第34回「真田の本懐」 8月26日 放送
真田幸隆が、長年の真田家の本懐を遂げました。信玄も落とせなかった戸石城を見事、落としました。それで本領、真田郷を回復しました。見事です。以後、真田家の名前は、関東で知れ渡ることになるのです。
また、その戸石城ですが、真田幸隆が落とせたのは、武田家の金、金山の力だと思われていました。信玄は、金山による、豊富なお金を、好きなだけ、真田幸隆に与えて、自由に使わせたといいます。それで難攻不落の戸石城は落ちたといわれています。真田幸隆と言う人物を見込んで、自由に手腕を発揮させた信玄公も、さすがにすごい名将なのです。
しかし、そんな戸石城攻略に、海野家の再興がからんでいたとは知りませんでした。これは、菊も知らない説です。今までは、真田幸隆が、戸石城を落とした後、信玄に薦めて、竜芳に海野家を継がせたと思われていたのです。
でも、戸石城の前に、信玄と幸隆の間で、そんな話が出来ていた可能性があります。海野家を再興させるということであれば、海野一族だった、真田家がまとまる可能性があったからです。それで、村上義清の元にいた海野の家臣も、まとまる可能性もあったからです。本当にうまいやり方です。お金で、動かすよりも、遥かにいいと思うのです。
それに、実際の歴史でも、幸隆の弟の常田隆永や、妹の忍芽が、真田幸隆に嫁いでいる河原隆正も、真田家に下っています。後に、真田家は、幸隆の元に、兄弟や親戚は団結して、戦国時代生き残っています。裏切りものは出なかったのです。
だけど恥ずかしながら、菊自身、海野家のことはしりませんでした。信玄の次男、目の見えない竜芳(海野二郎信親)が、海野家の再興を果たしたことはしりませんでした。不明を恥じるばかりです。
でも、信玄が、昔敵だった、海野家を復興する為に、盲目だった竜芳と、海野家の娘を嫁がせるなんていうすばらしいことをしたとは思います。きっと、武田家を憎んでいた海野家の御霊も、その信玄の行為には感謝したと思います。恨みを、忘れてくれたと思いたいのです。
しかも、武田家は、勝頼が天目山でなくなった後、竜芳は、法入明寺で自殺してなくなっていますが、その子息の武田信道は生き残り、いろんなことがありましたが、甲斐武田家嫡流の命脈を保ち続けてくれました。その子孫は、高家武田家となって、江戸時代も栄えたのです。
この信道の母親が、海野家の娘なのか、どうかは分かりませんが、海野家の娘だった可能性が大きいです。ということは、海野家の血も、武田家と同じで、残ったのです。本当にご縁とは、不思議だと思います。
また、武田家は、次男の竜芳と、七男の信清の系統で今も続いていますが、これは、心から感謝したいです。特に、その中でも、竜芳の系統は、竜芳が盲目だったから、織田家の激しい残党狩りを逃れたからだといわれていますが、信玄が、海野家に対して行った行為が、後に、武田家が存続する事になったのではないか。菊は、何となくそう思います。神仏が、海野を復興させた武田家に対して、今度は、武田家を、ずっと存続させてくれたのです。
「甲斐源氏 武田家は、天目山に滅びず」なのです。
人が生まれた時に、持っている性格や運勢が分かります。
これは、はっきり言って、すごいです。
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