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縁の花

      (魂が成長する正直な心と心のネットワーク誌)

              第161号

         ありがとうございます

∞「ありがとうございますの無限の無限の可能性」∞

 縁の花、2002年夏、157号「縁の決算報告」の中で、紹介した、究極の幸せになる方法「ありがとうございますサイクル」、皆さんは読んでくれましたか。

「ありがとうございますサイクル」に関する皆さんの感想は、どうでしょうか。

 皆さんの中で、「ありがとうございます」と心の中で、唱えてくれている人はいますか。

 紫陽花は、今、それを一人でも多くの人が、唱えているという、イメージで書いていますし、実際に「ありがとうございますサイクル」は好評です。

 たくさんの人に喜んで貰っているのです。

 しかも皆さんも、もうお気づきのように、縁の花は、2002年夏から「ありがとうございます」や「私は幸せ」、「愛しています」などの波動を届ける、心に咲くすてきな花になりました。

 今迄よりも、縁の花一つ大きく成長したのです。

また、紫陽花は、今、縁の花、第161号「ありがとうございます」を、本当に心から喜びで書いています。

 21世紀になってから、こんなすばらしいテーマを天から、頂けるなんて、つい最近まで、夢にも思いませんでした。

 「ありがとうございます」との縁は、紫陽花が、今迄、いろんなものと縁を持ってきた中でも、一番の縁だと手応えを感じています。

 そんなテーマを与えられて、物書きとして、久しぶりにワクワク・ドキドキしています。

 天に、心から、「ありがとうございます」と感謝したい気持ちで一杯なのです。

 というのも、ありがとうございますの言葉は、紫陽花が、長年求めていた、ノストラダムスのいう別なもの、日月神示の最後の一厘を生み出すキーポイントのような予感がします。

「縁の花」の一番のテーマである、本当の世界での縁結び、世の中に出ている、いろんな本当なものを一つにできるのではないかと想うのです。

何故なら天皇様「ありがとうございます」お水さん「ありがとうございます」笑顔さん「ありがとうございます」ご先祖様「ありがとうございます」太平洋戦争で亡くなった人達「ありがとうございます」武田信玄さん、織田信長さん「ありがとうございます」神様「ありがとうございます」天、「ありがとうございます」仏さん、キリストさん「ありがとうございます」守護霊さん「ありがとうございます」お魚さん「ありがとうございます」お肉さん「ありがとうございます」というように「ありがとうございます」がつけば、どんなものでも一つになれるからです。

「ありがとうございます」の言葉が、すべてを包み込んでしまうのです。

しかも、笑顔共和国や、「天皇の真実」、知花先生のグループや地球村、船井先生のグループや、いろんな宗教団体などの、日本にたくさんある本当の人達も、「ありがとうございます」と感謝を言い合う事でお互いの存在を認め合い、尊重できるのではないか。

紫陽花は、そんな予感さえしています。

今迄、いろんな本当のものが、一つになる事は、本当の世界の人なら、誰もが夢として持っていても、それぞれの、組織の人達の想いが邪魔をして、とても不可能だったのですが、「ありがとうございます」という言葉を、すべての人が認め、心の中で唱えたら、可能ではないか。

紫陽花は、そう信じているのです。

何故なら最初は自分達が大切にしているもの、阿弥陀如来でも日蓮さんでも、仏やキリスト、波動や天皇様でもいいので、○○さん「ありがとうございます」と唱えているだけでも、紫陽花は、やがて、「ありがとうございます」の力で、それが一つになる気がするからです。

最後には、日本の国や世界の国が、民族の垣根を越えて、「ありがとうございます」「サンキュー」と言い合う事で、人類が一つになれて、世界が平和で、争いもなく、誰もが無限の無限の幸せな、この世の楽園ができるのではないか。

紫陽花は、そう想うと、本当に「私はしあわせ」になれますし、人類の未来に対して、始めて希望を持てました。(こんな事は初めてです)

少なくても、紫陽花の頭の中では十分可能です。

だって五井昌久先生が、「世界人類が平和でありますように」という祈りの言葉を、世界中に、それぞれの民族の言葉、英語なら「MAY PEACE PREVAIL ON EARTH」という言葉を使って、普及させたように、「ありがとうございます」という言葉も、最初は、英語の「サンキュー」やフランス語など、各国の感謝の言葉を使って普及させたらいいからです。

紫陽花は、いろんな本当の人達が、一致協力して、やる気になったら、簡単だと想います。

天、神様は、そんなすごい切り札、究極の神様を、21世紀になるまで、よく隠していたな。

 正直いって「ありがとうございます」の言葉に、そんな力がある事に、今迄、全然気がつかなかった自分に対しては、迂闊だったなあと想いますが、今は、天の粋な計らいに、本当に感謝しています。

「ありがとうございます」という言葉を、日本だけでなく、世界人類や、大宇宙、大霊界にまで、広げるお手伝いを、多くの仲間と一緒に、紫陽花もさせて頂ける。

 縁の花を通して、そんなすごい事をさせて頂ける。

「ありがとうございます」「ありがとうございます」天・神様「こんな未熟な紫陽花を使って頂いてありがとうございます」なのです。

 

        ∞「紫陽花とありがとうございますとの縁」∞

「ありがとうございます」という言葉に、本当にすごい力がある事に、最初に発見したのは、紫陽花の知るかぎりでは、小林正観さんです。

 正式には、小林正観さんの場合は、「ありがとうございます」ではなく「ありがとう」ですが、その言葉に不思議な力がある事に気が付き、本や講演会で、「ありがとう」と、とにかく意味は分からなくてもいいから唱える事を勧めました。

 唱えたら、原理は分からなくても、どんどんいい事が起きて、しあわせになる、小林正観さんは、多くの縁ある人に、そう勧め、この事は、本当の世界では、全国であっという間に普及しました。

 本当の世界と縁を持っている人なら、大抵の人なら、小林正観さんの名前を一度は聞いた事があると想います。

 しかし恥ずかしながら、紫陽花は、そんな小林正観と縁を正式に持てませんでした。

 小林正観の講演の案内は、「縁の花」の読者の石黒さんやいろんな人から、毎月のように頂いていたのですが、紫陽花はとうとう行けませんでした。(つい最近いってきました)

 ちょうど小林正観さんが、活躍した頃から、お金さんとの縁が無くなってきましたし、紫陽花自身、積極的に何でも興味あるものに縁を持っていた段階ではなくなっていたからです。

 だから紫陽花は、小林正観さんの名前は何回も聞いていたけど、縁を持ちたいとは想いませんでした。

 誰かに誘われた事もありませんでした。

今から考えても、まだ、小林正観さんと縁を持つ時期ではなかったのだと想うのです。

でも、紫陽花は、小林正観さんが、多くの人に伝えた「ありがとう」の話の実績は、本当にすごいと想います。

何故なら、まず小林正観さんは、「ありがとう」という言葉は、室町時代の前までは、今のように、人に対する感謝としていう言葉ではなく、神や仏を褒めたたえ、賞賛する言葉だったと教えてくれています。

というのも、「ありがとう」の語源は「有り難し」から来ています。

この「有り難し」とは、存在しにくいことという意味があり、「あり得ないこと」「存在し得ないこと」をそう呼んでおり、そんな事が起きた時に昔の人は「有り難し」といっていたのです。

つまり、それはありえない奇跡のような事を、神、仏がおこしてくれた場合、そう人が想った時、「ありがとう」「有り難し」「有り難い」と感謝していう言葉であり、室町時代までは、人が人に「ありがとう」とお礼をいう言葉ではなかったというのです。

この事は、紫陽花は、つくづくすごい発見だと想います。

しかも小林正観さんは、その事は今も、生きており、「ありがとう」といえば、それは神や仏、天にいっている事になり、天はそれをカウントしているといいます。

1回、2回と、自分にいってくれていると勘違いして数えているというのです。

また小林正観さんは、「ありがとう」といいながら生きている事は、神にかなった謙虚な気持ちを持つ事になるといっています。

神にかなった謙虚な気持ちとは、今、自分が置かれている状況や獲得したものは、自分の力によるものだという傲慢な気持ちを持つのではなく、多くの友人や知人、目に見えない存在である神・仏・守護霊・精霊などのお陰であると想う事です。

すなわち、「ありがとうございます」と唱える事は、今を謙虚で、ありとあらゆるものに感謝して生きている事を実践しているという事で、神や天にとっては、とても嬉しい事だというのです。

その上に、小林正観さんは、「祈り」や「願い」という言葉の語源も調べて、祈りとは意(神の意)+宣(宣言(のりごと)の宣(のり)で、神の考えている事、為せることについて賞賛する事、褒めたたえることだと教えてくれていますし、願いも「ねぎらい」からきており、これも人にねぎらうのではなく、神、仏、天上界の方々をねぎらう言葉だったというのです。

すなわち、「祈り」とは、「願い」とは、自分の夢や希望を叶えてもらいたいというから使うのではなく、天や仏に対して、今私たちがして貰っていること、置かれている状況について、ただただお礼をいい、感謝の言葉を伝えること。

それが「祈り」であり「願い」という事になるのです。

ですから、神社・仏閣で行った時に「あれをして下さい」「これをして下さい」「これをかなえてください」と人はいいますが、それは天の意志、願いではなく、ただひたすら「ありがとうございます」と言うことが、正しい祈り、願いになります。

「ありがとうございます」と唱える事で、もうすべてが適う、OKということになる。

それが宇宙のしくみだと小林正観は、多くの人に伝えたのです。
 その上に「ありがとう」と何度も唱える事は、自分の人生を守ってくれる、導いてくれている守護霊さんにとっても、嬉しい事で、たくさんの支援を受ける事もできると、小林正観さんは教えてくれています。

というのも、守護霊や精霊は、とてつもない力を持っています。

その中でも、最も「私を」好きだという霊が、守護霊としてついてくれているそうですが、その守護霊は、不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句に非常に重たいものを感じ、とてもつらく悲しい思いをするらしく、それを言うと「私」の頭を離れて壁の前でしょんぼりしてしまうそうです。

でもそんな守護霊も「ありがとう」という瞬間の呪文を唱えると、すぐに「私」の頭の中に戻ってくるそうです。

ようするに守護霊や精霊と縁がずっと持て、つねに手助けして貰える最高の言葉が「ありがとう」だというのです。

だから小林正観さんは、『「ありがとう」を2万5千回(心を込めなくてもよいから)言うと、なぜか涙が出てくる。

その涙が2時間から3時間出た後で、再び「ありがとう」を言おうとすると、本当に心の底から感謝の念が湧いてきて「ありがとう」の言葉が出てくる。

その気持ちを込めて「ありがとう」をあと2万5千回ほどいうと、突然に自分に嬉しく、楽しく、幸せな奇蹟が起き始める』といって、「ありがとう」と唱える事を、多くの人に流行らせました。

ただこれには、2万5千回に到達する前に、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句などをいわないという条件がつきます。

それをいった瞬間に、ち〜んという音がして、「ありがとう」を1万8千回、2万回唱えていても、宇宙の彼方に飛んでいってしまうというのです。

だけど、それを乗り越えたら、本当にすばらしい事になります。

小林正観さんは、そう断言するのです。

しかも小林正観さんは、それを実施した人達の体験も話してくれています。

末期癌の病人が「ありがとう」を10万回も唱える事で治った人もいますし、もうすぐ目が失明するといわれていた人が、半年の間、「ありがとう」を朝9時から午後5時まで、唱える事で、130万回唱え、目が悪くならなかったという人もいます。

病気が「ありがとう」とずっと唱える事で治った人や、体の細胞が活性化するのか、身体がますます健康になったという人が、何人も現れているのです。

と同時に、それは健康だけでなく、商売や、営業の仕事などでも同じです。

小林正観さんの話を聞いて、薔薇の栽培家の人が、薔薇に「ありがとう」と言い続けていたら、薔薇が2倍から3倍の値でセリ落とされたり、営業の成績が上がらなくて、会社を辞めようとした営業マンが、「ありがとう」と1ヶ月言い続けたら営業成績がNO1になったりしているそうです。

「ありがとう」は、どんな事にも効果があって、小林正観さんの話を聞いて、実行する事で、自分も「ありがとう」を体験したという人は続出しているのです。

ですから、この「ありがとう」という言葉を、唱えていく人は、小林正観さんのおかげで、たくさん現れました。

今、なんと60万回、70万回、130万回唱えている人も、たくさん現れているのです。

そしてそんな小林正観さんの話の中で、日本で一番「ありがとう」を唱えている人、1億回唱えている人と紹介された人が、実は、Mさん「ありがとうおじさん」です。

小林正観さんは、ある人に「ありがとうおじさん」を紹介されると、「ありがとう村」に行って、一泊二日泊まると、「ありがとうおじさん」と逢って、大変感動しました。

それで、講演会で『「ありがとう」の回数が5万回あたりで、奇蹟が起こるモードの第1段階が来て、10万回あたりで第2モード、50万回で、第3モード、100万回で、第4モード、1000万回で第5モード、1億回あたりで第6モードに入るらしいですが、Mさんの話を聞くと、それが実感できる』と「ありがとうおじさん」の事を話し出したのです。

 その上で小林正観さんは、そういうと、お金がなくて、給食も食べられずに、小学校の頃から高校を卒業するまで、昼食の時間になると、一人で、校庭で「ありがとう」と唱えていたMさんの不思議な体験談を紹介しました。

Mさんは、高校を卒業した後も、職もつかずに、天から「ありがとう」を唱えさせられて、今も滋賀の山奥の「ありがとう村」で唱え続け、もうすでに1億回を越えたMさんが歩くと降っている雨が止んだり、電車が遅れてまで待ってくれたりするという、とても信じられない不思議な話をしたのです。

それで、実は小林正観さんの講演を聞いている多くの人達が、Mさん、「ありがとうおじさん」の存在を知る事になったのです。

だから「ありがとうおじさん」が、21世紀、60歳を越えてから、急に有名になったのは、そんな小林正観さんの話や本のおかげだといえると想います。

だって小林正観さんの話を聞いて、興味を持った人が「ありがとう村」を訪ねて、実際に「ありがとうおじさん」に逢って、その姿勢に感動して、口コミで広まり、あっという間に全国からたくさんの人が来るようになったからです。

小林正観さんは、そんな素晴らしいお仕事をしているのです。

しかし残念ながら、小林正観さんとの縁がない紫陽花は、そんな「ありがとう」の縁に乗れませんでした。

つい最近まで全然知らなかったのです。

でも、そんな紫陽花も、2002年になってから、4年ぐらい遅れて、「ありがとうございます」と縁につく事ができました。

縁の花の読者のおかげなのです。

 というのも、最初に、紫陽花に、「ありがとうおじさん」の存在を教えてくれたのは、同じ泉州の辻久文さんでした。

「ありがとうございます」とずっと一日じゅう唱えている、名前もけっして出そうとしない面白いおじさんがいると教えてくれたのです。

 けれど、辻さんには申し訳なかったですが、紫陽花は、この時には、「ありがとうおじさん」の事は良く分かりませんでした。

 確かに、小林正観がいうように「ありがとうございます」という感謝の言葉を唱えたら、喜ばれるし、いい事も起こるだろうという程度しか想えませんでした。

「ありがとう広場」という、ありがとう村の人が、ボランティアでやっているサイトを見て、「ありがとうおじさん」の言っている事も、読みましたが、やはりピーンときませんでした。

 同じようにホームページを作成するものとして、つくづく想いますが、やはり、画面でなく、印刷した文字で読まないと分からないなあと想います。

 しかしそんな紫陽花に、「ありがとうございます」の縁は、次々とやってきました。

 今年になってから、あすなろ倶楽部の西本先生から「ありがとうおじさん」の話が出たり、広島の石井秀典さんから、ありがとうおじさんの「どう生きたらいいの?」という本を送って貰ったり、それをどこに置いたかなと探していたら、同じ泉大津市の橋本さんも、神戸に住むすてきな女性を通してありがとうおじさんの本をくれました。

 紫陽花の縁の神様が、読むように、縁につくように、何度もご縁を作ってくれたのです。

 そして紫陽花は、「ありがとうおじさんのどうしたら生きたらいいの?」の本を、読む事で、やっと「ありがとうござます」と縁を持つ事ができました。

 本当にすばらしい本で、「ありがとうございます」にやっと目覚めたのです。

 

 

     ∞「ありがとうおじさんの本の内容紹介」∞

ではさっそく「ありがとうおじさんのどう生きたらいいの?」という本の内容を、紫陽花の「無限の無限の喜び」として伝えさせて頂きます。

本は自由価格と言っても、やはりある程度のお金は必要です。

しかし、紫陽花が、縁の花で紹介するのであれば、コピー代だけで(安く)すみます。

こんなすばらしい本の内容を、紫陽花が、どこまで紹介できるか、分かりませんが、皆さんが、少しでも、「ありがとうおじさん」と縁を持てる、お役を果たせたら紫陽花は無限の無限の幸せです。

是非、お読み下さい。

ですが、そうはいっても、215ページにも及ぶ、「どういきたらいいの?」という内容を、詳しく紹介するのは不可能です。

だから紫陽花が、「ありがとうおじさんのどういきたらいいの?」という本を、読んだ時の体験談を話させて下さい。

それを話せば、皆さんにも、「ありがとうございます」の言葉のすごさを、実感して貰えると思いますし、内容の重要点も、分かり易いと思うのです。

というのも、例えば、著者のペンネーム、詠人不知さんは、本の最初の中で、誰が信じるだろうか、般若心経のもっとも重要だといわれている部分、「ギャーテーギャーテー、ハーラーギャーテー ハラー ソーギャーテー」の意味が、「ありがとうございます」だったなんて、と書いています。

 だけど、紫陽花には、それは驚きでした。

 今までにいろんな般若心経の解説を聞いていましたが、どれも結構難しくて、そんな単純な解釈は始めてだったからです。

 紫陽花が聞いた中で、一番簡単だと想ったのです。

 ですから紫陽花は「ありがとうございます」という面白い解説に興味を持ちました。

 もちろん般若心経の解説は、もっとオーソ―ドックスなものを含めて、いろいろあるのですが、紫陽花は、「ありがとうございます」とは、本当にすばらしい解釈だなあと納得したのです。

 だって、詠人不知さんは、その後で、262文字の般若心経を百万回訴えるより、「ありがとうございます」を百万回訴える方がはるかに早い。

 26倍早い、年数でいえば26年違うといって、紫陽花を感心させたからです。

縁の花の読者の中には、般若心経を毎日、書いている人もいますが、「ありがとうございます」と一回書くだけで、般若心経を一回書くのと同じ効果があるなんていうのは、本当にすごい事だと感心したのです。

 その上に詠人不知さんは、感謝できる人、それが菩薩だ。

「ありがとうございます」を言えるとき、人はみんな菩薩なのだ。

 と書いています。

紫陽花は、この言葉にも感動しました。

仏の世界では、もうすぐ世の中を救う菩薩がたくさん現れるといいますが、そんな存在は、紫陽花自身いないと想っていました。

でも「ありがとうございます」と唱える人達が、菩薩になれるのなら、たくさん現れるかもしれません。

もし、それが本当だったら、こんなすばらしい事はない。

紫陽花も菩薩の一人になれるかもしれないと想ったのです。

 しかし、紫陽花が、一番衝撃を受けたのは、本にたまに出てくる次の感謝行という言葉です。

 感謝行とは一体何だと想ったのです。

 そして、感謝行とは、24時間「ありがとうございます」と唱える事で、天に「ありがとうございます」の感謝の波動を送る事だと知った時、紫陽花は、本当に驚いたのです。

というのも、紫陽花にしろ、皆さんにしろ、得を積むようないい事や、自分の魂を成長させるような事をしたいと想っていても、なかなか実行できません。

日頃の日常は生活が忙しくて、何もできないというのが、現状です。

たまにボランティアしたり、本当のセミナーを受けたりする事も大事ですが、普通の人はそんなに行けません。

紫陽花自身、滝で身を究めるとか、断食をするといった辛い修行は、一度もした事もありません。

今の時代、何かの修業するのは、とても難しいのです。

でも「ありがとうございます」と毎日、ずっと唱えるだけなら、紫陽花にもできるかもしれません。

お金も必要ありませんし、誰でもできます。

実際には、起きている間、ずっと「ありがとうございます」と唱える事は、簡単ではないでしょうが、紫陽花は、これは、やる価値はあると想ったのです。

ですから、紫陽花は、「ありがとうおじさん」のいう「ありがとうございます」という感謝の波動を、24時間、神様、天に意識を向けて、届ける感謝業、すごいと想いました。

「ありがとうございます」「ありがとうございます」と毎日唱える事で、潜在意識に「ありがとうございます」という言葉をインプットして、いい事を起そうという、自分の欲求や願望からしているのだったら、紫陽花自身、違うのではないかと想ったかもしれませんが、感謝業は違います。

逆に、何かをして欲しいという「想いに生きる」のではなく、「感謝に生きる」というのです。

何も考えずに、ただ「おかげさま」に感謝しながら、感謝の波動を天に届け、目の前に現れたご縁を大切に、一生懸命、楽しく生きる。

そうすれば、「ありがとうございます」の神様が、降りてきて、人間の中に入ると、無限の無限の力を引き出して、無限の無限の喜びや無限の無限の幸せを与えてくれるといいます。

「ありがとうございますサイクル」の中で、紫陽花が、書いた通りです。

紫陽花は、その感謝業というものに、知れば知るほど不思議な魅力を感じました。

 というのも紫陽花は、今迄、つねに神様、宇宙に「ありがとうございます」という感謝の波動を届けるという発想はありませんでした。

 せいぜい変な想い、嫉妬や憎しみ、怨みや不満などを、宇宙にむけないようにしていたぐらいです。

 でも、「ありがとうおじさん」は、「ありがとうございます」という言葉なら、神様や宇宙は喜んで受け取ってくれるといいます。

正直言って、紫陽花は、「ありがとうございます」と唱える方が、ボランティアしたり、何かの瞑想や修行したりするよりも、遥にいい徳積みだと想ったのです。

しかも波動的にも、「ありがとうございます」は最高にいいです。

水の結晶をみても、「ありがとうございます」はいい結晶になります。

 いえ、「ありがとうございます」という言葉に勝てる言葉なんか、この世にはありません。

 紫陽花は、宇宙、天にまで、無限に無限に感謝の波動を送る、感謝業は、どんな教えよりも、単純にいいと想ったのです。

 だって、その方が正直言って、楽だし、幸せそうですから。・・・・

 

 

        ∞「紫陽花のありがとうございますの体験談」∞

 しかも、そう思って、読み始めた紫陽花に、「どういきたらいいの?」の本は、いろんなメッセージを送ってきました。

 というのも、例えば、「無限の無限のチャンネル」という言葉があります。

ありがとうおじさんは、本の中でいっていますが、神様は、創造の世界では、「らせん状に放射して組み合わせて」、複雑、無限というぐらいの、もの凄い組み合わせを創っているそうです。

 すなわち神様の表現を、放送番組に例えると、先ず無限のチャンネルがあって、マイナス無限大からプラスの無限大まで、無限の番組が、完璧に先ず生み出される。

 最高にすばらしい表現という番組を頂点にして、無限の無限の番組が、らせん状に廻っているというのです。

 また、どの番組も神様から見ると、それぞれの存在価値・意義があるといっています。

 低い番組にしても、高い番組にしても、全く価値がなかったら、神様は創らないという

のです。

 その上で、神様は、人間に、神様を表現するどんな低い番組や、地獄の番組を味わって

いてもいいけど、最後は最高の、一番上の番組を味わい続けて欲しいと願っているのが、

本当の神様の願いだと書いています。

 紫陽花は、その「無限の無限のチャンネル」の所を読んで、正直考えさせられました。

今迄紫陽花自身、いろんな本当のものと縁を持って来ました。

その中には、いいものもあれば、今から考えたら、どうかというものもあります。

決して自分が今迄縁を持ってきたものは低い番組だとは想いませんが、いえ、普通の人よりはいい番組で、いろんな事で、神様を表現させて頂き、ものすごく勉強させてもらった面もあるけど、もういいかなと想いました。

 正直いって、紫陽花の縁の中には、霊関係なので、無理をしているものもあったので、もう無理をするのはやめよう。

 これからは、霊達に「ありがとうございます」を唱えようと想ったのです。

 と、そんな紫陽花に、「どうしたらいいの?」の本は、次に、「ありがとうございますの神様」は無限に無限に謙虚だと教えてくれました。

 でしゃばってくれないのが、一番の問題、想いを出した途端に、この神様は引っ込んでしまう。

 ちょっと我を出したり、他の番組にチャンネルを合わせたりすると「どうぞどうぞ、好きにしなさい」といって離れてしまう。

神様は、人の自由を絶対に縛らないというのです。

 これには、紫陽花も、正直参りました。

 今までの縁を持ってきたものの想いを捨てようとしない限り「ありがとうございますの神様」は近づいてくれない、縁を持ってくれないというのです。

 それで、紫陽花は、考えた上で、霊に「ありがとうございます」というのを止めて、途中で、天を意識して「ありがとうございます」と唱える事にしました。

今迄、いい事がなかったから、とりあえず天や神様に意識を向けて「ありがとうございます」正式にやってみようと想ったのです

また、この事は、紫陽花だけでなく、特定の宗教と縁を持つ事で神様を表現している人や、神様とは全然関係のない、会社組織などでガンバッテいる人も、全部同じだと想います。

どんな人でも、無限にある番組のどれかに参加して生きているからです。

でも紫陽花は、どうせ感謝業を始めるのなら、できるだけ、特定の人物や物ではなく、目にみえない存在の天、神に意識を向けて欲しいのと想います。

もちろん、最初は、それができなかったら、自分が信じている無限のドラマのどれかと合わせながら、その存在に「ありがとうございます」といってもいいのですが、神に意識を向けた方が、早く、「ありがとうございますの神様」がついてくれるという事になるからです。

そして、紫陽花も、実は、そんな体験頂いています。

途中から「ありがとうございます」の神様に意識を向けたら、いろんな気づきを頂きました。

紫陽花の場合は、今までにいろんな縁についていたので、いろんな癖がついていますし、最初は驚いたのか、目に見えない存在の抵抗があったので、皆さんよりも、やりずらい面もありましたが、そうする事で、いろんな事が分かりました。

まず、最初に分かった事は、天に意識を向けるのは楽だという事です。

正直言って、他の存在に意識を向けながら仕事をしていると、集中力を欠くのか、邪魔されるのか、つまらないミスもしていたのですが、神様に向けていると、それがなくなりました。

かえって意識が高まるのか、ミスをおかさなくなったのです。

しかも、眠気もなくなりました。

霊達を意識すると、眠たくなる場合が多かったのですが、それもなくなりました。

今から考えれば、すごい事をやっていたと想いますが、霊を感じなくなったので、体がものすごく軽く、肩もこらなくなったのです。

今までとは違って、普通の形で、いろんなものと縁を持てるようになったのです。

と同時に、「ありがとうございます」と唱える事で「どういきたらいいの?」で書いているように、紫陽花の呼び掛けに、「ありがとうございます」の神様が近づくと、たぶん、手を差し延べてくれて、紫陽花が、今迄、無意識に拘っていた事、想い込んでいたものを消してくれました。

正直言って、まだまだ拘っていると想いますが、「ありがとうございます」の神様が、今の想いだけでなく、過去の思いや未練も、自然に消滅させてくれたと想います。

紫陽花の持っている心のチャンネルを変えて、変な番組と合わないように、してくれたのです。

ですから、紫陽花は、「ありがとうございます」と唱える度に、今迄囚われていたものを、外れていくのを感じました。

どうしても、霊達を救いたいと想っていた必死な気持ちも、いつか、地球や人類を救えるものと縁がもてると信じていた想い込みもなくなりました。

救ってあげなくてもいいじゃないか、「ありがとうございます」という最高の波動を届けてあげるだけで「私は幸せ」だと想えるようになりましたし、究極の「ありがとうございます」の神様だったら、何でもできるはずなので、霊や人類も救ってくれるのではないかと、想えるようになりました。

「ありがとうございます」の神様に、すべて任せる気になったのです。

 そうすると、はっきりした事は分かりませんが、「ありがとうおじさん」は、「ありがとうございます」で多くの霊が救われるといっていますが、霊が、以前よりももっと、自然にすくわれている気さえするのです。

これは、本当にすごい事です。

紫陽花が、長年求めていた答えだったのです。

これが、紫陽花のすばらしい「ありがとうございます」の体験談です。

そして紫陽花が、自分の体験談を通して、皆さんに是非お伝えしたい事は、皆さんも、大なの小なり、拘っている事や、囚われている事、過去の想いや、未練もあると想いますが、「ありがとうございます」と唱える事で、それらを「ありがとうございます」の神様が消してくれるという事です。

今、一瞬一瞬に、人が想う事で、生まれる、人の悪口や憎しみ、恨みや嫉妬も、「ありがとうございます」の言葉は消してくれますが、過去のカルマも消してくれる。

信じて唱える人には、無限の無限の喜びや、無限の無限の幸せを与えてくれる、「どういきたらいいの?」という本は、そういった、すばらしい無限の無限の生き方を教えてくれているのです。

 

∞「ありがとうございますの神様」∞

「どう生きたらいいの?」の本の内容を、紫陽花の体験談を交えて話しました。

主要なポイントの部分は、ある程度、紹介できたと想います。

でも、一番、大切な「ありがとうございます」の神様とは、一体、何かという事を話していません。

どういった神様なのか、皆さんも、まだ分からないと思うので、本の文章を、紫陽花なりにまとめて、紹介したいと想います。

というのも、本の1「ありがとうございますの本当の意味」の中で、書いていますが、「ありがとうございます」の言葉の意味は、言霊で解釈しないといけません。

全体の「ありがとうございます」を言霊で考えたら、結論をいえば、究極の神様、最後の切り札、皆を仲良くさせられる、最高の神様の名前になりますが、本の中では、一つ一つの言葉、あならあ、りならりという言葉で、細かく分けて、解説してくれています。

例えば、「あ」という言葉ですが、「あ」は「絶対」、「光源・光・命の本源」というのが、「あ」の意味、全ての始まりだといっています。

宗教の中には、阿弥陀如来、アーメン、アーラ―というように、「あ」から始まる言葉が多いですが、「あ」にはそんな意味があるのです。

また次の「り」は、「らせん状」に全てが生み出されて組み合わさっていくという意味があり、ラ行の「り」を使ってそれを示しているといいます。

そして「が」はタブらせて「輝きに輝く」という意味で、「無限に無限に輝いている」というのが、「が」だといいます。

その次の「とう」というのは、「十字」にみて、縦横の組み合わせと見てもいいし、相対に別れた両極を縦横に組み合わせて、一つのものを創りあげるという意味でもいいそうです。

すなわち「ありがとう」とは、絶対に無限の無限の更に無限の大光源が、出発点にあって、そこかららせん状に、複雑無限の創造活動が行われて、無限に輝いた最高表現が生み出されて、それが完璧に組み合わさって、本当の全大宇宙の姿をとっている。

これが、「ありがとう」という意味になっているというのです。

また、次に「ございます」という言葉ですが、これは、現実化するという意味があります。

「ご」というのは、「こ」をダブらせて「「凝り固まって凝り固まって」、「物質化して、物質化して」という意味がありますし、次の「ざ」は、「さ」をタブさせて「さらさら流れる」という意味があります。

 そして「い」は「命」生きているという意味があります。

 本当に生きている「もの」なんだという、命が躍動して輝いている意味があります。

 その次の「ま」というのは「完全な、完璧な、まったき」

 「す」は、また「絶対」の中心に「統一」されて戻るという意味があり、二つあわせた「ます」は、必ず増える、今、現れたものが、更に大きく、良くなり、栄えるという意味があります。

 すなわち、「ありがとうございます」の言葉は、絶対から現れた無限に無限に輝いたものが、現実にこの世にまで物質化して物質化して現れて、それがさらさら清々しく流れながら、命を持って、完璧な表現をとって、必ず増えて栄えていく。

「ありがとうございます」の言葉は、現れては中心に戻っていく、自然に循環しているというのです。

 これが、紫陽花なりに本の文章をまとめた、「ありがとうございます」の言葉の言霊の意味です。

 本当にすごいと想います。

 しかし、「ありがとうございます」の言葉のすごさは、こんなものではありません。

 もっともっと無限の力があります。

 というのも、20世紀に現れたいろんな神様は、阿弥陀如来にしても、観音様でも、仏様でも、イエス様でも、漠然としてなかなかイメージがわきません。

 日本の「天照大神様」でさえ、無限に無限に輝いて、全宇宙をあまなく照らすというとんでもない最高の神様なのですが、その意味を、知っている人は、殆どいません。

 でも、ありがとうございますの神様は、名前を聞いただけで、どんな神様か、誰でもイメージできます。

 「ありがとうございます」をしてくれる、本当に、「ありがたい神様です」

 どんな人でも、素直に受け入れられると想うのです。

 しかも、「ありがとうございます」「ありがとうございます」と唱える事は、そんな「ありがとうございます」の神様を、気が付いていなくても呼んでいる事になります。

 辛い時や、悲しい時でも、神様と叫びたいのなら、「ありがとうございます」と叫んだらいいのです。

 そうすれば、必ず、「ありがとうございます」という究極の神様が、大きな手を貸してくれる、「ありがとうおじさん」はそういっています。

 神様ですから、呼ばれたら必ず、それに答えてくれるそうなのです。

 その上で、「ありがとうこざいます」という事は、神様が一番、欲しがっている、最高の波動、感謝の波動を届けている事になります。

 神様は、願い事や、欲望、怨みや、お金や物といったものは、人の想いで、汚れているので、何も欲しがりませんが、「ありがとうございます」の感謝の波動だけは、綺麗なので本当に喜んで貰ってくれるといいます。

「ありがとうございます」と唱える事は、「ありがとうございます」の神様にむかって、最高の「ありがとうございます」という波動を、連続、超連続攻撃で、宇宙戦艦大和の波動砲並みの威力があるものを撃っている事になるのです。

 さあ、そんなすばらしい事をしている人に、「ありがとうございます」の神様が、何のお返しもしない訳がありません。

 何しろ、神様です。

「無限の無限の喜び」や、「無限の無限の調和」、「無限の無限の感謝」、「無限の無限の幸せ」で返してくれる。

 一杯、一杯、返してくれます。

「ありがとうおじさん」はそう教えてくれているのです。

 紫陽花は、こんなすばらしい神様なら、誰でも縁につくと想います。

 と同時に、もう一つ、隠された意味として、「ありがとうございます」には、「天照大照神さまが、今、ここにまします」という意味があるといいます。

 これには、紫陽花も驚きました。

「ありがとうおじさん」は、それをある時、天から教わったそうです。

 ということは、その意味を知らずに「ありがとうございます」と唱えていても、私は「無限に無限に輝きます」と無意識にもいっている事になります。

 全宇宙に、輝いて、光を届けますと宣言しているのです。

 そんなとてつもない意味が、「ありがとうございます」の言葉の奥に、隠されていたので

す。

 今迄、全国の、すべての日本人が、何気なくいっていた感謝の言葉「ありがとうございま

す」こそが、人類が探し求めていたもの、答えだったのです。

 それが、「どう生きたらいいの?」の中にあるのです。

 これ以上は、多くはいいません。

 是非、皆さんも、本や「ありがとうおじさん」と縁を持って欲しいと想います。

 

 

          ∞「ありがとうおじさんの紹介」∞

 皆さんに、「どう生きたらいいの?」で書いている本の中身や、もっとも大切な「ありがとうございます」の神様の事、簡単に紹介しました。

 きっと皆さんにも、関心を持って貰えたと信じています。

しかし、本の中身の紹介は、ここで止めておきます。

「どういきたらいいの?」という210ページにも及ぶ、すごい本の中身を、紫陽花が、紹介する事は不可能です。

 詳しい内容は、皆さんが、「どういきたらいいの?」の本と直接縁を持って、読んで下さい。

「ありがとうございます」の波動を感じて欲しいと想います。

また「どういきたらいいの?」の本は、質問者のいろんな質問に、「ありがとうおじさん」が答える対談を書いています。

 いろんな角度で、いろんな形で、質問をする内容を、「ありがとうおじさん」は、見事に、瞬時に答えています。

 紫陽花はきっと、皆さんが、聞きたいと想っている質問もあると想います。

 後は、「ありがとうございます」の神様が、「ありがとうおじさん」を通して、答えている本に、バトンタッチしたいと想います。

 でも、ここで紫陽花が終わったら、皆さんも欲求不満で、満足できないと想います。

 縁の花さん、「ありがとうございます」の縁を、紹介して頂いて「ありがとうございます」にならないと想います。(笑)

 それでは、紫陽花も困るので、最後に、「どう生きたらいいの?」の本で書いている、「ありがとうおじさん」の自身の事を紹介したいと想います。

 皆さんも、「ありがとうおじさん」とは、一体、どんな人なの。

「ありがとうおじさん」は今、何歳ぐらいの人なの。

 一体、「ありがとうおじさん」は、どこに住んでいる人なの。

 などなど知りたい事はたくさあると想います。

できるだけ、そんな皆さんの疑問に答えたいと想います。

ただ、そういっても「ありがとうおじさん」は、自分の名前もけっして名乗らず、できるだけ、自分の存在は隠しています。

 分かる事は、限度がある事は知っておいてください。

 

 まず、ありがとうおじさんは、昭和16年に日本で生まれています。

 名前は隠しますが、不思議な子供さんで、三歳の時から、誰に云われた訳でもなく、神仏の前に坐り、朝、夕、一時間以上も、感謝のお祈りを捧げる子供だったそうです。

 中学の時には、「紫陽花は、この世に生きている理由は何だろう」と深く悩み、自殺も考えた事があったそうです。

 その時には「おい、きみ、死んじゃだめだよ!きみの人生の目的を教えるから!」という声が、どこからかともなく、囁く声が聞こえて「ありがとうございます」の言葉の秘密を、たぶん教わっているのです。

しかも「ありがとうおじさん」は、その後も、いろんな存在に育てられています。

 また、そんな「ありがとうおじさん」は、三十歳まで、1ヶ月間の間で、三週間は断食で、生水以外は、飲まないという苛酷な修行をしています。

 どこまで神様が、自分を護ってくれるだろうかと試すような事もしています。

 しかも二十歳からの、「ありがとうおじさん」の本当の仕事は、お祈りになったそうです。

 仕事といっても、ボランティア、奉仕で、病気をしている人を、お祈りで、何万人も治していたそうです。

 人の内面、奥に隠れているすばらしさを拝むだけで治るというのです。

 そんなすばらしい事を、まったくお金を貰わずに、やっていたというのです。

 だから、「ありがとうおじさん」は、お金が全然ない生活をしていました。(今も)

 働いても、それは全部、平和運動につぎ込んで、生活費はゼロだったそうです。

 だけど、そんな「ありがとうおじさん」は、紫陽花とは違って、結婚しています。

「ありがとうございます」と唱えていれば、必要なものは、天から与えられるのでしょう。

 結婚したいと想ったら「貧困に甘んじてついてきてくれるか」といえば、「はい」とついてきてくれるすてきな女性がいたそうです。

 紫陽花では、とても考えられません。

「ありがとうおじさん」、本当に勇気があるなあと想います。

 そしてそんな「ありがとうおじさん」は、「ありがとうございます」と唱える事で、必要なものは、天から与えられる生活をしながら、名前を隠しながら、密かに「ありがとうございます」のパンフレットを作ったり、シールを沢山作ったりして、表に出ずに、陰から陰からへというように伝えていたそうです。

 全国を、そんな「ありがとうございます」の種蒔きをしていたというのです。

 そして、オームの問題が騒がれた1995年、滋賀の山奥に、仲間の人と、住む事になります。

 その時に、オームと間違えられたので、「ありがとうボランティアグループ」と名乗ったそうです。

 そこで「ありがとうおじさん」は、他の本当の先生達のように外に出て、自分の宣伝活動をしようともせず、ただただ、「ありがとうございます」のお祈りをやっていました。

一日の間に、早朝から、昼間、夜とボランティアの人達と、心の中で、ただ「ありがとうございます」と唱える瞑想をしたり、質問者の質問に、丁寧に答えたりしていたそうです。

今も、「ありがとうおじさん」は、それだけしかしていないのです。

だけど、それでも考えられない事ですが、「ありがとうおじさん」は21世紀になれば、たくさんの人が、押しかけてくるのが分かっていたのか、何十人の人が入れる、部屋や寝泊りできる建物を建てていたといいます。

本当に不思議な人です。

それが、紫陽花が「どういきたらいいの?」の本で、知った、「ありがとうおじさん」なのです。

是非、皆さんも、一度、縁を持って欲しいと思います。

 

 

∞『ありがとうに関するいろんなもの』∞

最後に、皆さんに「ありがとうございます」に関する本「どう生きたらいいの?」や無限の無限の小冊子、カセットテープ、シールや「ありがとう村」や「ありがとうございます」を世に出したすばらしい「ありがとうボランティアの人達」を紹介させて下さい。

まず、さっきから紹介している「ありがとうおじさんのどう生きたらいいの?」という本ですが、この本は、今までに、「ありがとうおじさん」が百二十時間にも及ぶ、質疑応答した録音テープを、二人の女性がボランティアで、テープ起こしした内容を、ペンネーム「詠人不知」さんが、編集して、2001年の820日から六ヶ月間かけて、2002222日に誕生しています。

本当に、「ありがとうございます」の波動が一杯入っているすてきな本なのです。

また、「ありがとうおじさん」の本は、すべて自由価格です。

本屋さんに市販されていないので、縁を持つには、詠人不知さんに連絡を取るか、紫陽花にいって貰わないといけません。

何冊か、紫陽花も、お金を出して手にいれましたが、すぐに配ってしまうので、直接、詠人不知さんに(最後に連絡先書きます)連絡取って、縁を持って頂けたら「ありがたい」です。

料金は、皆さんで決めたらいいので、是非、読んで欲しいと想います。

郵送賃込みで、千円でいいと想います。

紫陽花の場合は、もう少し安く、「ありがとう村」で何冊か貰ってきましたが、無料であげる人もいるので、申し訳ないけど、1200円(郵送賃込み)でお渡ししたいと想うのです。

と同時に、ありがとう村には、「どう生きたらいいの?」の本以外でも、無限の無限のしあわせとか無限の無限の感謝という「ありがとうおじさん」が書いた小冊子も何冊かありますし、「ありがとうおじさん」が、毎日、いろんな人の質問に答えているものや、いろんな先生と対談しているカセットテープもあります。

人気のあるものは、「ありがとう」村に置いています。

紫陽花も、そのカセットテープを聞いて、「ありがとうおじさん」の声や、質問に答えている内容に、感動を覚えました。

一度、会ってみたい人物だと想ったのです。

これも自由価格です。

紫陽花は、「ありがとうおじさん」に会う前に、読むなり、聞いてみる事を勧めます。

小冊子は、文字が小さいけど、ものすごく深い事が書いていますし、カセットテープは、非常に分かり易いので、「ありがとうおじさん」さんに会う前に、一体どんな話をされる人か、知ってから縁を持って欲しいのです。

と同時に、「ありがとうございます」のシールも、縦書き、横書き、大きい、小さい、と、何種類かあります。

この「ありがとうございます」のシールは、貼るだけで効果があると想います。

電気製品や車に貼っていたら、壊れる可能性も、少しは減るだろうし、部屋に貼っていたら「ありがとうございます」のシールを見ると、唱えないといけないと想い出します。

江本さんの波動の本でも書いているように、「ありがとうございます」と書いているものに、水を置くだけで、結晶でみたら、水の結晶は最高の形をします。

目に見えなくても、「ありがとうございます」シールと縁を持つだけで、少なくても、貼るものや部屋全体の波動がよくなるので、紫陽花は、縁を持って欲しいです。

本と一緒に、何枚か送りますが、是非、大切にして下さい。

そして、一度は、滋賀にある「ありがとう村」に行って、「ありがとうおじさん」に会って欲しいと想います。

というのも、次の縁の花、第162号「笑顔共和国七夕祭りINありがとう村」で、詳しく書きますが、本当に「ありがとう村」は最高です。

滋賀県の山奥で、人も殆どいない所で、「ありがとうおじさん」は、6年前ぐらいから何人かの仲間とずっと住んでいるのですが、紫陽花も83日と4日、笑顔共和国の40名ぐらいの仲間と一泊させて頂いて、自然が一杯の環境に感激しました。

多くの人が寝泊りできる宿泊施設も、木造で造られたものが何軒もありますし、食事も特別に、玄米食から普通の白米まで揃えて、いろんな料理を用意してくれていました。

本当に野外で食べた料理はおいしかったです

しかも「ありがとうおじさん」すばらしいです。

皆さん、本やカセットのテープでイメージした通りの人だというみたいです。

穏やかで、自然体で、何の欲も感じません。

自分からは話そうとはせず、でも、質問者の質問には、1時間をかけて、どんな質問にも、丁寧に答えてくれます。

紫陽花は、一度だけなのに、もう熱烈なファンになってしまいました。

今迄、いろんな本当の人と縁を持ってきたけど、「ありがとうおじさん」は最高のような予感がするのです。

是非、皆さんも、「ありがとうおじさん」の人柄や波動を感じる事ができたら、益々、「ありがとうございます」と唱える事ができると想うので、会って欲しいのです。

と同時に、世話役をしている山岸さんや實村さんもすばらしい人ですし、ありがとうボランティアする人やありがとうおじさんと縁を持つ為に集まってくる人達も、意識の高い人が多いです。

紫陽花も、縁を持った人に「縁の花」を送ったら、複写はがきやお手紙で、返事を頂きました。

こんな事はなかなかできる事ではありません。

紫陽花は、ありがとうございますとの縁を、本当に大切にしたいと想ったのです。

では皆さん、161号「ありがとうございます」を読んで頂いて「ありがとうございます」

平成14827

 

 追伸、ありがとうおじさんのホームページ、ありがとう広場もあります。

 ありがとうおじさんが、質問した人に答えている講話や、ありがとう村を訪れたいろんな人の会話を紹介しています。

 縁の花以上の膨大な量が入っていて、読むの本当に楽しいです

 アドレスは下に書いています。

 是非、ホームページみれる人は、縁を持ってみて下さい。

  http://tekipaki.jp/~gon/park/index.html

 

  どう 生きたら いいの?

 著者 詠人不知 発行者 山岸道弘 発行所 メディアサンゴハチ

 〒 920―1161 金沢市鈴見台五丁目十番二十一号

 電話     (076)222―2245

 ファックス  (076)222―2245

 メール     michi22@ddn.ne.jp

  ありがとうございます 関連ホームページ 

  http://www.ddn.ne.jp/~michi22/yasuragi.shtml

     この本には定価がございません。 自由価格ということで、お気持ちで、各自がお決め下さい。

 

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      縁の花  「ありがとうございます」サイクル

 

      縁の花 第161号 小冊子 
     この号は本にしています。読み易いと大変好評です。

 

      今井阿津夫さんの感謝行  1、詩「わたしの感謝行」 

                   2、詩「経文」

                   3、詩「感謝経」

        

 奈良の山口明義さんは、小林正観さんの「うたしショップ」河童堂をしています。縁の花,第161号の小冊子もお世話になっています。第161号「ありがとうございます」の中で紹介した、いろんな「ありがとう」のグッツも販売しています。「ありがとう」印鑑、「ありがとう」パジャマなどです。・・・・「ありがとう」という言葉に溢れている物と縁を持つ事は、運がついたり、健康になったりする「ありがとう」効果大なのでお勧めです。是非、一度、縁を持ってみて下さい。

                   河童堂