずっと水のことだけ考えてきました」

と言ったのです。

それで、青山繁晴さんは、

英霊の気持ち、思いが分かったそうです。

 

 

それは、クリント・イーストウッド監督の、

「硫黄島の手紙」を見ても、

少しは分かると思いますが、

硫黄島には、本当に水がありません。

火山の島なので、地面に落ちた水は、

飲むことができないのです。

なので、ドラム缶などを、用意していて、

雨水がふるのを、待っていたそうなのです。

 

 

でも、そのドラム缶は、地下陣地に貯めていたら、

70度ですから、温度が、本当に熱くなっていて、

熱湯になっていたそうです。

硫黄島で、地下陣地を掘っていた兵士達は、

そんな熱水を飲みながら、

もう死ぬと分かっていたのに、

そこまで、苦労しても、

無駄だと分かっていたのに、

必死で、日本の子供や女性のために、

過酷な環境の中で、

地下に陣地を掘ってくれていたのです。

 

 

でも、そんな熱湯も、

84歳の男性の人の話によれば、

甘露のようにおいしかったそうです。

それで、死んだ兵士達には、唇のその水をつけてあげたら、

熱湯だから、唇が、腫れあがったそうですが、

それでも、つけずにはおれなかったそうです。

それが、硫黄島で亡くなった人達の、

一番の望みだということは、

同じ戦友だから、分かるのだと思います。

きっと、硫黄島で亡くなった英霊は、

それを望んだのだと思います。

 

 

 

だから、84歳の男性は、

生き残ったものとして、

硫黄島から帰っても、

毎朝と毎晩、この60年間、

冷たい水を、硫黄島の英霊達に、

供えてきたそうです。

硫黄島の英霊達に、

自分が、一体、何をしてあげられるか、

ずっと、考えた上で、

そのことを、ずっと続けてきたのです。

 

 

そしてその事は、青山繁晴さんにとっては、

いえ、私にとっても、

皆さんにとっても、

それでは、硫黄島の英霊達に、

自分が、何をさせて頂けることが、

できるかということに対しての、

大きな、大きな答えになりました。

 

 

その話に、感動した青山繁晴さんは、

冷たい一杯の水、運動を唱えたからです。

青山繁晴さんは、84歳の男性は、何も言いませんでしたが、

毎晩、一杯の冷たい水を汲んで、どこでもいいから、

南方の方向に供えて頂きたいと、涙ながら発言されたのです。

 

 

だって、それを、テレビなどを見た人がしていたら、

いつか、誰が、そんな事を言い始めたのか、分からない時期、

アンカーの番組で、そんなことを言ったという事も、

誰も忘れた頃に、

その一杯の水、運動は、少しずつ、普及して、

やがて、硫黄島の島にいる英霊達の遺骨を

取り戻せという、国民運動になって、

それが、実現したら、

今度は、南方の島々の遺骨を、

日本に返そうという運動になる。

青山繁晴さんは、そう確信を持っているからです。

その時に、我々は、失っていた大切な心を、

取り戻すことが、できるというのです。

きっと、天が、そう啓示してくれた、

硫黄島の英霊が、教えてくれたのだと思います。

 

 

 

だから私自身、その話を聞いて、感動しました。

今、毎晩、寝る前に、実施しています。

ただ、私が、済度のご縁のあるものとして、

一言だけ、皆さんに、助言させて頂きたいのは、

それは、南方に供えた冷たい水は、

最後は、必ず、硫黄島の英霊を意識して、

一緒に、一緒に、飲んで頂きたいということです。

 

 

何故なら、亡くなって、御霊になれば、

残念ながら、水は飲むことはできません。

よく映画のシーンであるように、

水を飲もうとしても、コップを掴むこともできませんし、

水を感じることもできません。

物質と霊体とは、合うことがないのです。

 

 

だから、硫黄島のような島で、

水を飲みたい、飲みたいと願って、

亡くなった御霊さん達は、その思いを、

60年間、果たすことはできません。

水を飲みたいという思いを、

消すことができないのです。

 

 

しかし、皆さんが、硫黄島の英霊を意識して、

チャンネルを合わせて、

今も、水が飲みたくても、

飲むことができない、硫黄島の英霊の為に、

自分が、代わりに、飲むことを言って、

一緒に、一緒に、飲んだら、

英霊は飲むことができます。

波動で、伝わることができるのです。

 

ですから、私は、供えるだけでなく、

最後は、一緒に、一緒に、飲んで欲しいと思いますし、

食べ物でも、供えるだけでなく、

最後は、食べて欲しいと思います。

そうすれば、御霊さんは、

初めて、飲むことも、食べることも、

できるのです。

 

 

それで、私は、是非、皆さんに、

実行して欲しいです。

皆さんが、実行してくれたら、

喉が、渇いている英霊は、

水を飲むことができると思うのです。

 

 

また、そうすれば、この冷水を、

英霊に奉げる運動は、ものすごく、

早く、普及すると確信しています。

きっと、水を飲んだことで、

やっと癒された硫黄島の英霊が、

感謝して、自分達英霊を、仲間を、

救う活動を、応援してくれるからです。

是非、この一杯の冷たい水を、

供える活動を一緒に広げていきましょう。

英霊達が、必ず、日本を救ってくれます。

よろしくお願いします。

では、皆さん、ここまで読んで頂いてありがとうございます。

2008年4月10日

 

縁の花第249号 「青山繁晴さんの硫黄島のお話」

縁の花第250号−1 「硫黄島は生きるヒント」-1」 「硫黄島の滑走路の真実」

縁の花第250号−2  「硫黄島は生きるヒント-2」 「硫黄島に残っている英霊の思い」 

縁の花第250号−3 「硫黄島は生きるヒント-3」 「英霊のご縁は、鏡の法則で考えましょう。」

縁の花第250号−4  「硫黄島は生きるヒント-4」 冷水一杯運動


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『この縁の花を読んで頂いている皆様へ

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2010年、12月23日〜26日

金沢済度の旅をした事で

俺は、2011年〜2012年12月23日

俺の50歳の誕生日で

フォトンベルトに突入するとか

マヤ歴の予言でも

人類が滅亡するかもしれないと言う日まで

俺は、死ぬ気で、済度をする決心をしました

 

と言うのも、俺は、1993年10月1日

18年前に、何故縁の花を書き始めたのか

この世で、皆さん、一人、一人と

何を約束したのか

全部、明快に分かったからです

 

しかも、長年探し求めていた

日本や世界、人類を救う方法も

その手段も分かりました

答えは、すべて縁の花の中

皆さんにあったのです

 

だから、俺は、それを

この2年間という短い期間の間に

皆さんに、伝えきるつもりです

皆さんの魂と、皆さんと一緒にツイテいる

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